モスクワ市内にあるこの空港は、ロシアで二番目に大きい公共飛行場である。そのうちの一つ「タ−ミナルS」に、銀毛の狼のマスクを被った超人が、トランクを抱えてぼんやりと外の景色を眺めていた。他のターミナルとは違い、ここは地球外……宇宙便が離着陸をする。特殊な形をした宇宙船が何隻か停まっていて、各々メンテナンスを受けている様を、ライカ――この姿ではツィガンと名乗っているが――は、じっと眺めていた。
「ツィガン様でしょうか?」
自身が名乗る名を呼ばれ、ライカは振り返った。空港の関係者であろう男が笑顔を浮かべて立っている。ライカがこくりと頷くと、男は送迎機が来た旨を伝えた。ヘラクレス・ファクトリーに入学する生徒は、学校側が手配した宇宙船で現地に向かう事になっているのだ。
男の先導で送迎機へ向かう。荷物を持とうといわれたが、好意だけ頂いて丁重に断った。
「――失礼ですが」
黙ったまま歩いているのも味気ないだろうと思ったのだろうか、男が声をかけてきた。
「…お客様は、『フェンリル』のヴォルク様のご子息でいらっしゃいますか?」
「……ええ」
「ああ、やはり!そのマスクから予測はしていたのですが…」
顔を綻ばせる男に、思わずライカもマスク越しに表情を緩める。気さくだが、接待業としての礼儀をわきまえているその態度に好感が持てた。
「父の事、ご存知なのですね」
「勿論。超人未開の地と言われていた我が国から生まれた伝説超人と言えば、ウォーズマン様とヴォルク様です。この国では知らない者などいないほど偉大な方ですよ」
「…ありがとうございます。父の事をそう言ってくださって」
「何をおっしゃいますか。貴方のお父様は、我が国の誇りなのですから当然ですよ」
「誇り」という言葉に、ライカの胸はちくりと痛む。
「ヘラクレス・ファクトリーに向かわれるという事は、ツィガン様もお父様と同じ正義超人としての道を目指していらっしゃるのですね?」
「…そうですね。とはいっても、学校の授業はすさまじいと再三聞かされているので、どうなるかは分からないんですが」
「いえ、ツィガン様ならきっとなれますよ。お父様のヴォルク様のような正義超人に」
ここまで言って男は、少し喋りましたね、と苦笑してそれ以降は黙った。
ライカは、マスクの下に苦笑を浮かべつつ、男の言葉を反芻させた。
貴方のお父様は、我が国の誇りなんですから……
お父様のヴォルク様のような正義超人に……
同時に、自分が今まで見てきた、父の姿を脳裏に思い起こす。
……この人は、いや、この世界の人々は――父の朋友である伝説超人ですら、父の「現状」を、知らない。
しかし知らないのは当然の事なのだ。
何故ならライカ自身がそれを望み、そうなるようにしたのだから。真実は私と母しか知らない。
それでいいのである。
……そうでなければ、世間は失望してしまうだろうから。
もう考えるのをやめよう、とライカは首を振った。これから宇宙旅行に出かけるのだ、できるだけリラックスしていたい。
「着きましたよ」
男の声にハッとして前を見据える。
鈍い黄色を基調にし、ところどころ赤でカラーリングされた大型の宇宙船がそこには鎮座している。これがヘラクレス・ファクトリーの送迎機なのだろう。覚悟はしていたものの、やはり緊張する。ライカはごくりと唾を飲み込んだ。
意を決してタラップに足をかけると、男が声をかけた。
「ツィガン様、ご武運をお祈り申しております」
優しい、温かな声に、少し気持ちがほぐれた。ライカは振り返り、男に向かって手を伸ばした。
「ありがとうございます。貴方も、お体に気を付けて」
固い握手を交わすと、ライカ一気に階段を駆け上がった。
