屋根をうつ雨の音で目が覚めた。顔をあげて時間を確認し、またベッドに沈みこむ。うつぶせのまま枕を抱きしめていると遠くのほうから猫がのどを鳴らすような音が聞こえる。雷だ。子供だった頃、猫は皆、のどの中に雷を隠しているのだと思っていた。そしてそのことを知っているのは自分だけなのだと考えては、一緒に暮らしていた猫と縁側で寄り添いながら胸を高鳴らせていた。くったりと伸ばしていた手のひらに猫のやわらかい毛がふれたような気がして目を開けると涙がひとつぶだけこぼれた。夢と現実のあわいは色々なものの境界線があやふやで、長い間ともに暮らしていた猫にもここでなら会える。

ベッドから足をおろすと冷えた床の木が心地よい。ひたひたと歩きベランダの戸を開ける。とたんに水をふくんだ空気が部屋を満たし、風に飛ばされた雨粒が顔をたたいた。
灰色の空のなか、稲妻が踊っている。もう夏が終わる。あの稲妻は別れの挨拶だろうか。ただなかにいる時はなんとも思わないけれど、終わる時にいちばんその季節を意識する。寝起きのからだに心地よかった空気もずっと浴びていれば肌寒い。カーディガンをひっぱりだして羽織り、やかんを火にかける。その横にカフェオレボウルをおいて椅子に座り、しばらく目を閉じていた。雨音が体の中にたまっていくような感じがする。気圧が低いせいだろうか、なつかしい夢をみたせいだろうか、心もとない気分だった。
お湯が沸いたことを知らせる音がしているけれど目を開けられない。コーヒーにするか紅茶にするかもいまいち決まらない。体をゆらめかせていると突然電話が鳴った。

名字さん?久々知です、ごぶさたしてます。
あらこんにちは。お久しぶりです。
すごい雷ですね。
ほんとですねえ。
…あの、急で申し訳ないんですけど、ジャムいりません?オレンジの。
つくったんですか?
はい、この間レシピ本を買ったんですよ。
それは、ぜひ、食べたいです。

会う日時を決めて通話を終える。思いがけない電話だった。久々知さんとは二週間ほど前に近所のスーパーで偶然会ったきりで、少しだけ彼の輪郭があやふやになってきている。それにしてもオレンジとは、夏の終わりにふさわしい。あの太陽のような色のくだものに思いを巡らせると部屋の中があたたかくなったような気がする。柑橘類のあまずっぱい香り。すたっと立ち上がって火を止める。紅茶をストレートで飲むことにした。そのあとは部屋の衣替えでもしようか。一度動き出せば心もとなさは簡単に消えるのだった。







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