家に帰ると友が必ず死んだふりをしています3 





「…っと」
 水の入ったバケツを持ち上げ、慎重に歩き出す。すると、何処からかラピードが現れた。
「おまえも共犯か、ラピード」
「ワフゥ…」
 何のことやらと言わんばかりにそっぽを向かれ、僕は苦笑する。この友も、先ほどのユーリの死んだふりの協力者だ。きっと、殺害現場に犬がいては格好がつかないので、外にいたのだろう。
「ただいま」
 家のドアを再び開ける。すると、背中に短剣が刺さった死体姿のまま、ユーリがキッチンに立っていた。
「おう。おかえり。今日はマーボーカレーだからな」
 そう言って、ユーリは再び調理に戻る。僕は嘆息した。
「死体姿のまま、晩御飯を作るのは勘弁してくれ」
「だって、着替えんの、面倒だし」
 僕は雑巾で床を拭きながら、苦言を呈した。
「じゃあ、そもそも手の凝った死んだふりなんて止めてくれ。初めて見た時、本気で心配したんだぞ」



 ──そう。初めて死んだふりを見た時。僕は思わず取り乱してしまった。同居を始めて一ヶ月くらいの頃だ。
 僕が仕事から帰宅した際、ユーリは、何故か黒衣の断罪者の姿で死にかけていた。仰向けになって剣が腹部に突き刺さり、黒い生地は血で染められていた。
「ユーリ!!」
 僕は慌てて彼に駆け寄る。するとユーリの目がうっすら開いた。
「フ…レン、か」
「ユーリ!!どうしたんだ!?」
「殺…られた。ざまあねぇな………」
 ユーリは口元だけで笑ってみせた。僕は慌てて治癒術を展開しようとするが、魔導器がないことに気付き、歯噛みする。
「ちょっと待っててくれ、すぐに医者を───」
「…いい。それより………傍に、居てくれ。一人で、逝くのは───流石に、キツい」
「何、弱気なことを言ってるんだ!!」
 僕はユーリを叱り飛ばしながら、必死に彼を死なせない策を考えていた。けれど、状況があまりにも悪過ぎた。僕は医学にあまり明るくないが、この様子では、確実に致命傷だ。医者を呼んでも手遅れかも知れない。
「なあ、フレン。最期に…頼みが、あんだけど」
「何だいっ?」
 僕は涙を必死に耐えながら、ユーリに訊いた。ユーリは、指をさして、
「あの戸棚の引き出し………中に、箱があるから、それを開けてくれ…」
「───わかった」
 僕は立ち上がり、言われた通りに引き出しの中から箱を取り出して、箱を開けた。すると、突然、顔に何かがぶつかる。そして、
「「「「「大成功ー!!」」」」」
 そんな声が背後から響く。ぎこちなく振り返ると、凛々の明星のメンバーとかつての旅の仲間がいた。
「………」
 僕は箱を抱え、言葉を失う。箱はいわゆるビックリ箱で、おちょくった様な顔がバネについている。『surprise』と書かれた紙が、顔の下から垂れていた。
 言葉が出ない。死にかけていたはずのユーリまで、ケロリと起き上がっていた。
「ふふん、まんまと引っ掛かったわね」
 リタが腕を組んでそう言った。パティが隣でうんうんと頷く。
「まあ、ユーリの迫真の演技じゃったからのぉ。流石、うちの婿じゃ!!」
「いや、なんねぇって」
 ユーリが小さく突っ込む。レイヴンさんがニヤニヤと笑って、
「フレンちゃんも、本気で信じちゃってたみたいだしね。泣きそうになってるじゃない」
「それだけ、ユーリが大事ってことだわ。愛されてるのね、貴方」
「誤解を招く言い方は止めてくれ」
「フレンには悪いが、ユーリはうちの旦那じゃからな!!」
「いや、もう突っ込み切れないよ、ボク…」
 ガヤガヤと騒ぐ皆を他所に、僕は小さく震えていた。エステリーゼ様が、心配して声をかけてくれたが、それどころではない。腰に帯びている剣に手をかける。