ライカが登場した直後に宇宙船の扉は閉まり、間をおいてから振動を始めた。離陸が始まるらしい。ライカは急いで通路を歩きだした。標識通りに進んでゆくと大きな扉のあるつきあたりにたどりついた。ここでレッスル星に着くまでの間を過ごすようだ。
扉の前に立つと、センサーか何かにでも反応したのだろうか、するすると開いた。
ライカは荷物を持ち直し、一つ深呼吸をしてから、部屋に足を踏み入れた。
***
……すごい。
それが第一印象だった。自身と同年代か、前後であろう若手超人たちが十数人もいるのだ。ここまで大人数の同族と顔を合わせるのは初めてかもしれない、とライカは自身の半生を振り返りながら思った。彼らはトレーニングをしたり、持参したもので暇つぶしをしていたりと、各々違う行動をとっていた。
そこに初めて見る顔が入ってきたのだから、否が応でも注目を集める。ほぼ全員が手を止め、ライカの方に顔を向けた。(ほぼ全員と言ったのは、壁にもたれて座り込んでいる者が1人いて、居眠りでもしているのか身動き一つしなかったからだ。)
気恥ずかしかったが棒立ちになったままでもどうかと思ったので、取りあえず一礼し、そそくさと部屋の隅へ行く。荷物を置いてその場に陣取り、ライカは座り込んだ。
移動中も視線を感じてはいたが、無視した。超人は異形の体型を為した者がいるのは珍しい事ではないが、ライカはその中でもとくに常人離れをした容姿を持つ獣の化身超人である(もっとも、これはマスクではあるが)。
注目されるのも無理はないだろうが、少々居心地が悪い。
自己紹介でもした方が良かっただろうか。しかし今更感がある。ため息を一つつくと、ライカは床の上に視線を泳がせた。本でも読んでいようかと、いつも好んで行う現実逃避方法を思いつき、トランクに手をかけようとした。
「緊張してるだ?」
「えっ」
突然声をかけられて、はじかれたように顔を上げると、大きくて茶色い毛むくじゃらの顔がこちらを見ていた。口の両端から見える牙にびくりとしたが、自分を見つめている両の目が優しい雰囲気を湛えているのに気がついた。
「おらと同じ化身超人だったから、声掛けてしまっただ」
「えっと……その…」
「そんなに固くならなくてもいいよ!」
つぶらな両目がにこりと細められた。もこもことした毛も相まって、まるでテディベアのようだ。思わず笑みがこぼれる。先程の緊張感は不思議なくらいに和らいでいた。
「あ、ありがとう。ええと…」
「ワシ、セイウチンって言うだ」
「僕はツィガン。宜しく」
「ねぇ、君ってもしかして……」
セイウチンの目がまん丸になる。ころころと変わる表情が面白くて吹きだしそうになったが、ぐっとこらえた。
「もしかして、伝説超人のヴォルクさんの……」
「うん。息子だよ」
できるだけ何でもない風を装い頷いたが、セイウチンが驚いた声を上げたために、再度注目が集まってしまった。
「ちょ、セイウチンくん……」
「あぁ〜、悪かっただ、大声出したりしてぇ。でも、まさか、レジェンドの息子さんだったなんて思わんかったからぁ」
「そんな、確かに僕の父さんは伝説超人だけど、僕自身はまだ、ただの新米だよ。セイウチンくん」
「んだけど〜……あ、ワシのことはセイウチンでいいだよ」
「じゃあ、僕のこともツィガンって呼んでよ」
立ち上がり、手を伸ばすとセイウチンはがっちりと握手してくれた。力強いが、彼の生来の人の良さを表すように、その掌は暖かかった。
「――『フェンリル』のヴォルクのご子息だって?」
「あの『ロシアの巨狼』と言われた……」
「俺にも挨拶させてくれよ!」
セイウチンとの会話が聞こえたのか、他の若手超人が続々と集まってくる。
少々不本意な注目のされ方ではあったものの、これから共に学ぶであろう仲間達と話ができる機会を持つ事が出来てよかったのかもしれない。プラスに考えようとした。
