マイペース・ガール 後
 

 どうやらあの夢の中で金髪少年が言っていたことは本当だったようだ。
 不思議なことに、私が動けと念じれば、無機物ならば何でも触れずに動かすことが出来た。何だかよく分からないが、皆がキラキラとした目で私を見るので、悪い気はしなかった。だから調子に乗って何回も念じた。
 その結果、私の日常は次第に騒々しいものへと変わっていった。私の超能力を見たいという輩があちこちから押し寄せたのだ。その中には子どもだけでなく、大人も沢山いた。
「こちらが阿佐町内で今話題の女の子、神崎佐和子さんです!」
 カメラのレンズがこちらに向けられ、思わず頬が引きつった。流石に調子に乗りすぎた。ノリで生きてきたとはいえ、限度をわきまえるべきだった。この時私は猛烈に後悔した。
 レポーターの女の人がカメラの前でうんたらかんたら喋っているが、私の頭には何一つ入って来なかった。何やら色々質問されたが、自分が何を喋っているのか全く分からなかった。だめだ、完全に緊張している。
「では、早速見せてもらいましょう!」
 レポーターがそう言うと、目の前にテーブルが出される。その上にはダンベルや大量の辞書など、見るからに女子中学生の力では持ち上げられないものが並べられている。
 私はいつものように動けと命じた。テーブルの上にある全てのものがすぐさま宙に浮いたのを見て、周りの野次馬がどよめく。レポーターが奇声のような悲鳴を上げる。見上げると照明が眩しかった。
 注目されることは、嫌じゃない。でも、どうせ注目されるならもっと別のもので評価されたかった。こんなオカルトで世間から注目を集めるのは、不本意だ。

 ***

 世間で次第に騒がれるようになり、学校に色々な大人が押し寄せた。怪しげな雑誌にでかでかと私の記事が載り、何か裏があるのではないかと探られたりもした。
 正直、めんどくさい。テレビ出演って、もっと華やかなものだと思っていた。何だこれは。罰ゲームじゃないか。
「佐和子、早く乗りなさい」母が私を呼ぶ。「皆を待たせてるんだから」
 皆って誰だ。洋子は待っていないのか。私はどこに行くというのだ。

 ***

「佐和子、最近どうしたの?」
 洋子が私のテスト用紙を覗き込みながら言う。私は答える気にもなれず、ただ机に突っ伏していた。何をするのも面倒だった。酷く疲れていた。
「ねえ、最近全然勉強してないの」
 私が小さく呟くと、洋子は目を丸くした。「あんたが? うそでしょ」
「本当なの。一日があっという間に終わっていくの。ねえ、どうしよう。私どうすればいい?」
「そんなの、自分で考えなさいよ」
 洋子の冷たい返しに、悲しくなると同時に少し安堵した。洋子は何も変わっていない。私と違い、まだ自分のペースで歩いている。
 私は今、どの辺りを歩いているのだろう。それすらも分からなくなってしまった。
 ああ、今日もまたテレビの取材が待っている。

 ***

「……ない」
 翌年の春。自分の受験番号はどこにも見つからなかった。
 思わず目頭が熱くなる。あれ、何だこれ。
 私は今まで何のために勉強していたのだ。何のために両親の叱咤を受けながら塾に通ったのだ。何のためにいい子を演じてきたのだ。
 私は急いでその場を立ち去った。周りは合格を喜ぶ声で溢れている。私は涙が零れそうになるのを必死に堪えながら、正門を出た。笑い声が鬱陶しい。
“君に僕の力を貸そう”
 金髪少年は夢の中でそう言った。けれどこんな力が何になったというのだ。私の未来は全て潰れた。悔しい。あの金髪少年は救いの神なんかじゃない、ただの化け狐だったのだ。

