家に帰ると友が必ず死んだふりをしています4 





 明くる日の夜。僕は、とても疲れていた。いつもの業務に加え、今日は評議会の議員数人が直談判に来たのだ。内容は騎士団の苦情から、ギルドとの交渉の仕方まで他愛もないものだった。だが、仮にも評議会の人間がわざわざ来たのだから無下にもできず、結局二時間以上もくどくどと小言を聞かされる羽目になった。
「ただいま」
 ドアを開けて、僕は頭痛を感じた。月明かりに照らされて、ユーリがまた死んだふりをしていた。しかも、今回は聖騎士の姿だった。腹から派手に血を流している。
 僕はしばらくそれを眺めていた。ユーリはピクリとも動かない。どうやら僕のリアクションを待っている様だ。
「………だから、やるんなら掃除のことも考えてくれよ」
「何だよ、つまんねぇの」
 ユーリがむくりと起き上がる。僕はイライラしながらそれに答える。
「いちいちリアクションなんてとってられないよ。僕だって疲れてるんだ」
 キッパリとそう言って、僕はクローゼットを開けた。これにはユーリもムッとした様だ。嫌味っぽく僕に言う。
「ハイハイ。石頭な団長閣下には、死体役の苦労と、準備の大変さもわかりませんよね」
 ユーリがひらひらと手を振った。僕もこれには頭に来た。振り返り、怒鳴る。
「僕は激務で忙しいんだ!君のお遊びに付き合う気も暇もない!」
「オレはおまえのためにやってんだよ! 家事も、この死んだふりも!」
「家事はともかく、死んだふりなんて僕は頼んだ覚えはない! 大体、ヨーデル様からいただいた衣装を君は───」
 そう言った時、がしゃっと音がした。見ると、花瓶が床に落ちていた。ユーリがやったらしい。咎めようと口を開きかけた時、ユーリが言った。
「…おまえは何もわかってねぇ! オレが何でおまえと同居を始めたのかも、この死んだふりを続けてる意味も!」
「え……?」
 僕はきょとんとした。同居を始めた理由も、死んだふりの意味も───全部、ユーリの気紛れで勝手じゃないか。そう思い、僕が口を開く前にユーリが言った。
「どんな理由があっても、日付が変わるまでに帰ってくる───そういう約束だったよな」
「え…」
 僕は思考を巡らせた。ユーリが言ったのは、同居を始める際、二人で決めたルールのことだ。よく仕事で根を詰めがちな僕に、ユーリが約束させた。現在の時刻は午前2時前。とっくに日付は変わってしまっていた。
「…確かにそれは悪かった。でも───」
「もういい!」
 尚も言い募る僕に、ユーリが背を向ける。そのままドアを開け、家を飛び出してしまった。手酷く閉められたドアの派手な音の後、静寂だけが残った。取り残される僕。しばらく無音の世界が広がるが、そこにガタガタと音が鳴った。
「あーらら、犬も食わない夫婦喧嘩?」
 ふざけた様な声に、僕は振り返った。中年の男性が窓から侵入してきた。僕は目を剥く。
「レイヴンさん!」
「お邪魔するわよ」
 不法侵入を悪びれない彼に、僕は視線を鋭くする。いつかの様に、腰に帯びた剣に手をかけた。
「犯罪です」
「そう言わないでよ、フレンちゃん。…青年が怒ってた理由、知りたくなぁい?」
「ユーリが怒っていた理由?」
 僕は剣から手を離した。レイヴンさんは片目を瞑ってみせた。
「そ。……あのあんちゃんは素直じゃないからね。それはフレンちゃんもよくわかってるっしょ?」
「………」
 僕は今までのユーリの言動と行動を反芻してみた。
 そういえば、初めてユーリが死んだふりをした時。あの時も、僕は深夜に帰宅した。僕がユーリ達を咎めて、カロルを責めた時───カロルは何かを言いたそうにしていなかっただろうか。
「わかってくれたみたいね」
「……」
 僕は顔を上げた。
 確かに、ユーリは意地の悪いところがあるが、何の理由もなくあんな手の凝った悪戯を───しかも凛々の明星の面々を付き合わせてまで、やり続けるだろうか。いや、そもそも、僕と同居を望んだのは何故だろう。ユーリには多少浪費癖はあるが、贅沢を望む様な人間じゃないのも確かだ。昔は一緒に暮らしていたが、それぞれの立場がある今、はっきり言ってこの関係は邪魔くさいだけではないか──?
 僕は、頭を下げた。それにレイヴンさんが戸惑うが、知ったことではなかった。
「お願いします。教えてください。──ユーリが何故、僕と同居を望んだのか…死んだふりなんて続けているのか──」
「ちょっ…! や、止めてよ、そんなこと……騎士が簡単に頭を──ましてや、騎士団長ともあろう人間が、頭を垂れるなんて──」
「ここにいるのは、帝国騎士団団長などではありません。一人のユーリの友人です」
「──……」
 しばらく、僕は頭を上げなかった。やがてくすっと笑う様な息遣いが聞こえ、少し頭を上げる。見ると、レイヴンさんが笑っていた。
「フレンには敵わんね」
「え?」
 僕は目を丸くした。しかしレイヴンさんはそれ以上言わず、頭を上げる様、僕に促した。言われた様に顔を上げると、レイヴンさんは手近な椅子に腰掛けた。



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