ライオンと小鳥 | ナノ



違う一面に気づく


 
 音駒と烏野の試合を見て、私は久しぶりに高校時代のことを色々と引っ張り出す結果となった。
 ネットを挟んで向き合う両チームはやる気十分で、大人たちによって引き出されたきっかけ……“ゴミ捨て場の決戦”という名も彼らを前にしたら些細なもので、他の学校と試合が出来るという闘争心と勝利への貪欲さは見ている側にも感じさせるのだ。
 鉄朗くんたちの練習風景は少しだけ見たことがあったが、試合を見るのは今回が初めてだ。一体どんなプレーを見せてくれるのだろう。ベンチに用意されたパイプ椅子に座りながらも私は興奮を隠すことが出来ずにいた。
 
「お姉さんも楽しみを隠せないって顔してんなー」
「! あ、はい」
「だっはっはっ! 良いことじゃねーか。黒尾たちの試合をしっかり見てやってくれな」
 
 コーチの直井先生に続いて猫又監督も笑うものだから恥ずかしくなって俯いてやり過ごす。コートでは円陣を組んで喝を入れているのだろう彼らの姿が見えた。一方の烏野は黒とオレンジのユニフォームで各々のポジションに着いている。
 母校が白と水色というコントラストだったので両者の色はなんだか新鮮だ。
 
ピー
 
「あ、始まる」
 
 研磨くんのサーブから試合は始まった。安定したサーブは彼の冷静さを形にしたようなものだ。烏野サイドで組み立てられていく攻撃に身構えたけど、
 
「あれ」
 
 今一瞬でボールが音駒コートに突き刺さった気がする。あれ、気のせい? けどしっかりボールは地面に転がっていたし、オレンジ髪の彼がアタックをしたような気がした。けど、いったいいつだろうか?
 唖然とする様子を見てにやりと笑ったのは烏野の面々だ。恐らく今の凄く早い速攻は彼らの切り札である内の一つなのかもしれない。
 次の攻撃は髪を結わった長身の選手だ。パワーだけで言えば本当に高校生なのかと疑ってしまう程だ。3枚ブロックを気にした様子はない力強いアタックだ。
 
「へえ、凄いですね烏野。……いや、セッターが凄いと言うか」
「! ほお、流石強豪校のマネージャーだっただけあるなあ、」
「おいか……後輩からセッターの彼が凄いって聞いていたので」
 
 攻撃の要はセッターだ。セッターはいかにスパイカーに打ちやすいトスを上げるから変わる、そう後輩な彼が言っていた気がする。トビオちゃんのプレーは精密な機械のようで、それがスパイカーの持ち味とその日のコンディションから総合的に考えられる攻撃力と恐ろしいくらい合致した時、聞いていた“天才”と言う名が確立するのではないかと考えてしまったのだ。たった二球で凄いセッターなのだと周囲に思わせてしまうのだからトビオちゃんは凄いのだろう。
 
「お姉さん」
「あ、はい」
「向こうばかり見ていたら、キャプテンが機嫌を損ねるんだ。それくらいにしておいてくれないか」
 
 苦笑いをしながら言った猫又監督の言葉に我に返れば、ジト目の鉄朗くんと目が合った。試合前に俺だけを見てろって言われたんだっけ。思い出して照れてしまった私はそれを誤魔化すために首を振って、未だに私を見ている彼にガッツポーズをして口パクで思いを告げる。
 
「(頑張って)」
 
 それがちゃんと伝わったか分からないけど、しっかりと頷いてくれた鉄朗くんの横顔が真剣で凛々しい。家では見ることの出来ない頼もしい“キャプテン”の表情だ。タッパを生かしたブロックで彼が活躍するのが義姉としては誇らしいし嬉しくもある。
 
「格好良いなあ、」
 
 必死にボールを追いかけて相手のコートへアタックを決めて、拾われて。いつ試合が決まるかが分からない緊張が緩むことのない試合はいつ見ても楽しさが残る。
 見ている側を一緒に巻き込んでしまうバレーが好きだと今回の試合で再認識してしまった。
 
……
 
 そんなこんなで試合はあっと言う間に終わってしまい勝敗で言えば音駒の勝ち越し勝利だ。けどプレー中にはドラマも沢山あって、勝敗という一言で片づけるには勿体ないくらいの充実した内容があった。……まあ、負けて悔しいのは分かるけど何セットするんだって程の体力には唖然とさせられたものがあるけど、これから音駒も烏野もどんどん進化していくのだなと考えれば成長を見れる側からすれば嬉しいものがあった。
 