 ***

「惑わされたのは、君じゃないか」
 金髪少年が言う。ああ、また会った。やっと会えた。
「あれから一度も夢に出てこないから、寂しかったわ」
「そんな怖い顔で言われても、嬉しくないよ」
 当然だ。腹が立たないほうがおかしい。こんな尻の青いがきんちょに、私の人生が軽く捻じ曲げられてしまったのだから。
「ところで、どうしてくれるのよ。私の人生」
「だから、惑わされた君が悪い」
「あんなの、惑わされないほうがおかしいわよ」私は思わず声を荒げた。「そもそも、助けてくれるって言ったのに何で反対のことしてんのよ」
「君を試したのさ」金髪少年は間髪いれずにそう答えた。その妙に笑った顔が腹立たしい。
 試した? 何のためにそんなことをしたのだ。私を救うためだとか言っていたのは嘘だったのか。
「ああそうさ。君を救う気なんて毛頭ない」私の心の呟きを聞き取った金髪少年が勝手に答える。
「でもさ、言っただろ?『気づかなきゃ』って。僕の目的は君に気づかせること。それだけだった。だから、別にやり方は何だって良かった」
 そう言ってのける金髪少年の顔面をへし折ってやりたかったが、殴ったところで手ごたえなどあるものか。だってこれは夢だから。
「物分りがいいね」金髪少年がまたもや心の内を読んで頷く。
 腹が立つ。私はもっと器用に生きられたはずなのに、この金髪少年に乱された。人生を狂わされた。
「ねえ、どうにかしてよ。貴方のせいで行く高校なくなっちゃったんだから」
「時間を戻してあげようか?」
「できるの?」
 私の問いかけに、金髪少年は頷いた。あまりにもあっさりと頷くものだから、私を弄んでいるだけなのではないかと疑ってしまう。
「大丈夫。信じてよ」
 金髪少年は微笑を浮かべながらそう言った。「でもその前に一つ訊く。本当に大切なものに、気づけた?」
「何よ急に」
「その答え次第で、僕の行動は変わってくるから」
「そんなこと言われたって、よく分かんないよ」
「まあ、そうだろうね」金髪少年が呆れ顔で言う。「君は鈍いから」
 決め付けるような物言いに更に腹が立ったが、今の私には言い返す言葉がない。何が大切なのかなんて、よく分からない。分からないから、ここにいるのだ。
 出来ることならエスパーになる前の自分に戻りたい。なんだかんだで洋子と一緒にいる時が一番楽しかった。互いに嫌味ばかり言い合っていたが、それも私にとっては必要な時間だった。洋子はどこの高校に行ったんだろう。それすらも知らない自分が情けない。
 あえて言うならば、大切なものは洋子、ってところだろうか。
「そうか。分かった」
 金髪少年が目を細めて口元に弧を描く。また人の心を勝手に読んだのか。
 彼は以前と同じように、私の前に手をかざした。眩い光があふれ出し、私の視界は白く染まっていく。
「その答えを待っていたんだ。気づいてくれて、良かった」
 その言葉を聞いて私は目を凝らすが、白い光に視界を覆われていて、金髪少年の姿は確認できなかった。ちょっと待て、別れの前に一発殴らせろ。原因を生み出し、散々私を苦しめておいて、一言も謝罪がないなんて許さないぞ。
 必死に手を伸ばすと、何かを掴んだ。温かいそれを、逃がすまいと強く握り締める。ギャアと叫ぶ声がした。金髪少年の声だろうか。それにしては、少し品がない。
 どうして夢なのに感覚があるのか。そんなことを考える余裕は無かった。これっきり金髪少年と会えなくなるのは嫌だ。ただ、それだけだった。

 ***

 目を覚ますと、白い天井が目に入った。どうやらベッドに寝かされているようだ。
 何だか息苦しい。あれ、鼻の穴にティッシュが詰め込まれている。何でだろう。
「あ、気がついた」
 私の顔を覗き込んできたのは洋子だった。相変わらず、人を嘲るような笑みを浮かべている。
「あんた顔にボール直撃して失神したのよ。いやー、焦ったわ」
 ごめんごめん、と反省の色を全く見せずに笑う洋子。いつもの私ならその頭をひっぱたいてやるところなのだが、今はそれよりも確かめるのが先だ。
「ねえ、今日って何月何日だっけ?」
 私が洋子に尋ねると、洋子は目を見開いた。佐和子、あんたまさか。そう呟く洋子の考えていることは、手に取るように分かった。「言っとくけど、記憶喪失じゃないから。そんな面白展開あってたまるもんですか」
「あはは、残念。今日は五月十八日よ」
 それを聞いて、私は金髪少年に心から感謝した。ありがとう少年。鼻血万歳。
「ところでさあ、それ何?」
 洋子が私の左手を差してそう尋ねた時、私はようやく自分が何か握り締めていることに気づいた。手を開くと、黒い羽根が数枚。
「カラス?」と洋子が首を傾げる。カラスの羽根を引っこ抜いた覚えはないが、それ以外に思い当たる節はあった。
 私はベッドから立ち上がって窓を開けた。つやつやと光沢のある漆黒の羽根を、外へ飛ばす。風に吹かれた黒い羽根が空へと舞い上がるのを眺めながら、心が晴れ晴れとしていくのを感じた。  
- end -
2010/11/13



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