しとしとと静かに春の雨が降っている。私は食堂の机に頬杖をついて、外を睨みつけていた。
今の私はかなりのぶすなんじゃないかと思う。
どうしてかといえば、春雨に濡れながら食堂に向かって走ってくる勘右衛門と、確か私よりひとつ年下のくのたまの子の姿を発見したから。
いやだな、こんな風になっちゃうのは。あの子の名前何ていうんだっけ。…忘れた。別にいいけど。
食堂へ入ってきたふたりは、急に降ってきていやんなっちゃうね、そうですね。なんて会話をしている。
そして女の子はおもむろに勘右衛門に自分の手拭いを渡して、目元を桜色に染めて、恥ずかしそうに走り去って行った。
かんぺきだ。はにかみ方、濡れた髪と目元の色っぽさ。去り際の笑い方。
ここでぶさいくな顔をしている私とは天と地の差がある。悲しい。
それにしても勘右衛門はよく手拭いを貸してもらう人だ。いずれの場合も自分から貸してなんて言わないのがポイント。
私は借りたばかりの手拭いで遠慮なく髪や服の水滴を落としている勘右衛門から視線を外して、すっかり冷えた食事に集中することにした。
うん、やっぱりおばちゃんのつくる卵焼きは最高だなあ。ふんわりしてて。焼き魚との組み合わせも抜群だよ。
心の中でおばちゃんの料理に対する賛辞を並べていると、勘右衛門が食事を持って隣に座ってきた。
「名前ちゃんおはよう」
「おはよう尾浜くん」
「…他人行儀だな!」
「さっきの子は尾浜くんのこと好きだと思うの」
「へ?ああ…多分くのいち教室で何か課題があったんじゃない?俺ってなんか話しやすいらしくってよく課題の標的にされるんだよね」
「…そうなの?」
「うん。だから尾浜くんじゃなくって勘右衛門って呼んでほしいよ、名前ちゃん」
「…勘右衛門」
「うん」
「桃の花が散っちゃうね」
「そうだなぁ…でも次は桜が咲くよ。俺桜がいっぱい咲く所も知ってるんだ」
「ホント?」
「うん。だからまた一緒に見に行こうよ」
「………行く」
やったね、と言って勘右衛門は嬉しそうに笑った。勘右衛門の笑顔は不思議だ。見ているだけでトゲトゲしていた心がまるくなっていく。
ごめんね、ありがと。
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