ライオンと小鳥 | ナノ



気付く気遣い



 鉄朗くんが家を出た後、私は簡単に身支度を整えて家を出た。大学生活は何だかんだで大変だ。誰だ桃色キャンパスとか言った奴。

「……と言うか、鉄朗くんの前でフツーにすっぴんだったな」

 あれ、私ってば女失格?

ライオンと小鳥

 家から大学までは割りと近い。けれど、1限目から授業があるなら、わりかし早い時間に出る必要があった。講義変更があれば急いでスケジュール帳を確認しないといけないだろうし、1限目がないならすぐに帰ることが出来る訳だ。勿論、レポートの提出期限もあるだろうし、好きな講義では良い席を取りたい。前の席を取れば、教授の目に止まることも可能であった。
 講義を自分で選べると言う自由さは、言い換えれば自分の未来を想定して講義を取る必要がある。……まあ、私は夢や希望のカケラもない大学生活を送っているから必須の一般教養と専攻だけを選んでいるけれど、先の決まっている友人はあれやこれやと選んでいたはずだ。同年代なのにしっかりしている。正に尊敬に値する子だということだ。
 敷地内にあるカフェで一息つきたいのも本音だけど、無駄遣いは極力避けたい私は大抵を持参の弁当で昼食を済ませている。勿論、その弁当は私が全力を尽くした結果として生まれた最悪な弁当のことだ。

「あ、唯。お疲れー」
「おつかれ」

 講義を無事終えて昼食だと弁当の包みをあける時にやってきた友人が、私の隣に座る。彼女とは、先ほどまでの講義が違ったため、顔を合わせるのは今日が初めてだ。彼女の手には、近場のカフェで買ったらしいサンドウィッチがあって、私を見つけて来てくれたのだという。
 私の弁当をみて、彼女は苦笑いをこぼした。

「相変わらずのお弁当だね」
「まあ、料理センスは何度作っても磨かれないみたい」

 二人で顔を見合わせて笑った。彼女は大学入学時の友達であり、専攻も取っている科目も近いことから、行動をともにする機会が多い子だ。高校を仙台で過ごした私にとって、彼女の存在は大きい。お互いが大学の近くに住んでいることもあって、私たちは遊びに行ったりと活発なやりとりをしている。
 箸を取り出して野菜を食べた私は不意に鉄朗くんのことを思い出した。

「そう言えば、私の父さんが再婚するってことは話したよね?」
「あ、うん。そう言えば昨日はどうだった?」
「いやあ、なんか突然義弟が出来ることになってね、」

 あれには驚いたっけ。まだ1日しか経っていないからか、驚きが尾を引くのは当たり前かもしれないけど、色々と衝撃的だった。
 彼女の視線が無言で私を促した。私は昨日の出来事のあらましや、義弟である鉄朗くんのことを大まかに話した。例えばイケメンでスタイルも良いだとか、例えば機転がきくだとか。口を開けば1日だけ関わったにしては中々知っていることも多いんだと実感。

「そう言えば、以前私の出身校と練習試合したことあるらしい」
「へえ、そんな偶然もあるのね」
 
 サンドウィッチを頬張りながら友人はしみじみと言った。それに大きく頷いた私は、食べ進みつつある弁当を見た。

「女子力のカケラもない私にあの義弟は勿体ない気がするなあ」
「大丈夫。唯は女子力皆無だけど可愛いから」
「それ、フォローとして受け取ってもいいの?」

 冗談だと分かっていても複雑な気持ちだ。睨むように彼女を見れば、苦笑いをして躱された。彼女のいう可愛いが自分に当てはまるかは謎だし、人によって左右されるものであると思うけど、女子力がないのは本当だろう。

「けど噂の高校生が唯の義弟か」
「え、噂?」
 
 そんな類いな話を聞いたことのない私は首を傾げた。私に義弟が出来たのは昨日の今日で、噂がたつようなかとは無かったはずだ。
 そんな私をみた友人は木々のある方角を指差した。その先にあるのは、恐らく門だろう。

「昨日、門前に学ランのイケメン高校生が居たって噂を偶然聞いたの。ほら、唯帰っていたでしょう? 彼、あの後も居たみたいで、誰待ちなのかって皆期待していたみたい」

 そう言えば、昨日鉄朗くんは此処へ来ていたと言っていた。事実、メールも貰ったし、私は全然気付かなかったけれど、女子たちが遠巻きに門前を見ていた気がしなくもない。
 そうなれば、私は彼の横を堂々と通り過ぎてしまった訳だ。私を待つ彼は好奇の目に晒されて居た上に待ち人が現れないという最悪な状況だっただろう。義姉弟としてまずまずなスタートを切ったと勝手に解釈していた私は頭から冷たい水を被った気分になった。
 やばい。鉄朗くんそんなこと一言も言っていなかった。

「謝らないと!」

 なんて残念な義姉なんだ。鉄朗くんも口には出さなかったが、さぞかし残念な義姉に嘆いただろう。ケータイを開いて昨日送られてきたメールから返信しようとした時、受信ボックスに今日の日付である彼からのメールが来ていた。

「“弁当美味しかったですッ!”だってさ」
「本当に優しいみたいね。彼」

 既に弁当の下りを聞いていた友人は一言、そう言った。文面にハートマークや感嘆符が沢山付いていて、彼らしくなったのも本音だけど、律儀な彼からのメールに自然と笑みが零れた。
 画面を待ち受け画面に戻してポケットにケータイを滑り込ませる。

「やっぱり帰って直接言うよ」

優しい彼に精一杯の感謝の言葉を。
 
気付く気遣い
20121222
 
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