家に帰ると友が必ず死んだふりをしています5 





「そもそものきっかけは、嬢ちゃんと皇帝殿下からの相談だったのよ」
「エステリーゼ様と、ヨーデル様が?」
「そうよ」
 僕は再び目を丸くした。まさか、この話で、両殿下の名前を耳にするとは思わなかった。
「ま、相談内容は……おまえさんのことだよ」
「え? 僕、ですか?」
「そう。『フレンが働き過ぎて困る』──要はそういうことだったわ」
「──」

 ──星喰みを倒してからの一ヶ月間、僕は不眠不休に等しいスケジュールをこなしていた。予測はしていたとは言え、前代未聞の大混乱。元々、残された時間も少なく、事前に準備と対応をする暇などなかったので、仕方なかった。人々の生活は、衣食住の全てが欠陥する様な状態。落ち着くまでの一ヶ月半の間──騎士団長に任命される正式な式典などとてもできず、僕は騎士団長代理のまま、各地を奔走した。ろくに食事もとらなかったため、あの一ヶ月だけでかなり痩せた覚えがある。
「……そういえば、僕に休めと、両殿下が仰ったことがありました」
「そう、そん時。でも、おまえさんは休まなかった」
「当たり前です。部下も奔走していましたし、何より──民を守るのが騎士の勤めです」
 そうキッパリと言い切ると、レイヴンさんは苦笑いを浮かべた。
「流石ね。騎士の鏡──って言いたいとこだけど、それでとばっちりを受けるのは、おまえさんの大事なお友達なのよね」
「……別に僕は彼に迷惑をかける様なことをしたつもりはありません」
 僕はそっぽを向いて言った。レイヴンさんは僅かに目を眇めた。
「本当にそうかしら?」
「……どういう意味ですか?」
「確かに、あの時、おまえさんは過密なスケジュールの中でも、倒れなかった。素直に凄いと思うわ。でも──そんな様子を傍で見てる周囲の人間は、冷や冷やしてたんじゃない?」
 僕は、はっとして、しばらく──黙り込んだ。返す言葉が無かった。
「あの時、ユーリ、怒ってたわよ。『たった一ヶ月で、別人みたいに痩せてやがんだ。どんな生活してんだか』って」
「……」
「だからね、『どうにかしてフレンが働き過ぎるのを阻止してください』って依頼が、凛々の明星に来たの。俺様や、リタっちとかパティちゃんも交えてね。おっさんの命は凛々の明星のものだし」
「……」
「『誰かがフレンとできるだけ一緒にいてくれれば、阻止できるんじゃないか』ってエステル嬢ちゃんが言い出して。で、嬢ちゃんは一応おまえさんの上司だけど、彼女が休む様に言っても聞かなかったことを踏まえて──やっぱりユーリが適任ってなったのよ。フレンと対等に話せるのは、青年しかいないからさ」
「……それで、ユーリは僕と同居を?」
「そういうこと」
 レイヴンさんはニッと笑った。僕は反対に俯いた。
 あの時──ユーリが同居を提案した時、彼はどんな気持ちだったんだろう。彼は元々、感情を表に出さないから、その心は判り難い。けれど──僕を一目見た時に、僅かに目を眇めてはいなかったか。平静を装いながら、瞳の奥には怒気が潜んでいなかっただろうか。
「嬢ちゃんにしても、本当にこっちが気の毒に思えるくらい、心配してたんだから。リタっちもジュディスちゃんもパティちゃんもカロルやラピードも──みんな心配してたのよ。……もちろん、俺様もね」
「すみません…」
 僕は頭を再び垂れた。するとレイヴンさんはおどけた仕草で、服の袖を目に添えた。
「心配で涙を流し過ぎて、すっかり服の袖が褪せちゃったわ」
 ほら、と見せてくれた服の袖に、僕は苦笑した。僕が笑ったことで、レイヴンさんも笑う。しかし、すぐにその笑みは苦笑に変わった
「でも、今度は、ユーリが相談してきたんよ。『フレンの帰りが遅い』って。再三注意しても、聞いてくれないんだってさ。なら、『何か家に帰るのが楽しくなる様なこと』があればいいんじゃないかって、ジュディスちゃんが言い出して。そしたら、少年が『なら、死んだふりは?』って提案して、それだってなって可決したのよ」
「……」
 舌をペロリと出しながら、レイヴンさんが言った。僕は黙り込んだ。
「ま、半分はフレンをからかうのが目的なんだけどね。シナリオは嬢ちゃん担当、演出・監修はリタっち、主演・ユーリって感じかしら。俺様たちは、雑用及び見張りって感じ。当番制なのよ。今日は俺様が担当」
「……すみません」
 僕はもう一度、頭を下げた。レイヴンさんは手をひらひらと振る。
「何で謝るのよ」
「僕……自分のことばかりで、周りの人のことを考えてませんでした。ずっと──支えてくれてたのに」
「……」
 レイヴンさんは、居心地悪そうに目を泳がせていた。飄々とした彼は、こういう時、決まりが悪いらしかった。
「あー……まぁ、あれだ。……一人で、抱え込むなっちゅうことよ」
「……はい」
 もう一度、頭を下げて僕はドアに向かった。
「あれ? 何処行くの?」
「ユーリに謝りに行きます。……今まで僕は、家で僕を一人で待ってくれてたユーリの気持ちを考えていなかった。このままでは、彼の友人失格ですから」
では、と彼にもう一度頭を下げ、ドアを開けた。


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