「…ユーリ?」
 剣を引き抜き、ユーリに笑顔で突き付けた。その様子に、周囲も口を閉じ、彼も若干狼狽える。
「どういうことか、説明してもらおうか?」
「い、いや、剣!!丸腰相手に剣を突き付けるなんて、騎士様のすることじゃ───」
「黙れ」
 僕は笑顔のまま、ユーリから数センチ離れた床に、剣を突き刺した。
「あ、あの、フレン」
 背後からエステリーゼ様が、僕に声をかけた。渋々、向き直るが、床に突き刺さった剣からは手を離さない。エステリーゼ様は苦笑いして、
「これは………その、サプライズなんです。ほら、フレンもお仕事で疲れてるでしょう?だから、気を解すために、企画したんです」
「お言葉ですが、悪趣味だと思います。僕は生きた心地がしませんでした。寿命が二年、縮まった気がします」
「それは………」
 エステリーゼ様は言い澱む。カロルがリタを肘でつつき、小声で、
「だから、こんなフレンを騙す様なこと、止めとこうって言ったんだよ…」
「あんたが、ドッキリを仕掛けるなら死んだふりはって、提案したんでしょうが!!」
「リタも乗り気だったくせに。血の飛び散り方とか、監修したの、リタじゃんっ」
「どうせやるなら、リアリティーある方がいいでしょ!!」
「………」
 僕は床に突き刺さった剣を抜いた。ビクリと全員が反応し、僕の次なる一挙に警戒する。
「まったく………」
 僕は呟いて、剣を鞘におさめた。それを見て、全員がほっとした様だ。
「やるなら、もっと笑える冗談にしてくれ。大体、知らない人が見たら気絶するかも知れないだろ。趣味が悪い」
「そんなことがない様に、こいつらがいんじゃねぇか」
 ユーリが不遜な口調でそう言った。パティが頷く。
「うむ。フレン以外をいれん様に、入り口はもちろん、窓、天井、床下に至るまで、ウチらが見張っておる。メダカ一匹入れはせんぞ!ユーリのフォローとバックアップは、大船に乗ったも同然なのじゃ!!」
「………凛々の明星は、何をするギルドなんだい?」
 誇らしげにそう語るパティの言葉に、僕は半ば呆れながら首領であるカロルに訊いた。
 彼は何か言いたそうにするが、ジュディスに遮られる。
「『義を以て事を成せ。不義には罰を』───これが私たちの掟よ。掟さえ守れば、あとは自由。…貴方も知っているでしょう?」
「人を騙して弄ぶことは、不義だと思うんだが」
「エステルが言ったでしょう。貴方に息抜きして欲しかったの。他意はないわ」
「………」
 僕はため息を吐いた。ユーリが勝ったとばかりにニヤリと笑う。
「おまえみたいなお堅い奴には、これくらいが丁度いいだろ?ちょっとくらいの刺激じゃ、その石頭は割れ───」
 言いかけたユーリの顎に、剣を添えた。その早さに、周囲は目をぱちくりさせている。
「───あまり調子に乗るなよ」
「…おまえ、居合いって得意だったっけ?」
 ユーリが引きつった笑みで言った。



「───あの時は、本当に生きた心地がしなかった。まったく………みんな、死んだふりなんかより、やるべきことがあるだろうに」
「一度、世界を救ったメンツだからな。チームワークはバッチリだぜ」
 ユーリが得意気に言った。僕の口からは皮肉とため息しか出ない。
「ああいうのを『才能の無駄遣い』って言うんだよ」
「帝国のお姫様、天才魔導師、元・帝国騎士団隊長首席、大海賊アイフリード………大物が一杯だもんなぁ」
 からからとユーリが笑った。僕はもう何も言う気になれず、床を拭いていった。



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