「俺はカリフォルニア出身のジ・アダムスだ」
「インドのサムゥだ。宜しく頼む」
「ボクはアポロンマン!お父上は黒い狼だったけど、息子さんは銀色なんだね」
握手を交わしてゆきながら、内心ライカはホッとした。みんな良い奴そうだ――それに、誰一人として自身の男装に気が付いていないようだ。狼のマスクをかぶり、声色を変え、胸をテーピングした上にスポーツ用のコルセットで固定して潰して……と、十分すぎるくらいに念入りにやっているので、そうでなければ困るのだが。
「んだ!ワシらと同じ動物の化身超人が他にもいるから、紹介するよ!」
ガゼルマーン、とセイウチンが手を振った先には、長身でスレンダーな体型をした超人がトレーニングをしていた。
セイウチンの呼び掛けに振り返った顔には黒い隈取りのような模様と長い耳、二本の鋭い角が付いている。精悍な顔立ちをしていた。
「呼んだか」
「こちら伝説超人ヴォルクさんの息子のツィガンだべさ!」
「…あの『ロシアの巨狼』の?」
「んだんだ!」
ライカはセイウチンに押し出されるようにして、ガゼルマンの前に出された。
間近で改めて見ると本当に背が高い。他の超人達も上背は十分にあるが、彼はきっと2メートルを超えている。ライカは必然的に見上げる事になる。なかなかの威圧感ではあるが とりあえず笑顔をつくって手を差し出した。
「よ、宜しくな!」
ガゼルマンは腕組みをしながら、ライカをじっくり観察するように見下ろす。
「『ロシアの巨狼』フェンリルの息子か…」
「………わっ!」
伸ばされた手が、わしわしとライカの頭を撫でた。
「えっ、な、何っ……!?」
「いや、『巨狼』と言われた父親と比べて、息子は随分と小柄だなと思ってな」
「なっ……」
ライカの顔が一瞬で真っ赤になる。
(―――た、確かに、父さんと比べたら小さいかもしれないけど!そしてお前よりは!)
「こっ、これは、母さんが日本人の影響で……」
「ほう、遺伝の所為にするのか」
「いでっ……こ、こんなもの、すぐに伸ばす!」
成長期だから!と付け加えると、ガゼルマンはさもおかしいとでもいうように噴き出した。
「小柄なところも、そうやって噛みついてくるところも、狼というより仔犬みたいだな」
「こ、こいぬ……」
「2人とも〜。そろそろ止めるだよ〜」
見かねたセイウチンが間に割って入ってくる。
「ははっ、悪いな。虐めるつもりはなかったんだが」
「……本当かよ」
まあ同じ化身超人同士宜しく頼むぞ、とガゼルマンは再度ライカの頭を撫でてきた。完全に馬鹿にされている気がするが、初対面の者に(それに、驕る気はないが伝説超人の息子という前情報を与えられているのに)これほどまで緩い接し方が出来るのは、ある意味彼の才能かもしれない、とライカは思った。ただ単に嫌な奴なだけかもしれないけど。
いずれにせよ、ライカには初めての経験だった。少々特殊な環境で育ってきたために、同じ年頃の子どもと接することもままならず、今まで友達と呼べる者がいなかったのだ。ごく稀にそういう機会があっても、顔に被った狼のマスクと父親の名前で大抵の人は腫れものに扱うかのような接し方をするのがほとんどだった。
だから、セイウチンの様に好意を持って話しかけてくれる事や、ガゼルマンの様に少し、人を食ったような態度を取られた事は、これが初体験である。仔犬呼ばわりされたことは根に持っているものの、扱われ方が新鮮すぎて、実はそこまで嫌悪感はしなかったのだ。
「……こちらこそ宜しく、鹿くん」
「鹿じゃないっ!ガゼルだガゼル!」
ウシ目ウシ科に属されるれっきとした鹿とは別種の生物だ!と斜め上な解説でまくし立てるガゼルマン。プライドが高そうなのが見て取れる。
