いつだったんだろう、私とあなたが遠くはなれてしまったのは。
私と雷蔵は幼稚園のころからの幼なじみで、高校生になった現在に到るまで大きな喧嘩をする事もなくずっと仲良くやってきた。
どんなことをしたらお互いが喜ぶのか怒るのか悲しむのか、ぜんぶ知っていると言っても過言ではないと思う。ただひとつだけ、私が雷蔵に秘密にしていることをのぞけば。
それは私がもうずっと長いあいだ雷蔵のことを好きだという事。そりゃ私だってただ黙ってこの幼なじみという関係に甘んじていたわけではない。
どうにかして両思いになりたくて、思い切ってバレンタインデーにチョコを渡してみても、好きだと言ってみても。
いつも雷蔵から返ってくるのはとびっきりの笑顔と「ありがとう」の言葉だけだ。
目眩がするほど緊張しながら好きだと言ったとき、「ありがと。僕もナマエのことが好きだよ。僕たち家族みたいなものだもんね」と言った雷蔵の照れくさそうな顔、
少しくしゃっとしたシャツ、こころもち右に傾けた頭、寝癖の取れきっていない前髪、などなど。私はあの時のことを一生忘れないと思う。
あの時から私は雷蔵に想いを伝えるのをあきらめ、ただただ仲の良い幼なじみとして傍にいられればいいと思うようになった。
雷蔵の傍にいられるのなら私の気持ちなんてどうでもよい、と。
ところが近頃、そんな自分の気持ちはまるっきりの偽善、もしくは欺瞞、であったということを思い知らされる出来事があったのである。
嫌な予感はしていた。高校に入って初めて別のクラスになってから、雷蔵はたまに私の知らない女の子の話をするようになっていたのだ。
それでもあくまで雷蔵がその子の話をするのはたまにであったし、話の内容も記憶にも残らないほど些細なことであったので、私は大して気にしていなかったのだ。
これが大きな間違いだった。そもそも雷蔵が、ある特定の、ひとりの女の子のしかも些細な話を私に持ち出してくるということ自体が、
すでに憂うべきことであった。本当に私はバカだった。
ある空気の澄んだ穏やかな秋の午後。雷蔵の部屋の窓から見える銀杏の木があんまりきれいに色づいているものだから、
雷蔵が小学生の頃からつかっているお道具箱から勝手にクレヨンを借りて銀杏を自由帳にぐりぐりと描いていたときのこと。
ベッドの上に寝ころんで本を読んでいた雷蔵がぽつりと言った。
「ねえ、ナマエ。僕、好きな子がいるんだ」
そこで一瞬、まさかそれは私のことですか、と胸を高鳴らせた私は本当にのんきなバカだ。
私はただひたすらに、餌をもらう前の犬のような素直さと、悲しいほどの愚かさでもって雷蔵の次の言葉を待った。
「…でもね、まだ僕その子と話したこともあんまりなくて。情けないよね」
まぶしそうに目を細めて、見た事もないような優しい顔で笑う雷蔵を見て、私はその場で吐いてしまいたいほどの衝撃におそわれていた。
雷蔵は静かで、それでいて少し夢を見ているような表情で外の銀杏の木を見ていて、私はというと目の前のものがみんな歪んでいるような、
自分の心臓の音しか聞こえないような。ごめん雷蔵。私、嘘でも頑張ってなんて言えない。応援もできない。
「…そっか」
やっと絞り出した私の声はびっくりするくらい掠れていて、外を見ていた雷蔵はベッドの上をじりじりと移動してきて私の手をぎゅうと握った。
「まだナマエにしか言ってないんだからね。他のやつには内緒だよ?特に三郎とか」
そう言っていたずらっ子のような笑顔を浮かべる雷蔵のことが私は本当に好きで、どうしてこうなる前にもっときちんと気持ちを伝える努力をしなかったんだろうとか、
窓の外で黄金色にきらめく銀杏の葉っぱはどこか雷蔵に似ているとか、今日の夕飯は何だろうとか、きっと最初から私が雷蔵の心をつかまえることなんて出来なかったんだとか、とりとめのないことばかり考えて、
そして私は雷蔵の手を握り返し、強く願った。
雷蔵の透き通るようにきれいな想いが、どうかどうか粉々になりますようにと。