未来改革 前
 

「いとこ同士の恋愛ってあり?」
 私はぼりぼりとポテチをほおばりながら明子に問う。明子はクルクルと自分の長い髪を弄びながら、うーんと唸った。
「ない」
 きっぱりと言われ、少しへこむ。やはり普通はあり得ないのだ。そもそも、好きになるべきじゃなかった。何であんな奴を好きになってしまったんだろう。
「由紀、いとこに恋してるの?」
 明子の率直な問いに、思わず私はむせた。慌ててお茶を流し込む。
「そうよ、悪い?」
「誰も悪いなんて言ってないよ」
 明子は苦笑した。何だか自分が子どもっぽく思えて恥ずかしくなる。私はポテチを食べることに専念しようと思い、大量のポテチを一気に噛み砕いた。大きな音が教室に響く。
「おいおい、女子がたてる音じゃねえぞ、それ」
 不意に第三者の手が伸び、ポテチの袋を掻っ攫う。見ると、隣のクラスの雅也がいつの間にか立っていた。
「ちょ、勝手に食うな! 私の!」明子が手を伸ばしてポテチを取り返そうとするが、雅也は悠々とポテチをほおばる。ああ限定版の牡蠣味がどんどん消えていく。
 雅也はポテチを貪りながら口角をつり上げた。切れ長の目がおどけたように見開かれる。
「ひいはん、ほえふあい」
「飲み込んでから喋りなさい」
 明子が雅也の背中を叩いて怒る。私は二人のやり取りを眺め、今日も平和だなと思った。この二人は私みたいに色恋沙汰でうじうじ悩んだりしないのだろう。
「ねえ、雅也ならどうする? いとこに恋したら」
 私が何となく尋ねると、雅也は暫く考え込む様子を見せた。その間もポテチの袋を取り戻そうとする明子を退け、ポテチを食べ続ける。器用な奴だ。
「どうするも何も、好きなら告白すればいいだろ」
「雅也らしいね」
「ま、考えるより先に行動だよ」
 そう言ってのけた雅也は、明子に空っぽの袋を返すと教室を出て行った。
「ちょっと、ポテチ代弁償しろ馬鹿!」
 明子がいきり立って雅也を追いかける。そうして一人残された私は、深くため息をついた。多分あの二人に相談しようと思った私が馬鹿だったのだろう。

