プロローグ

(始まりは一通の手紙)


「………超人委員会って予算不足じゃなかったのか」

 右手に摘まんだ封筒を見、眉間に皺を寄せながら、ライカは呟いた。淡い桃色の紙のそれには、彼女宛ての名前と宇宙超人委員会のロゴが印刷されてある。
 大方仕事の依頼だろうと思っていた。しかしながら、封筒と同じ色をした薄い和紙製の便箋に書かれてあった内容には、「正義超人懇親会の誘い」とある。親睦を深めるのを目的に、今の季節らしい桜の花の名所である老舗料亭を貸し切っての盛大なパーティーを催すらしい。

「…あのお転婆女あたりの発想なんだろな」
「ええ〜っ ライカってば、ジャクリーンちゃん嫌いなのぉ?」
「…嫌いとかじゃなくてさ……ちょっと苦手なんだ、あの子のテンションは」
「で、ライカは行くの?オラは魚料理があるみたいだから、行ってみたいなぁ」
「……やめようかな」

 ライカの発言に、キン肉ハウスは一斉にブーイングの嵐が吹き荒れた。

「なんで!?参加費がたったの三千円でお花見できてご飯食べれるなんてラッキーじゃん!ジャクリーンちゃんとか可愛い女の子がいっぱいいるかもしれないし!」
「後半はともかく、確かにあの強欲委員会が企画するにしては格安だけど嫌だ」
「Why?お前がそんな後ろ向きな発言するなんて珍しいじゃないか!」
「……何か悪い予感がするんだよ」
「何だその予感っていうのは」
「それは……まだわかんないけど…」
「ええ〜…ライカが一緒じゃないとつまらないだよ……」
「セイウチン…」

 どうやらこのメンツ…世間でいうところのチームAHOの面々は、全員参加の予定らしい。友人たちが行くのなら、当然ライカだって気にはなる。しかし、自分が一族から受け継いでいる狼としての野性の勘が、警告を出しているような気がするのだ。

 大体あの委員会が、こんな洒落っ気のあるデザインと材質の案内状を出しているだけで怪しさ満点というか、ジャクリーンが絡んでいるであろうことは明白なのだ。あのじゃじゃ馬娘……ではなくジャクリーンは、何故かライカを気に入っているらしく、ワールドグランプリやその他諸々の事件以来、何かと絡んでくるのである。できれば会いたくはない。

「…ライカさん、あの……」
「何、ミートくん」
「あの、この封筒まだ中身が入っているみたいなんですけど……」
「え」

 ミートが、ライカ宛ての封筒を触りながら首をかしげる。逆さにして軽く振ってみると、中からもう一つの小さめの深緑色の封筒がはらりと床に落ちた。

「皆、こんな封筒入ってた?」
「え、ないけど?」

 万太郎以外の三人も各々首を振る。……ライカだけにあった、という事だろうか。
 ますます嫌な予感がしたが、彼女よりも先に万太郎が拾い上げて中身を確認してしまう。

「こらU世!ライカさん宛てのものを勝手に…」
「いいじゃん別にぃ〜…って!ライカ!ヤバいよこれ!」
「……何なの」

 万太郎が目を輝かせてライカを見つめる。…いよいよ悪い事が起きそうだ。こんな顔をしている彼は、大体ろくでもない事を言い出すのである。

「タダ券だよタダ券!参加費無しでパーティー出れるんだって!いいなぁ〜」
「同伴者を何人連れてきてもタダって書いてあるから、オレ達も無料で行けるってことだ」
「へぇえ〜、そんなすごい券があるなら、やっぱりライカも行った方がいいだよぉ」
「…それなら、それお前らにやるから私抜きで行って来れば……」
「ただしライカ本人がその場にいないと無効って書いてあるぞ」

 ガゼルマンの言葉に、鬼のような形相でライカは万太郎から券を取り上げて確認してみた。成程、裏面の方にやたら丸っこいカラーインクの手書きでそう書いてある。語尾にハートマーク付きで。

「…畜生ッ……!!」
「ライカ、そういう言葉遣いはやめた方がいいぞ」
「いや言いたくもなるよこれは」
「ねえ頼むよライカ〜、ご飯食べれて桜見れてタダなんてこれ以上良い待遇なんてないじゃ〜ん」
「お前それ自分が行きたいだけだろ!」
「そうだよ、万太郎のアニキ。勿論、オラもいつもみたいに皆で一緒に楽しくパーティーを過ごせたらいいなぁって思うけど……でも、ライカが嫌がるなら無理強いはできないだよ…」
「セ、セイウチン……」

 つぶらな瞳で残念そうに呟くセイウチンにぐっと言葉を詰まらせるライカ。
 この顔、というかセイウチンには弱いのだ。他のメンバーのように気苦労や災難を引き起こさないし、何かと助けてくれる親友の彼が、こうやって何か頼みごとをするのは珍しい。それに、心優しいセイウチンまでもがこんなに出席を進めているのに、あやふやな「嫌な予感」だけで頑なに拒むのは、なんだか自分が馬鹿みたいである。


 溜め息を付き、ライカは力なく頷いた。

「セイウチンがそういうなら……」
「ホントにぃ?行ってくれるだが!?」


 やったぁと手放しで喜ぶセイウチンと、その横で「タダ飯だぁ!」と万歳する万太郎。


「お、おい!オレ達も勧めていたのに、セイウチンの一言だけであっさり決めちまうのか、ライカ!」
「…なに、キッド?やっぱ私行かない方がいいの?」
「あ〜!そうじゃなくてだなぁ!!」
「キッド、男の嫉妬は見苦しいぞ」
「なっ…お前だって同類だろうがガゼル!ライカと少し仲良いからって調子に乗るな!」
「何だと貴様……」
「二人とも、喧嘩はよしてください!」

 おきまりのパターンだがミートの一喝で男の戦いはあっけなく幕を閉じることとなる。

 かくして、チームAHOの面々はそろってこの花見パーティーに出席する運びとなったのであった―――ライカ自身はまだ警戒していたが。

(初出:2012.03.24、改訂:2019.04.15)
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