未来改革 後
 

 その後適当に授業をやり過ごし、家に帰ると部屋に閉じこもってひたすらメールを打った。
 何故哲のほうからメールをくれなかったのか尋ねてみると、色々あってメールする元気が無かったのだという。一体何があったのだろう。
 私はそれとなく探ってみようと思い、遠回しに話題を振ってみた。
――春から北海道だし、準備とか色々忙しそうだね。
――準備もだけどさ、他にも色々あって。
――色々って?
――ガキのお前にはまだ早いことだよ。
 やり取りの中で、一つの仮定に辿りつく。まさか、恋とか愛とかいう類の悩みを抱えているのか。あの哲が? だとすれば、私はこのメールにどう返信すればいいんだ。
 私は悩みに悩んだ末に、直球で返した。
――哲、好きな人いるの?
 母さんがドアの外で私を呼んでいる。ごはん食べて一旦気持ちをリセットしようか。
 母に返事をしつつも、私はベッドを動かず返信を待った。携帯を持つ手が震える。これで「うん」とか「まあね」だったら今日の夕食はめいっぱい食べよう。食べて忘れよう。
 メールは五分も経たないうちに来た。サブディスプレイに表示された「哲」の文字を確認し、恐る恐る画面を開く。
――なんでお前にそんなこと教えなきゃいけないんだよ。
 一旦携帯を閉じた。これ以上メールを続ける勇気がなかった。考えを振り払うようにため息を零す。
 心臓の鼓動はいつの間にか正常になっていた。でも虚しくなった。私が哲のことで一喜一憂していても、哲にとっては他人事なのだ。同時に、哲のことも私には他人事なのだから関わるなと、言外にそう言われているような気がする。
 いやもしかすると、これも夢なのかもしれない。目覚めればまた、大晦日からやり直せる。そうであって欲しい。

 ***

 私は期待していたのだが、残念なことにいくら待てども目が覚めることは無かった。つまりこれは紛れもなく現実で、哲のあのメールも虚構などではなかったのだ。もう一週間以上経過したが、未だにやり取りは途絶えたままだった。
「いい加減疲れた。人生に」
 キャラメルカプチーノを啜りながらそう零す私を、明子が胡散臭い顔で見る。
 日曜の喫茶店はそれほど混んでおらず、店に流れるBGMに癒されつつ私たちはゆったりとした時間を過ごしていた。
「どうしたの急に。またアイツか。アイツに悩まされてんのか」
 いい加減諦めろって、と呆れ顔で言われる。出来ることならとっくに諦めている。それが出来ないから困っているのだ。
「もっと身近な奴と恋すればいいのよ。もっと気楽にさ」
 その口にチーズケーキの大きな一切れが運ばれていく。
「身近な奴って?」私が尋ねると、明子はもぐもぐと口を動かしながら悪女のような笑みを見せた。
「たとえば、雅也とか」
「いや、それはない。ありえない」
「ふーん?」明子の楽しげな様子に、つい眉間に皺が寄る。
「雅也はただの友達。つか、なんであいつ?」
「あ、気づいてないんだ」
 気づいてないって、何にだ。私がそう問いかけても、明子はただ笑っていた。
 その後、担任の教師が最近禿げてきたとか一組のAさんがB君に告白したらしいとか、他愛ない話を延々として別れた。別れ際に「今日、雅也に電話してやりな」と言われたが、何故雅也にそこまで拘るのだろう。明日学校で会うのだから必要ないと思ったが、たまには電話してみるのも悪くない。
 私は家までの道のりを歩きながら、早速雅也に電話をかけた。
「もしもし雅也?」
「ふぁい。何?」欠伸を漏らしながら電話に出た雅也に、声を出して笑った。それが気に食わなかったのか、少しムッとしたように再び「何だよ」と問われる。
「いや、特に用はないんだけど、何となく」
「用もないのにかけてくんな。俺はこれから魔界の谷まで竜退治に行くんだ」
 受話器越しにボタンを連打する音が聞こえてくる。なるほど確かにゲームに勤しんでいるようだ。この野郎、友人からの電話よりゲーム優先か。
「暇なんだよ。少しくらい話し相手になってくれたっていいじゃん」
 私がそう言うと、少し沈黙した後で「まあ、別にいいけど」という答えが返ってきた。その間もコントローラーの操作音が絶えることはない。
「実は遠回しに振られちゃってさ」
 ずばり言ってみると、雅也は一瞬沈黙した。しかしすぐに「へえ」という答えが返ってくる。
「いや、『へえ』以外に何かないの」
「まあ元気出せよ」
「心無いな」
「そんなことない。俺はお前の恋が実らなかったことに心から同情している」
「ほんとかよ」
「ほんとだよ」
 そんなやり取りをしているうちに悩んでいた自分がバカバカしくなって、私はまた笑った。雅也の声を聞いて、ほっとした自分がいた。持つべきものはやはり友達だ。
「まあいいや。じゃあ、また学校でね」
 私がそう言って電話を切ろうとしたとき、「ちょっと待てよ」と慌てたような声が聞こえた。
「何? 竜退治に行くんでしょ。邪魔者は消えるって」
「いや、どうせなら一緒に行こう」
「は?」言われたことの意味がよく分からず、つい素っ頓狂な声が出てしまった。
「だから、今からうちに来て」
「やだ。何で私が」
「ついでに晩飯も食べてっていいからさ」
「あ、じゃあ行く」
 雅也ママの料理を食べれるのならば話は別だ。竜だろうが魔王だろうが退治してやろうじゃないか。
「今矢島通りにいるから、あと五分で着くよ。じゃ」
 そう伝えると、今度こそ電話を切った。
 もう日が沈みかけているが、雅也の家に行くのならば問題ないだろう。母に「雅也の家で夕飯ご馳走になる」とメールを送り、少し足を速めた。