 ***

 年に一度、父の実家に親戚が集まる。彼に会える唯一の機会だ。
 長時間車に揺られて酔ってしまった私は、車から降りると深く息を吸い込んだ。車の外は、一面真っ白な銀世界だった。新鮮な空気がおいしい。
「よう、久しぶり」
 不意に頭に手を乗せられ、驚いて振り向く。そこには私の大好きな従兄がいた。人懐こい笑みにつられ、私も笑う。
「哲、また身長伸びた?」
「ああ、そうかも。お前ちっちゃくなったな」
 従兄の哲はからかうように言って私の頭を撫でた。何だか子ども扱いされているみたいで、面白くない。
「子ども扱いしないで。私だってもう十七なんだから」
 私がむくれると、哲は笑って私の頭をかき乱した。
「俺からしたら、まだまだガキだよ」
 一つしか違わないのに何だか偉そうだ。それに、ガキ扱いされるということは恋愛対象として見られていないということで、やっぱり悔しい。
「そういえば、大学はもう決まったの?」
 私が尋ねると、哲は嬉しそうに目を輝かせた。
「ああ、北海道の大学に決まった」
 私はしばし呆然とした。北海道なんて、あまりにも遠すぎる。これ以上距離が開けば、哲はもっと遠くへ行ってしまう。ただでさえ年に一度しか会えないというのに、冗談じゃない。
「じゃあ、来年はここにいないの?」
「さあ。まだ細かいことはよく分かんねえ」
 ま、お前も受験頑張れよ。
 哲はそう言って家の中へ入っていった。一人取り残された私は空を仰ぎ見る。
 空ってこんなに青かったっけ。涙が出そうになった。
 私は一つ決心した。今年こそ、哲に告白しよう。可能性はゼロに近いが、あわよくば恋人になれるかもしれない。このラストチャンス、何もせずに終わらせたくない。雅也だって言ってたじゃないか、「好きなら告白すればいい」と。
 大人たちは違う部屋でテレビを取り囲み、紅白を見ながら談笑している。そんな中、私は哲の部屋でバラエティ番組を見ていた。そう、二人きりでだ。
 バラエティ番組を見て笑う私の横で、哲は興味がないのか本を読んでいた。普段かけない黒縁眼鏡がとても良く似合っていて、かっこいい。じゃなくて。
 言うなら今しかないのだ。
「ねえ、哲」
「ん?」
 私が呼ぶと、哲は本から目を離さず返事をする。
「ちょっと話があるんだけど」
「何だよ」
 心臓の高鳴りを必死に静めようとするが、治まらない。顔が熱い。いざとなると、どうしてこんなに緊張してしまうんだろう。自分の小心ぶりが憎い。
「私、哲のことが好きです」
 まさかこんな青臭い台詞を吐く日が来るなんて思わなかった。声が震えてしまったのは、仕方ないと思う。哲は持っていた本がばさりと床に落とし、唖然と私を見た。しかしすぐにその顔が朱に染まっていくのを見て、私の顔にも更に熱が集まる。
「マジで?」
「マジです」
「え、ラブのほう?」
「ラブのほうです」
 テレビの中で人々が楽しげに笑う。相反して沈黙する私たちの間に、気まずい空気が流れた。
 哲は暫く視線をあちらこちらに彷徨わせていたが、やがて困った顔で私を見る。
「ごめん。お前のことは、そういう目で見れない」
 その言葉を聞いて泣きたくなった。そしてすぐに後悔した。なぜ気持ちを抑えきれなかったのだろう。哲を困らせるのは目に見えていた。断られることも分かっていたのに。私はどうしようもない馬鹿だ。
 目頭が熱くなり、視界が滲む。
「そっか。分かった」
「ほんとごめん」
「いや、良いよ。私こそ、いきなりごめんね」
 俯いたままそう返し、私はそそくさと部屋を出た。笑顔を作る余裕なんてなかった。廊下を走り、洗面所へ急ぐ。
 鏡越しの私は酷い顔をしていた。涙でぐちゃぐちゃになった顔に冷水を浴びせると、火照った顔が冷めて少し冷静になれた。
 自分が酷く惨めだった。

 ***

 冬休みが終わっても、私の気分は晴れなかった。
「休み明けからどうしたのよ、変な顔して」
 昼食のお弁当を食べていると、明子にそう言われてしまった。普通にしていたつもりだったが、どうやら顔に出ていたらしい。
「そんなに酷い顔してる?」
「うん、してる」
 何があったの? といつになく心配そうな明子の顔を見て、先日の悪夢を思い出した私はまた泣きそうになる。
「振られた」
「前言ってた、いとこに?」
「うん。もうやだ死にたい」
 泣き顔を見られたくなくて、机に突っ伏す。このまま机と同化してしまいたい。
「まあ、元気出しなって。男なんていくらでもいるじゃん。またいい人見つかるよきっと」
 適当なことを言って励ます明子に少しいらついた。私の「いい人」は哲だけだったのだ。世界中いくら探しても二度と見つかるものか。
 机に突っ伏したまま反応しない私を見かねてか、明子が席を立つ気配がした。
 しばらくして、明子が教室に戻ってきた。何故か後ろに雅也がいた。明子が雅也の腕を掴み、無理やり引っ張ってきたようだ。
「もうすぐ昼休み終わるよ」
「そんなことより雅也を謝らせるほうが大事」
 明子はそう言ってにっこり笑った。雅也はその後ろで浮かない顔をしている。
 何故雅也が謝るのだろう。疑問に思う私そっちのけで、二人は話を進める。
「ほら、雅也」明子が雅也を強く押し、私の前に立たせた。椅子に座っている私は、自然と雅也を見上げる形になる。
「ごめん。俺があんなこと言ったせいで、失恋させて」
 そう言われ、そういえば雅也が「好きなら告白すればいい」とか何とか言っていたことを思い出した。いや、だからなんで雅也が謝る。
「謝らなくていい。雅也のせいじゃないよ。私が自分でやったことだから」
 私がそう返すと、雅也の眉間に皺が寄る。雅也は無言で私の頭に手をのせ、乱暴に撫でた。手のひらから体温が伝わり、目頭を熱くする。うっかり友達の前で泣いてしまったのは、これが初めてだった。



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