ライオンと小鳥 | ナノ



不確定な未来へ

 
 高校最後のインターハイ予選だと意気込んでいたにも関わらず、俺たちの試合はあっさりと幕を閉じた。
 順調に上り詰めていたはずだった。しかし、試合というのはどんな時でも勝つ学校があれば負ける学校があるのも“勝負”の名において当たり前であって、そんなおれたちが勝つ側ではなくなることも造作のないことであったのだ。
 
「あーあ、」
 
 公式戦というものはやり直しがきかない。
 あの時こうすれば良かったとか、もうちょっと此処を工夫すれば良かったとか、考え出せばきりがなくて、なんでこんなに未練ばかり残った状態で最後を迎えないといけねえんだって考えて、自分に腹が立った。
 
「俺からの話は以上だ。……こういう時、俺はどう言えばいいのか何年も監督をしていたって慣れねえし分からねえ。けどな、こう言うのが一番真っ当だって思うんだ。最後まで良い試合だったぜ、お前ら」
 
 猫又監督の言葉が終わり、俺たちは現地で解散する予定であった。
 しかし、負けてしまったという事実を抱えてのこのこと帰る訳にもいかず、今日の試合の反省会をしようと言いだした夜久の声に全員が賛同したのだ。
 俺はジャージのポケットに忍ばせていたケータイで唯さんに連絡しようとした。しかし、どう言葉にすればいいか分からず、帰りにファミレスへ寄るとしか送ることが出来なかった。
 
「うーん、こうやって考えると全体的にミスが目立つなあ」
「スタミナ配分が難しい試合だったかもしれない。相手も繋ぐバレーだったし」
 
 海と研磨の声に他の面々も頷いた。
 一つ一つのシーンを思い浮かべれば色々な対策も浮かび上がってくる。しかし、ここで考えられた所で負けたのは紛れもない事実で、俺たちは全国へ行くことが出来ないのだ。
 ケータイを弄っていた研磨から、烏野が負けたことを告げられた。俺たち音駒高校は3年が在籍した状態で春高を迎えることが毎年の決まりであったものの、烏野はどうするのだろうか。猫又監督の言う通り、粗削りであるものの次を感じさせるプレーが目立った烏野。そんな烏野をはじめとしたライバルたちと全国を舞台に戦いたいというのに――。
 
「黒尾、おい、黒尾!」
「? どうした?」
「どうしたじゃねーよ。唯さんに、言わなくていいのかよ」
 
 隣で俺を小突いてきた夜久は小声で今一番触れてほしくないことを言ってきた。
 メンバーの中でもなにかと俺のことを気にかけてくれている夜久は俺が勝ち進んだら唯さんに一日もらって、そこで告白しようと考えていることを伝えていたのだ。
何も言えなくなった俺に追い打ちを掛けるように、夜久は立ち上がって解散と大きく声を上げたのだ。
 
「メソメソするのは終了! 悩んだって、後悔したって終わったモンは終わったんだ。春高に向けて明日から仕切り直そうぜ」
「お前、ほんと格好いいくらいに切り替えし早いよな」
「そう言う黒尾も早く家に帰れ!」
 
 鞄と上着を強制的に持たされたあと、誰よりも早くファミレスを出ることになった。会ってどう声を掛けようか。
 勝って、デートに誘おうと考えた自分の決断に後悔はないものの、負けてしまった今、唯さんにどう伝えるべきか。
 観客席で俺たちの試合を誰よりも真剣に見てくれていた唯さんの姿を思い浮かべる。柵をきつく握り締めて群衆の歓声に負けないように声を上げて、見守って、応援してくれた彼女を裏切る形になってしまったことに後ろめたさがある。
 悩んでいる間にも自分の家に着いてしまい、恐る恐るドアノブに手を掛ける。すんなりと開いたそれが彼女の帰宅を知らせるのだ。
 
「ただいま」
 
 家の中はやけに静かであった。テレビもついていない様子を不思議に思いながら扉を閉めた時であった。ぱたぱたとスリッパの音がしたと思えば、リビングから唯さんが飛び出してきたのだ。
 
「うわっ、」
 
 飛びつく形で俺に抱き着いてきた彼女を受け止めたものの、反動で鞄が地面に落ちた。しかし、それを拾い上げることもできず、ただただ無言で抱き着いてきた彼女を見るしか出来なかった。
 
「唯さん?」
「う、」
「え、唯さん、泣いてる?!」
 
 俺を見上げる唯さんは目元を真っ赤に充血させてぽろぽろと涙をこぼしていたのだ。鼻水を啜りながらも俺を見る唯さんは口元を震わせた。
 
「うっ、うわああん。なんっで、泣いてないのよー。私はこんなに悔しいのに! 鉄朗くんたちがすっごい頑張ってたの、知ってるのにッ!」
 
 とめどとなく溢れだす涙をそのままに、唯さんは声を張り上げた。
 確かに、負けて悔しい。けれど、それは相手よりも自分の努力が足りなかったからだと考える自分が居て、次は負けないようにしようと思う気持ちがあった。
 ――しかし、唯さんは違った。俺の、俺らの今までを知ってくれていて、それで、悔しいと泣いてくれている。
 今までの頑張りを認めてくれる人がいるのだ。
 
「ぷっ」
「! なんで笑うのよー」
「いや、鼻水を流してまで俺のこと想ってくれてるのが嬉しくてさ」
「っ、もう鉄朗くんなんて知らない!」
 
 するりと俺から離れようとする唯さんの背中に手を回して逃げないようにした後、俺よりも低い彼女の首筋に顔を埋めるのだ。
 
「ありがとう」
「!」
「あいつらの前だったら主将だし弱音を吐く機会がなかったから、俺らを想って泣いてくれた唯さんを見て、すっげえ気分が晴れた。今までは自分たちのためにって気持ちが大きかったけれど、次からは唯さんのためにも頑張ろうって思う」
 
「試合には負けてインターハイに連れていくことは出来なかったし、約束とは違うけれど……今度の日曜日、おれに唯さんの一日をくれないか?」
 
 
不確定な未来へ
20160405
 
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