「……じゃあ、牛くん」
「そうそう……って違うだろぅ〜〜〜…」
「ツィガン、それ以上ガゼルマン虐めたら可哀想だべ…」
ひねくれてしゃがみこみ、のの字を地面に書き始めたガゼルマンをセイウチンが慰めている。さっきまで余裕風を吹かせていた男がしおしおとする姿があまりにもおかしくて、ライカは口元を押さえたが、こらえきれずに笑いだした。
「あー、ツィガンが笑った!」
セイウチンが顔を綻ばせた。
「あ……ごめん、つい」
責められていると思い、急いで謝ったが、セイウチンはそうじゃなくてぇ〜、と首を振った。
「ツィガン、入ってきた時からずーっとしかめっ面してたから気になってたんだよ。笑ってる方がずっと良い顔してるだ!」
「えっ……」
そんな顔をしていたなんて、全然気がつかなかった。
彼は本当に観察力のある超人なのだろう。しかも、そのような表情をしている自分に、嫌な顔一つせず、気分をほぐそうと話しかけてくれていたのだ。
「あ、ありが…とう…」
「なあに、礼を言われるほどの事はしていないさ」
「鹿くんには言ってない」
「だから鹿はよせ鹿は!」
「…2人とも、仲が良いんだか悪いのかわからないだねぇ…」
そうしみじみと呟きながら、セイウチンは諦めたようにライカとガゼルマンのやりとりを見つめていた。止める気は失せたらしく、持参していた魚をもぐもぐと食べ始めている。
「ヤだよォ!ボクやっぱり帰りたい!」
「もう〜。しっかりしてください!貴方はあのキン肉マンの息子、『キン肉マンU世』なんですから!」
ふにゃふにゃとした弱音を吐く声と、それを叱咤激励している声が部屋に響いた。
(キン肉マンって、もしかして、あの?)
思わず声がした方を振り向くと、いつの間に乗車していたのだろうか、青系統で統一され、黄色いラインが入ったボディスーツを着た少年と、その少年よりはずっと幼い外見ながらも、気真面目そうな雰囲気を醸し出している男の子がそこにいた。
(あの特徴的なマスクは……)
ライカの脳裏に、昔の記憶が――まだ物心がついたばかりで幼かった時、父が枕元で聞かせてくれた思い出話が、鮮やかによみがえった。
アルバムに詰まった写真1枚1枚について、父から説明を受けながら、幼いライカは目を輝かせながら聞き入っていたものだ。
『この白いマスクがロビンと言って、父さん達の司令塔みたいな存在だった。こいつはウォーズマンと言って、同じロシアの出身で、こっちはドイツ出身のブロッケンJr.さ。気が合うもんだから、この二人とはよく一緒に飲みに行ったものだよ』
『父さん、この人たちは?』
『この人すごいおっきいねぇ!角も生えてる!』
『右がラーメンマンで左がバッファローマンだ。2人ともタイプは違うが、凄腕の超人だったなぁ…父さん、いつもこてんぱんにやられてたよ』
『えー嘘だぁ!』
『父さんが負けるなんて、全く想像つかないや!』
『ハハハ、父さんだって負ける事くらいあるさ!しかしそれを乗り越えてこそ、得られるものもたくさんあったんだよ』
『うーん、よくわかんない…ねぇ、パパ、この面白い顔の人は?』
ライカが指をさした写真は、伝説超人の集合写真。若き日の父を含め、皆が満面の笑みを浮かべて写っている仲、とりわけ笑顔の男が中心にいる。ブタのような鼻にたらこ唇と、正直いって美しいとは言えない造詣のマスクを被った彼は、そういうこともあって一段と目立っていた。
ここできらりと輝いた父の目を、ライカは未だに鮮明に思い出す事が出来る。
『それはキン肉マンだよ!本当に凄い奴だった。こいつがいなかったら、未だに世界は平和じゃあなかっただろうさ』
『……そうなの?』
『うそだよね……』
『何を言うんだお前達。キン肉マンは本当に強かったんだぞ!』
