未来改革 中
 

 白い天井が目に入り、ゆっくりと辺りを見回す。私の部屋だった。
 あれ? さっきのは夢か。
 携帯を開くと、日付は十二月三十一日。戻っている。
 じゃあ、夢か。夢かよ。
 私は激しい倦怠感に襲われた。あれだけつらい思いをしたのが全て幻だったなんて、ひどい。ベッドに再び寝転び、枕に顔を押し付けた。ああ何てこった。しかし、少しだけ安堵した。あれは夢だったのだ。私はもう一度、やり直すことができるのだ。
 告白なんて大それたことをするのが間違いだった。今を維持しよう。哲とは、兄妹のような関係のままでいよう。そうすれば夢で見たような、気まずい関係にはならずに済む。その代わり進展することもないが、あまり高望みをしてはいけない。付かず離れずの関係の、どこが悪い。
 やり直すのは気力が必要だが、あの後悔に比べたら何てことはない。今度こそ、納得のいく未来にしてみせよう。私はそう決意した。

 ***

 そしてやって来た父の実家。私は哲と二度目の再会を果たした。いや、あれは夢だったのだからこれが一度目なのか。まあ、それはどうでもいい。
 とにかくいつも通りに振舞おう。哲とはこのままの関係でいよう。
「よう、久しぶり」
「哲……また身長伸びた?」
 前もこんな会話したような気がするが、それでも哲との会話は楽しかった。夢と現実とで二度も同じような体験をするなんて、不思議なこともあるもんだ。

 ***

 哲は北海道の大学に合格し、私は哲と何の進展もなく冬休みを終えた。夢で見たとおり、哲が北海道の大学に進学することには驚いた。何という奇跡だ。こんな奇跡ちっとも嬉しくない。
 そして私は自分の大きな失態に気づく。
「連絡先ぐらい訊いとけば良かった……」
 机に突っ伏し嘆く私を、明子と雅也が慰める。この構図も二度目だ。
「まあ、元気出しなよ。男なんて世の中いくらでもいるんだから」
「前もそんなこと言われた」私の呟きを聞き取った明子に何故か殴られる。その際に鼻を強く机に打ちつけてしまい、悶える羽目になった。
「今度クレープでも奢ってあげるからさ、いつまでもウジウジしないの」
 じゃ、私バイトあるから。明子はそう言って教室を出て行った。つれない友達である。
 気づけば教室には私と雅也以外誰もいなくなっていた。随分長い時間泣いていたらしい。雅也に悪いことしたな。
 涙を拭って顔を上げると、雅也はうすら笑いを浮かべて私を見ていた。
「お前、すごい顔になってる」
「うるさい」
 慰める気ゼロである。私が適当にハンカチで顔を拭っていると、雅也がティッシュを差し出してくれた。遠慮なくそれを使って鼻をかむ。雅也はそんな私を見てまた笑った。
「雅也、私のこと笑いに来たの?」
「そんなことないよ。一人で泣くより誰かが一緒にいたほうがいいだろうと思ったんだ」
「ほんとかよ」
「ほんとだよ」
 その割にうすら笑いが取れてない。何なんだこいつ。
「もう帰っていいよ。私一人で泣くから」
「いや、一人で泣くからって言われて帰れるほど薄情じゃないよ俺は」
 雅也はそう言って私の頭を乱暴に撫でた。優しい雅也が気持ち悪くて「セクハラ」と言ったら叩かれた。
 なんだかんだ言いながらここにいてくれるのが雅也なりの優しさなんだろう。分かっているが、口に出すのは躊躇う。私たちはそういうことを素直に伝えられるような関係じゃない。それでも「ありがとね」と呟くと、やっぱり変な顔をされた。照れているのか、呆れているのか、引いているのか。よく分からないが、とりあえず礼は言った。
「一緒にいてくれてありがとう」
 何となく照れくさくて頬が熱くなった。でも雅也も同じような顔をしていたので、まあ良いか。
 空が茜色から藍色へと変わっていくのを見て、そろそろ帰ろうと思い立ち上がる。帰って冷蔵庫の奥に隠しておいたプリンでも食べよう。
「由紀」
 不意に名前を呼ばれる。腕を掴まれ、私は再び強制的に座らされた。
「何」せっかく気持ちに整理をつけようとしているのに、まだ何かあるのか。
「こんな時に言うのもアレだけどさ」
 雅也の目が真っ直ぐ私を捉える。私の腕を掴む手が、僅かに震えていた。
 妙な空気だ。こういう空気は苦手だ。真面目な顔して真面目なことを言われるのは慣れていない。それなのに、雅也から目を逸らせなかった。
 雅也が一呼吸置いて、俺さ、と口を開く。

 ***

「起きなさい馬鹿ちん!」
 頭に激痛が走り、私は目を覚ました。あれ、また夢か。いい加減にしてくれよ。せめて雅也の言葉を最後まで聞いてから起きたかった。
「何すんのよぉ」後頭部をさすりながら母を見ると、母がフライパン片手に仁王立ちしていた。その顔は般若の如く歪んでいる。
「今日はおばあちゃんちに行く日だって、昨日言ったでしょう。いつまでも寝てないで、さっさと準備しなさい」
 そう言って慌しく部屋を出て行く母を呆然と見送り、脳内で母の言葉を反芻する。
 父の実家に帰る? そんなこと聞いていない。
 ベッドの脇に置いてあった携帯を開いて、私は目を疑った。携帯のカレンダーは確かに十二月三十一日を示していた。デジャヴだ。
 とにもかくにも哲が北海道に行ってしまうのが夢だったと分かり、安堵すると同時に不安に思った。もしかすると、これは正夢というやつじゃなかろうか。哲は本当に北海道に行ってしまうのかもしれない。
 だとすれば、私に何が出来る?
 遮光カーテンを開けて日光を浴びながら、私は考えた。これはきっと、神様のお告げだ。哲に何かしらのアタックをせよという助言なのだ。多分。

 ***

 その後父の実家に行き、哲が北海道の大学へ行くと分かったときは本当に驚いた。それと同時に確信した。やはりあれは正夢だったのだ。
 私は哲に告白をしなかった。夢で一度振られていたし、現実的に考えて私と哲が付き合える可能性なんてゼロに等しい。だから哲と連絡先を交換するのみに留めた。夢では連絡先すら交換できていなかったことを考えれば、これは大きな進歩だ。
 焦ってはいけない。これから少しずつアピールしていこう。
「で、どんなやり取りしてんの?」
 学校までの道のりを並んで歩きながら、明子が私を見る。私は襲いくる眠気に耐えながら欠伸を漏らした。朝日が眩しい。最近メールの文面で悩みすぎて、あまり眠れていなかった。
「うーん……色々」
「だから具体的にどんな感じなのよ」
「なんで教えなきゃいけないの」
「だって心配じゃん」
 本当にそれだけなのだろうか。明子の目が爛々と輝いて見える。間違いなく興味本位だ。
「絶対教えない」私がそう言うと明子は頬を膨らました。全然可愛くない。
 ポケットの中で携帯がぶるぶると震えた。哲からだ。画面を開くと明子が覗き込もうとしたので、軽くデコピンしてやった。
――暇。今何してる?
 内容はそれだけだった。絵文字や顔文字は一切ない、シンプルな文面だ。それでも哲のほうからメールをくれたのは初めてだったので、つい顔がにやけた。「どうしたの。気持ち悪い顔して」なんて明子に言われたって気にならない。
 私は携帯を明子の目から遠ざけながら、ポチポチと返事を打った。手がかじかんで上手く打てないのがじれったい。



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