「お花好き。特に花束。きれいだから。犬も好き。かわいいから。あとはケーキも好き。おいしいから。ピンクも好き、かわいいから。沖縄も好き、暑いから!」

指を折ってつらつらと好きなものを数えていく私のことを、兵助は真面目な顔をしてじっと見ている。

「あとはね、杏仁豆腐も好き、甘いから。泡風呂は楽しいから好きだしー、マニキュア塗るのも好き。きれいだから。あとは何といっても兵助が好き」

そう言うと兵助の眉毛がぴくりと動いた。杏仁豆腐に反応したのか、自分の名前が唐突に出たことに反応したのか。
一メートルほどあけて座っていた距離をぐいっと詰めてきた兵助は、あたりを憚るようにして私に注意をした。

「…わかってると思うけど杏仁豆腐は」
「豆腐じゃないんでしょ?もう何回も聞いたよー。でもおいしいんだからいいじゃん」
「それはそうだけど…」

兵助は口の中で何かもごもご言いながらふいっと窓の外へ顔を向けてしまった。しまった。大人しく聞いてあげれば良かったか。
たとえ耳にたこができるほど聞かされた話だとしても。せっかく二人っきりなんだから。どうも私には配慮とか繊細な気遣いなるものが欠けているみたいだ。
私はそっぽを向いたままの兵助の肩に頭を預けて、両手足をだらりと投げ出した。私たちが座っている座席の向側の窓の外には、灰色の海が広がっている。
車内はとても静かで、電車の走るタタンタタンという音だけが響いていた。

ほんの少し眠くなってきた頃、不意に私の右手に温かくてやわらかいものが触れた。隣を見ると、相変わらず窓の方を向いたままの兵助が私の手を握っていた。

「ナマエはさ、何で俺の事好きなの?」
「優しいからー」
「…じゃあ、俺が本当は全然優しくなかったら?」
「兵助の頭いいとこ好きだなあ」
「別に特別頭がいいとは思わないけど…」
「まーなんつっても顔がかっこいいよね」

ようやくこちらを見た兵助の目には明らかに呆れの色が浮かんでいた。私はといえば、兵助がこちらを見てくれたことがただ嬉しく、猫のように兵助の首元にすりよった。
調子に乗って首すじのにおいを嗅ごうとした私の顔を、兵助は手のひらで押さえつけた。

「苦しい〜」
「もし俺が優しくなくて頭も悪くて顔も不細工だったら、ナマエは俺の事好きにならない?」
「えー…わかんないけど…でもそんなもしもの話してたってこーして現実として兵助は優しいし頭いいしかっこいいしそれでいいんじゃないの」
「………ナマエって…バカだけどそういうとこ妙に冷静だよな」
「むかつくんですけど」
「俺はナマエのそういうところ好きだ」

何が面白いのかは知らないが兵助は楽しそうに笑っている。本格的に眠くなってきた私は兵助に寄りかかったまま目を閉じた。そして短い眠りの中で夢を見た。

私と兵助は二人きりでどこかの南の島で暮らしている。二人とも水着なんだか下着なんだか裸なんだかよくわからない格好で、
兵助は毎日とてもいいにおいの花束をプレゼントしてくれるのだ。夕方に降ってくる雨はお湯みたいな温かさで、
私たちはバナナの木の下で雨に打たれながらうっとりと眠っている。

だから、兵助に起こされたとき、私は自分が今どこにいるのかよく分からなかった。

「ほら、ナマエ。ついたよ、駅」
「…なんか、夢見た…トロピカルな感じの…」
「はは、何だそれ」

夢とは違ってきちんと学生服を着ている兵助に手を引かれて、無人駅の改札を抜けた。
兵助は黙ってスタスタ歩く。私はだらだらとよそ見ばっかりしながら兵助に引っ張られてゆく。

「ねー兵助ー、杏仁豆腐食べたいな」
「………俺はジーマミー豆腐が食べたい」
「何それ、豆腐?」
「いや、豆腐じゃない…沖縄の食べ物」
「ふーん…豆腐じゃないけどいいの?」
「おいしいからいいんだ」
「なんだそりゃ〜…あー、沖縄行きたーい!!」
「行けるかもよ、もしかしたら」
「そうだねぇ。…へへ、楽しみ」

足下のコンクリートがかたくて重たい砂にかわり、吹いてくる風が急に強くなった。
兵助は風から私をかばうように立ち、強く抱きしめてきた。学生服のボタンがほっぺたに当たって痛い。

「そういえばさ…俺、ナマエに花あげた事ない」

肩に置かれた兵助の手が小さく震えている。私はだらりとぶら下げていた腕を持ち上げて、兵助をきつく抱きしめかえした。

「そんなのいらん」
「花好きなのに?」
「花好きなのに」
「…ナマエ。本当にいいのか?」
「いーよー。毎日暇だしやりたい事もないしね」
「…ありがとう」

そろりとお互いの体を離して手を繋ぐ。私の右手と兵助の左手にゆるく結びつけられた赤い糸。

目の前に広がるのは、灰色の海。