「集合」
 
 講評をもらいにやってきた烏野面々を見て慌てて席を立つ。こうして見れば試合中目立っていたオレンジ髪の彼は私よりも身長が低いことに驚く。コートに居る時も低いなとは感じていたけれど、この身長で繰り出されていた攻撃の数々は身長に負けない攻撃ばかりだったように思う。
 
「さあ、お姉さん。あんたも一言やっておくれよ」
「! え、猫又監督の言葉で十分ですよっ」
「ほらほら」
 
 背中を押されて一歩前に出れば、彼らの視線が集中するのが分かる。猫又監督の素晴らしい講評の後で自分が言うのも申し訳ない気がしたけど、プレーの数々と思いだして思ったことは口をついて出た。
 
「知り合いから烏野のことを聞いた時、“飛べない烏”だなんて言われていることを聞いたけど、今はそんな名にそぐわないくらい攻撃力のある良いチームだと思います。ただ、純粋な攻撃が多いと思ったのが私の正直な感想。もっと攻撃にパターンを付けた方が相手を惑わすことが出来るし、試合展開を有利にすることが出来るかなと思いました。……図に乗り過ぎました以上ですっ」
「「(かわいい)」」
「あざーっす!」
 
 いつももらう側で聞いていたけど、こんな気持ちになるとは思わなかった。的外れなことは言っていないかと自分の発言を振り返っている内に頭を下げた彼らは後片付けを始める。ただ見ているだけでは性に合わなくて、私は一人でネットを片付けているトビオちゃんの所へ向かった。
 
「手伝うよ」
「え、あ、でも」
「大丈夫。片付けは慣れてるから」
 
 マネージャーの時によく手伝っていたからやり方は分かる。始めは言い淀んでいた彼が頷いたのを見て、私は片付けに取り組んだ。
 
「今日の試合良かったよ。あのトス凄いねー」
「そうっすか? 音駒のセッターの方が」
「んー、まあ研磨くんとはタイプが違うから仕方ないよ。けど、目線でのフェイクとか実際に見ることが出来たから、次からトビオちゃんも活かせると思わない?」
 
 彼にネットの端を手渡してにっと笑えばこくんと彼が頷いた。及川くんから無愛想だと聞いていたけど、私からみれば可愛い後輩にしか見えない。ネットを持って立ち去る彼を見ていればとんとんと肩を叩かれる。振り返ってみればトビオちゃんを視線で追う鉄朗くんの姿があった。
 
「唯さんアイツに惚れたの?」
「え?」
「アイツの所ばっかり……」
 
 眉間に皺を寄せる彼が面白くて吹き出すようにして笑う。怪訝そうな表情を浮かべる彼に少し屈んでもらって、私は鉄朗くんの頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫ぜた。
 
「一人時間差とか練習大変だったでしょ。凄かったよ、格好良かった」
「! うす」
「また試合見せてね」
 
 片付けの時間は音駒、烏野の間に和やかな空気が漂っていた。昨日の敵は今日の友と言うか、すっかり打ち解けた双方を見て私は笑みを深くするのだった。何人かの烏野メンバーが声を掛けてきて、何気ない質問に答えていれば鉄朗くんが彼らを追い払う。そんな高校生らしい姿をみて私は面白いと笑うのだ。
 東京と仙台だし、次戦うとしても猫又監督の言う通り全国になるのだろう。また両チームの試合が見られるのかと考えれると胸が高鳴るのを感じることが出来た。
 
 帰りの新幹線でお弁当の存在を思い出した私は彼らの前でそれを披露し、沢山あったおかずはものの見事に無くなってしまった。食べ盛りの子たちは違うなと思う私の隣で鉄朗くんが不貞腐れる姿を見るのはもう少し先の話。
 
違う一面に気付く
(格好良かったなあ、)
 
オマケ1 Ver.烏野
「唯さん可愛かったなあ」
「及川さんの彼女って聞いてたんスけど」
「「えっ(なら黒尾の片思い?)」」
「(あの様子から見てもどうせ嘘なんだろうけど)」
「くそっ、イケメン羨まし過ぎるぜ!」
「田中うるさい」
 
おまけ2 Ver.音駒
「うまー」
「唯さん料理上手っすね」
「てっ手料理!? 嬉しすぎて死ぬ」
「なら一回死ね、山本」
「まあまあ、試合中唯さんが烏野見てたからって八つ当たりすんなって」
「くそ、俺の弁当だったのに」
「(あ、そっちもデスカ)」
 
…………
フツーに試合風景全部書きそうになって思いとどまった。あと、影山の名前出すの忘れてずっとトビオちゃん呼びだった。
次からまた日常です。
20140607
 
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