薄暗くてひっそりとした室内。部屋の角々にはぼんやりとした闇がわだかまって、青い光の差す床を大きな影がゆらゆらと横切っていく。
昨日の夜から降り続いている大雨のせいか、水族館の中を見てまわる人は少なかった。まあこの雨じゃあ外にいても水族館の中にいてもおんなじだよな。
どちらも水の中を泳いでるようなものだ。

 知ってるかな。ここ、カップル限定で夜の水族館ツアーとかやってんの。面白そうでしょ?そう。面白いんだよ。多分。
一緒に行きたい子がいたんだけどね、ダメんなっちゃった。高校の同級生で去年から同じクラスでさ、結構仲良し。
え?聞いてないって?まぁいーじゃん、今日くらい聞いてくれても。うん。で、その子のことね。
最初はさ、愛想がないっていうか、表情に乏しいっていうか、とっつきにくい子だなーって思ってたんだけど。
席替えして隣になっちゃったから一応俺なりに気遣って色々話しかけてたわけだ。うんとかへーとかそうなんだくらいしか反応返ってこないんだけどまあ一応。
それである日さ、授業が自習になって暇だったから、雷蔵が貸してくれた本読んでたんだ。したら隣から小さい声で、あ、って聞こえてきて。
何かと思ってその子の方見たら俺が読んでた本の表紙をじーっと見てるんだよ。
その頃はもう反応が返ってこないのにも慣れてたから大して期待もしないでさ、この本好きなの?って聞いたの。
そしたらその子さ、あ、ナマエって言うんだけど。可愛い名前でしょ?うん、で、ナマエがさ、今まで見た事ないくらい嬉しそうな顔して、うん、好き。
って言ってにこぉーって笑ったんだよ。ホントに花が咲いたような笑顔ってこういう事かって思ったもん。
そんでまぁすっかり嬉しくなっちゃってさ、その本の事色々教えてもらったんだ。その子の好きなキャラクターの事とか。すげぇ変なんだよ、その子の好きなキャラクター。
変なおばさん?みたいなやつで、そいつがいる所は全部凍っちゃうんだって。
だからいっつも寒くって、あったかい所、焚き火とか灯りのついてる人んちとかに近寄って行くんだけど、そいつが近づいて行ったせいで全部消えちゃうの。
焚き火も灯りも。だからそいつは他の奴らからは怖がられて嫌われてさ。なのにそいつが好きなんだって。
その子は。哀しくてさびしくてかわいそうで、好きなんだって。よく分かんないよね。

 で、まぁとにかくその日から俺はその子のことが好きになっちゃってさ、その子も本の話してから打ち解けて話してくれるようになったからもうどんどん話しかけてさ、すごい仲良くなれたの。うん。なのに急にさぁ、相談があるとか言うから何かと思ったらさ、何か好きな奴ができたとか言うんだよ。
はぁ?って感じでしょ?そいつのせいで俺のそれまでの努力パーだよ。俺の全然知らない奴なら遠慮なく邪魔するところだけどさ、そいつ俺とすごい仲いい奴だったんだよね。
しかもそいつもナマエの事が好きだって言うんだよ。もう手助けするしかないでしょ?両思いなの知ってるの俺だけなんだから。うん。
それで?あー、なんかこの間から付き合い始めたらしいよ。昨日二人してもじもじしながら勘右衛門のおかげだよなんてお礼言いにきたからね。
もー最悪でしょ?そんで学校から帰ろうとしたら大雨だし。で、今日も朝起きたらざあざあ降りでさ、一応電車に乗ったはいいんだけど、あーもうどっか行きたいなあって思ったんだ。そう。だから今日俺はここにいる訳。わかった?
やー何か長々と話しちゃったなあ。え?すっきり?あー、まあ多少はしたかな。うん。じゃあ、また。