08


「ねえ、本当に聞いてたんですか」疑いの眼差しを黒峠に向ける。
「聞いてたよ。いなくなったのは羽田友弥君、十四歳」
 余計な手振りを交えながら、黒峠は話を聞いていたことを証明し始めた。
「ご両親は小さい時に亡くなっていて、今は叔父さんの家に引き取られている。いなくなったことに気づいたのは二週間前の金曜日。頻繁に外出しているので一週間はさほど心配はしなかった。心当たりのある場所を捜すも手がかりはなく、羽田友弥君は……」
 黒峠は指揮者のように振っていた腕を止めた。どこか一点を見つめている。幽霊でも現れたのかと亜沙子もその方向を見るが、何もなかった。黒峠はマネキンのように動かない。
「羽田って言うのか。その子」
「そうですけど、それが何か」
 突然黒峠は頭を抱えだした。頭痛でもするのだろうか。もしかして、大変な病気かもしれない。ただ事ではなさそうだ。しかし、演技に見えなくもなかった。
「先生、どうしたんですか?」
「お気になさらず、柊さん」円が口を出す。「有紀さん、最近何かを思い出そうとする時はこうなるんです」
 紛らわしいし、腹立たしい。物事を思い出す度にこうであっては、側にいる人間が心やまる時などあるはずがない。
「だめだ」ため息をつきながら黒峠が頭をあげる。ついに自分の駄目さを認めたのかと思ったが、そうではないようだ。
「羽田、って名前、どこかで聞いたことがあるんだけどな。思い出せない」
 思い出せないことに対して何かを感じている様子はなく、黒峠は客用に出された醤油煎餅の袋を引きちぎって中身をテーブルにぶちまけた。
「とりあえず、調べておくよ。分かったことがあれば連絡する。だから連絡先を教えてくれるかな」
「連絡先と言うと……」亜沙子は口ごもった。
「別にいいんだよ。携帯電話の番号を教えたくないって言っても。君の家の住所は知っているから、郵便で手紙でも送って知らせようか」



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