ライオンと小鳥 | ナノ



気づかせたい

 
「黒尾!」
「んだよ夜久。気持ち悪い声だして」
 
 授業がひと段落ついた昼休み時間。持参の弁当を開いていれば夜久が近づいてきたのだ。手には弁当と思える包みを持っていて、今日は此処で食べるのだと知ることになる。
 
「昨日はどうだった?」
「昨日?」
 
 夜久に伝える程の出来事があっただろうか。首を傾げる俺をみて、夜久は唇を緩めてニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるのだ。
 
「昨日唯さんに“大好き”って言われたろ」
「ぶっ」
 
 口ン中に入ってた米粒が飛んだ。一瞬それが夜久にかかればいいなと思ったのに、あいつは持前の条件反射で汚いなと言いながら躱すのだ。
 
「ンでお前が知ってんだよ」
 
 思い出すのは昨日の夜。部活を終えて帰宅してきた俺の傍に駆け寄ってきた唯さんは「鉄朗くんおかえり、待ってたんだー」と満面の笑みで抱き着いてきたと思えば、「大好きなんだ」と一言。
 俺は夢でも見てるんじゃないかと思った程だ。それもかなり自分の都合良すぎる夢を。
 
「え、唯さん?」
「ん?」
「えっと」
 
 まずはどこから突っ込むべきか。緩みそうになる頬をなんとか叱咤した俺は冷静を努めようと必死だ。
 しかし、唯さんはそんな俺の焦った心情に気付くはずもなく、首を傾げて返答を待つのだ。
 その姿にやられたり、先程の“大好き”な発言にやられたり、はたまた抱き着かれたことによる唯さんの熱と胸の柔らかさにやられつつ、とにかくあの日は最高に良い日であるものの意味が分からない日でもあった。
 
「もしかして夜久、お前の入れ知恵か?」
 
 隣で笑みを浮かべながら弁当の包みを解く夜久は全てを見透かしたような顔をしている。唯さんが急にあんな行動に出たのが疑問であったが、隣にいるこいつの入れ知恵だと考えれば納得もいくのだ。
 半ば睨んでいる俺をみて夜久は笑みを浮かべるのだ。
 
「俺を睨む前にすることだるだろー?」
「……は?」
「この間、ショッピングモールで女と腕組んでたんだって? 唯さん見てたらいいぜ」
 
 その一言で昨日の幸せすぎる出来事が一瞬で霧散するのを感じた。
 夜久の言うショッピングモールと言うのは珍しく部活のない放課後にクラスメイトたちと買い物へ行ったあの日のことだろう。
 あの日に唯さんの様子が可笑しいと知っていたもののそのままにしていた俺。結局あのまま唯さんは合コンへ行く流れになったのだが、俺はあの時の唯さんを忘れた訳ではなかった。
 ――なのに、改めて夜久から告げられると、唯さんの中で燻っていたものであることに気付くのだ。夜久は聞き上手だから唯さんの口からするりと俺のことが出てきたのかもしれない。
 一体その会話からどうして昨日のスキンシップに繋がるか分からないが、へらへらと笑っていた夜久の顔つきが真面目なものに変わっていることに気付く。
 
「唯さん、言わなかったけどインハイ予選見に行くためにバイト入れてないらしいぞ」
「!」
「……お前のことをどう思ってるかは別として、あんなにも黒尾のことを考えてくれている唯さんに勘違いされっぱなしでいいのかよ」
 
 唯さんは俺に言っていた。たまたまバイトが入っていないから予選を観に行けると。それが彼女なりの気遣いであることを改めて知り、ついこの間の自分の行動に腹が立つのだ。
 今更あの時の話を持ち出すのは不自然なのかもしれないれど、このまま誤解されたままであることは俺の唯さんへの感情に気付いてもらえない可能性が高いのだ。
 
「夜久、サンキューな」
「どういたしまして」
 
 インターハイ予選までもう日にちがない。今までの練習量が結果として物語ることが分かるからこそ、今更あがいた所でどうにかなるとは限らない。――けれど、自分の気持ちを改めて認識した時、俺はインターハイ予選で勝ち進んでインターハイへの切符を勝ち取る必要があると感じたのだ。
 
「インターハイへの出場が決まったら唯さんをデートに誘って告白するわ」
 
気付かせたい
20150914
 
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