『え〜…でも、ライカはパパの方がカッコイイと思うもん!』
『僕も父さん派っ!』
『ははっ、こいつらぁ!』
そういって父は呆れたように、しかしどことなく嬉しそうな表情を浮かべて、『私達』の頭を撫でたのだ――………
(…あのころが一番幸せだったな……)
誰もがほほ笑むような、暖かい、絵に描いたような親子。
そりゃあそうだ、だってあの頃は"彼"がいたのだから――
「おい、どうしたんだボーっとして」
「……あ」
ガゼルマンがポンと肩を叩くのをきっかけにして、ライカは過去の記憶から意識を引きもどした。
ぐちぐちと過去を振り返るのは悪い癖だとは思っているのだが、当時の思い出の居心地の良さに、いつまでも耽ってしまう。
「ごめん。考え事してた」
「はぁ。……それより、聞いてたか。あいつキン肉マンの息子らしいぞ」
「うん。マスクがお父上とそっくりだ」
「…レジェンドの息子同士、挨拶しておいたらどうだ?」
後々話しかけてみたいとは思うが、今は先程自分が経験した時の様に、他の超人達が集まって自己紹介をしている。
身をもって体験したが、『伝説超人の子ども』という肩書は、本人がどうであれ大きな印象を他人に与えるらしい。
「いい。今は皆と喋ってるみたいだし。学校着いたら話してみる」
そういった直後に、またしてもセイウチンが声をかけてきた。
「ツィガンもマンタロウさんに自己紹介するだよー!」
大手を振られ、皆に見られたら、無視するわけにもいくまい。とりあえず近くまで歩み寄ってみた。
成程本当に父親と瓜二つのマスクである。少し違いを上げるとすれば前髪があることと、額の肉の文字がない事だろうか。あの写真に写っていた超人を自分と近い年齢にまで下げて、少しパーツを加えたら、きっとこうなるに違いない。
まごまごしているライカの気持ちを察したのか、セイウチンがまたしても代わりに紹介してくれる。彼はどこまで良い人なのだろう。
「ツィガンのお父さんも、マンタロウさんのお父さんととおんなじ伝説超人のヴォルクさんなんだべ!」
「えぇっ、ヴォルクさんの!?」
マンタロウと呼ばれた少年に同伴している、小さな男の子が驚いた顔になる。
「まさかヴォルクさんにも、U世と同じ年頃の息子さんがいらっしゃったなんて…!ああ、でもこの狼のマスク、そっくりだ。色は違うけれども……」
「ええと……君は?」
まるで見てきたかのような口ぶりで話す男の子に、今度はライカが驚いた。ただの超人オタクという感じでもなさそうだ。
「はっ、申し遅れました!ボクはアレキサンドリア・ミートという者です!その昔、ヴォルク様には大変親切にしていただきまして…」
「ミ、ミート!?」
ライカは目を丸くした。彼も父の思い出話にたびたび登場した事がある。なんでも超天才少年だったとかで、正義超人たちの参謀役としても一役買っていたらしい。
「ボクをご存じで?」
「あ、その、父からよく話を聞いていて……小さい頃、お前もミートみたいに賢くなれよ、なんてよく言われてました」
「ヴォルクさんがそんなことを……恐縮です」
顔をほんのりと染めるミートは、言動こそ大人びてはいるものの外見通りの幼い男の子のように思えた。……それにしても、何故ミートはこうまで姿形が変わっていないのだろうか。当時の年齢を考えると、自分達よりはるかに年上のはずだが、今目の前にいるのは、父が見せた写真や思い出話に登場する彼となんら変わっていないのだ。
「ミート……さんは、どうしてお年を召されていないのですか?」
「そんな改まらないでください。ミートでいいですよ。……それに関しては、少々話が長くなるんですが――」
「だーーーっ!!!ボクにも喋らせてよォ!」
そうだ、キン肉マンの息子の存在を忘れていた。
「U世、人の話に割り込むのは失礼ですよ!」