 ***

 インターホンを押して待っていると、しばらくして笑顔の雅也ママが出迎えてくれた。今日もピンクのふりふりエプロンがよく似合う。人懐こい笑みを浮かべる雅也ママを見て、私も自然と笑顔になった。
「由紀ちゃん、久しぶり」
「こんばんは。お邪魔します」
「外は寒かったでしょう。どうぞ上がって」
 そう言われ、遠慮なく家に上がらせてもらう。感覚のなかった両手に血が巡っていくのを感じ、ほっと息を吐いた。
「早かったな」
 部屋に行くと、こちらを見向きもせず雅也はピコピコとゲームに励んでいた。その画面には血まみれのゾンビが映っている。竜退治はどうした。
 私の疑問を汲み取ったように、雅也がああと声を漏らした。
「さっき言ってたやつは、もうクリアしたんだ。これ違うやつ」
「私を呼んだ意味ないじゃん」
「いや、これ一緒にやろうよ」
「やだよ。夕食の準備手伝ってくる」
 そう言って部屋を出ようとした私の手首を、雅也が掴む。
「待って待って。ゲームやるためだけに呼んだんじゃねぇよ」
 真剣な顔でそう言われ、私は足蹴にするべきかどうか本気で迷った。
「じゃあ何のために呼んだの」と訊いてみると、雅也は目を伏せて「話がしたかったから」と答える。その声は聞き逃してしまいそうなほど小さかった。いつものこいつなら考えられない。
「いとこなんかより、俺といたほうが楽しいよ」
 雅也は独り言のようにぽつりと呟いた。その頬はうっすらと赤みを帯びている。
 訳が分からない。何故、そうなる。
「俺じゃダメ?」
 顔を上げた雅也と私の視線がぶつかる。掴まれた手首から、雅也の緊張が伝わってくる。こいつ、震えてる。私はそれを鼻で笑ってやろうとしたが、顔の筋肉が引きつって上手く笑えなかった。
 この空気、デジャヴだ。
 明子が言っていたのはこういうことだったのか。出来れば気づかないままでいたかった。冗談にしては笑えない。
「雅也。私の傷口抉って楽しい?」
 そのバカ面蹴飛ばされたくなかったら、今すぐこの手を離して。
 私がそう言うと、雅也の眉間に皺が寄る。私は、彼がため息をついて「もういい」と言ってくれるのを待つ。しかし予想は裏切られ、私の視界はぐらついた。手首を掴んだまま、雅也はその手を引いたのだ。
 雅也の顔がすぐ目の前に迫り、片方の手が私の頬に触れる。
「言っとくけど、冗談じゃないから」
「やめてよ気持ち悪い」
 私は顔を背け、その手から逃れた。
 雅也が私に恋愛感情を抱いているなんて、あり得ない。私と明子と雅也の三人は幼い頃からの腐れ縁だ。そんな関係だったのに、今更好きとかなんとか言われても、ぴんと来ない。きっとこれは夢で、気がつくといつもみたいにベッドで寝ているのだろう。今まで起きたことが全部リセットされて、また一から全部やり直せるに違いない。頼むからそうであってくれ。
 雅也はしばらくして「ごめん」と言って手を離した。私は恥ずかしさと気まずさで顔を見ることができなかった。
「じゃあ、またやり直さなきゃ」
 私はその言葉に違和感を感じて顔を上げる。雅也は真剣な面持ちでじっと私を見ていて、普段と違う様子に胸騒ぎを覚えた。
 何か変だ。
「やり直すって何を?」
 そう尋ねても、雅也は何も答えない。
「ねえ、どうしたの。雅也さっきから変だよ」
「別にいつもと変わんねぇよ」そう言って雅也は口の片端をつり上げる。でもその目はちっとも笑っていなくて、少し怖くなった。私の知っている雅也は、こんな顔で笑ったりしない。
「由紀だって、もう一度いとこにアタックするチャンスあったら嬉しいだろ?」
 雅也はそう言って目を細めた。私は呆然と雅也を見上げる。よく分からない。「もう一度」とは何だ。
 雅也、と声を出す前に、私の意識は朦朧とし始めた。瞼が次第に下がっていき、視界がぼやける。身体が傾きかけたとき背中に手が回り、支えられているのだと分かった。
「何度だってやり直せばいい。ただし、俺の納得のいく未来になるまでだけど」
 茶化すようにそう告げる雅也の笑みが、一瞬泣きそうに歪んだ。
 何がおかしいかと問われれば、全部おかしい。何故“やり直し”のことを知っているのか、何故そんな顔をするのか。
 困惑する私の頬に、雅也がキスをした。
「大好きだよ」
 ああそうか、彼も私と同じなのだ。  
- end -
2011/03/30



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