席替えをしたあとの教室というのは独特の空気があると思う。まだ皆が新しい席に馴染んでいない違和感のようなものが空気の中に満ちていて、なんだか知らないクラスみたいだ。窓際の後ろから二番目の席になった私は満足感でいっぱいで、自然と持ち上がってくる口角を指でおさえていた。今日もまたいちだんときらきら光っている海がよく見える。なんていい席なんだろう。好きな人と教室の端同士に離れて再度の席替えを申し立てていた友人には悪いけれど、私は次の席替えまで意地でもここを離れたくない気持ちである。そして鉢屋くんは一体どんな技をつかったのか、また窓際の一番後ろの席だった。彼には席替えの神様でもついているのだろうか。振り返ると鉢屋くんはいつものように頬杖をついて外の風景をぼんやりと見ていた。

「鉢屋くん、またよろしく」
「おう」
「鉢屋くんはくじ運がいいんだね」
「日頃の行いがいいからな」
「じゃあ私も日頃の行いがいいからまた鉢屋くんのそばになれたのかな!」
「………」
「いひゃいいひゃい」
「次変な事言ったらこう…斜め下にねじるからな」
「すみませんでした」

さんざん私の頬をひっぱってからくたりと猫のように机の上にのびる鉢屋くんはなんとなくご機嫌で、普段よりも口数が多い。鉢屋くんが楽しそうだと私も楽しい。あまりに楽しくて木下先生に頭をつかまれるまで今がまだHR中だということをすっかり忘れてしまっていた。慌てて前に向き直ったものの足下がふわふわして見るものぜんぶが光っているように見える。こんな風になるのは鉢屋くんと喋った時だけだ。鉢屋くんってすごい。彼と話しただけで私の心はひたひたまで満たされて、あっという間に溢れてしまう。どうしてこんなにも彼だけが特別なのかが知りたい。彼の中にある何が私をこんなに惹きつけてやまないのだろう。幸せな気持ちにくるまれて目を閉じる。ひんやりとした机に顔をよせて、私は短い夢を見た。


鉢屋くんが海の中へ走っていく。ざぶざぶとどんどん深い方へ走っていく。私はそれを止めようとして大きな声で呼びかけるけれど、鉢屋くんはとぷんっと間抜けな音を立てて海の中に消えてしまうのだ。悲しくて悲しくて悲しくて私は泣いた。目を閉じて、船の汽笛みたいな声で泣いた。ふと目を開けると私は鯨になっている。鯨になった私は相変わらず泣きながら、鉢屋くんを探して海の中をどこまでも泳いでいく。海の中は暗くて冷たくて、とても静かだった。

「…って夢をみたの」
「だからって現実でも泣かなくていいだろ」

目を覚ますとHRは終わっていて、まだぼんやりとした頭のまま友人を探したけれど、教室には私と鉢屋くんしかいなかった。私は眠りながらぼろぼろ泣いていたらしく、それを見てしまった鉢屋くんはきっと帰るに帰れなかったのだと思う。茜色の夕陽が教室の中いっぱいにふくらんで、五時のチャイムが町中に響いている。鉢屋くんは机の上に座って外を見ている。きっと海を見ている。鉢屋くんの横顔はとてもきれいだ。

「…みんなもう帰ったの?」
「おう」
「不破くんも竹谷くんも?」
「おう」

俺ももう帰るよと言って教室を出て行く鉢屋くんの後ろ姿を見送っていると、彼は扉の前でこちらを振り返って不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

「鉢屋くんどうしたの」
「名字さんまだ帰んないの」
「………一緒に帰っていい?」
「チャリで送ってってよ」
「はい喜んで!」

なんだそりゃと笑った鉢屋くんは、結局私には自転車を運転させてくれなかった。なんか名字さんの運転怖そうだからなんて言って私を荷台に座らせて、さっさと自転車をこぎだす鉢屋くんの耳のはじっこのへんが少し赤い。それを見たら心臓がきゅーっとなって、鉢屋くんに抱きつきたくなったけれど、後ろから聞こえてきた木下先生の怒鳴り声で我に返り荷台の端をぎゅっと握った。危ないから止まりなさいと言いながら走ってくる先生につかまる前に校門の外へ出れば、あとは急な坂を一気に下っていくだけだ。自転車が加速を始める前に私と鉢屋くんは後ろをふりかえって、にっこり笑って先生に手を振った。先生が何かを言う前に自転車はどんどん走り始める。ちょっと怖いくらいのスピードが出てなんだか笑いが止まらない。同じように笑っている鉢屋くんの茶色い癖っ毛が夕陽に透けて、それはそれはきれいだった。こんな風に、鉢屋くんのことをずっと見ていたいのにな。





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