「大丈夫だよミート…くん。えっと、君がキン肉マンさんの…」
「うん、息子のキン肉マンタロウだよ。よろしくー」
「キン肉マン…タロウ?」
「ちょっ、言っとくけどぉ、ボクの名前は万太郎だからねぇ!タロウじゃないからね!」
「ご、ごめん。気を付ける」
ふーん、と言いながら、万太郎はライカをじろじろと見つめた。
「そっかぁ。父上が言っていた『犬っころ』って、君のお父さんだったのかぁ〜」
「い、いぬっ……!?」
「初対面の方に何てこというんですかっU世〜〜〜〜!!!!!」
ミートの飛び膝蹴りが、良くできたコントの様に鮮やかに万太郎の顎に決まった。
それにしても、今日はよく犬呼ばわりされるものだ、とライカは後ろにいる男をちらりと見た。ガゼルマンは知らんぷりを決め込んだのか、そっぽを向いている。
「ミ、ミートくん、いくら何も蹴らなくても……」
「いえツィガンさん、お気遣いなく。これは必要な事ですから」
にっこりとほほ笑むミートに、表情と相反したオーラが背後から漂っているのを感じ取り、ライカはそれ以上何も言えなかった。
万太郎はミートに蹴られた顎を押さえてのたうちまわっていた。言動は子どもっぽいし慣れ慣れしいところもあるようだが、性格がひねくれているわけではなさそうだ。彼とも仲良くできるかもしれない。
「すみませんツィガンさん。U世がとんだ御無礼を」
「そんな、気にしないで。悪気はなかったんだろ?」
「……そうみたい、なんですけどねぇ」
ミートがため息をつく。相当万太郎に手を焼いているらしい。それでもここまで着いてきたのは、やはり見捨てておけないからに他ならないのだろう。律儀なミートに、ライカの口角が緩んだ。
「おい、そこで居眠りしているやつぅ、まだ自己紹介しとらんぞー!」
そうこうしている間に、いつの間にか立ちあがった万太郎が部屋の隅を指さしている。彼は、ライカが入ってきた時にも顔を上げずにうずくまっていた者で、今回万太郎が来た時もその姿勢を崩していなかったらしい。
茶色のポンチョに包まれた体がピクリと動いた。
「やれやれ……キン肉マンも自己中心型だと聞いていたが、息子も輪をかけてNo.1気取りだな…」
「な、何ぃ〜」
万太郎の眉間にしわが寄る。
「オレのパパならここで素直に挨拶するのだろうが…」
今度はミートが反応した。
「え…パパって…」
それには答えず、茶色のポンチョの男が立ちあがった。
「パパはレスリング技術だって、頭脳だって、宇宙一と評判の超人だった。……でも天下をとれなかったのは、他人にすぐに手柄を譲ってしまう奥ゆかしい性格が原因だ。だからいつも二番手で、キン肉マンの背中ばかり見てきたんだ……」
男の口調がどんどん荒々しくなってくる。腕がわなわなとふるえているのが、ライカの位置からも見て取れた。
「オレのパパは長年に渡って、キン肉マンを盛りたてるために必死で戦い……血を流してきたんだッ!!」
ポンチョを脱ぎ捨て、被っていた帽子を外した男の顔は、少々幼さがあるものの、ライカの記憶に覚えのある顔と酷似していた。明るい金髪に額の文字、肌は白いが、あらわになった腕から覗く筋肉はしっかりとしていて、しなやかさと強靭さを感じ取れた。
(じゃあ、アイツは……)
ミートにもわかったらしい。とてとてと駆け寄り、顔をもう一度確認するように覗きこむ。
「そ、それじゃあ、貴方はテリーマンの息子の!」
「ああ、だがオレはパパとは違う。いいか、キン肉万太郎!お前の背中なんて絶対に見ない!」
あからさまな敵意をむき出しにしながら、テリーマンの息子は一気にまくし立てた。
「これから行くヘラクレス・ファクトリーでは…このテリー・ザ・キッドが、No.1になる!!」
(改訂:2019.04.15)