家に帰ると友が必ず死んだふりをしています2 





 あの旅が終わった後、ユーリと食事をする機会があった。僕が騎士団長に就任する一週間前───前祝いということで、馴染みの宿屋・箒星の女将さんのご厚意で、キッチンとテーブルを貸してもらって、僕らは食事をしていた。ささやかだけれど、どんな高級レストランより、慣れ親しんだ下町で取る食事の方がずっと良かったので、嬉しかった。メニューは、ツナサラダとローストビーフ、それにビーフシチューとフルーツグラタンまでついた。全部、ユーリが作ったのだ。もちろん、僕も手伝うと言ったのだが、久しぶりに帰ってきたのだからと、ユーリと女将さんに宥められすかされ説き伏せられたので、仕方なく大人しくしていた。
 ユーリがこんなにご馳走を作るなんて、空から槍が降ってくるんじゃないかと思ったが、それについては何も触れなかった。せっかくの好物(ローストビーフとビーフシチュー)を見す見す逃した上に彼の機嫌を損ねるのは、僕としても芳しくないと思ったのだ。
「あのさ、話があんだけど」
 ユーリがそう言ったのは、フルーツグラタンを食べていた時だ。先ほどまで何気ない会話をしていたのに、ユーリの顔は笑顔から真剣な表情へと変わっていた。
「何だい?」
「一緒に暮らさないか」
 ユーリは、僕の目を見てそう言った。僕はきょとんとする。
「…一緒に暮らさないかって、今言った?」
「ああ」
 再度訊ねると、ユーリは頷いた。その手は、フォークスプーンでオレンジを突き刺して口に運んでいるというのに、ユーリはこちらから目を反らさない。
「…何でまた」
「おまえ、もうすぐ騎士団長になんだろ」
 そう言葉を切り、ユーリは水を一口飲んだ。そして、
「給料いいじゃん」
「なっ!?」
 この答えに、僕は思わず立ち上がった。ガタンと椅子が音をたてる。
「何を言ってるんだ! 君は、僕の給金が目当てで、同居したいと言うのか!? というか、君もギルドで働いてるんだから、贅沢を言わなければ生活はできるだろうっ?」
「いや、ギルドっても、ウチはまだ小さいし、騎士団長様の給料には敵わねぇよ。おまえなら、将来安泰っていうかさ」
 ユーリは、あまつさえカラカラと笑ってみせた。僕は額に手を当て、座り直す。
「…僕は君の金蔓じゃない」
「それだけじゃねぇよ。おまえは騎士団、オレはギルド。なかなか休みが合わねぇし、簡単にゃ会えねぇだろ?」
「………」
 僕は頭の中にスケジュールを浮かべた。確かに、ユーリに会うのは約2ヶ月ぶりだ。
「それならいっそ、同居すりゃ良くねぇか? ほら、ギルドの人間と騎士団長が同居ってなれば、ちょっとニュースになりそうだし。ギルドと帝国の関係も、もっと良くなると思うんだけど?」
「………」
 僕は目を眇め、パインを口に運んだ。少々理由が強引だが、ユーリはどうやら本気らしい。僕は嘆息して、食事の手を置く。
「問題は山積みだぞ。ギルドの総本山はダングレストだけど、僕は帝都にいることが多いし………部屋はどうするんだ?さすがに、ここの二階のあの部屋じゃ狭いだろう」
「それなら」
 ユーリは、僕の眼前に鍵を突き付けた。チャラリと音を立てるそれを、僕はまじまじと見つめる。
「もう契約は済ませた」
「………」
 僕は言葉を失う。ユーリはニヤリと笑った。
「もう家具も全部運び込んである。…他に質問は?」
「………やけに料理が豪勢だったのは、このためか?」
「ああ」
 ユーリは笑顔で頷いた。僕は背筋に悪寒を感じた。あの料理の中には、ユーリの愛情以外にも、色々と入っていた様だ。効きの悪い毒薬を盛られた様で、なんとなく気分が悪くなってきた。流石ユーリだと、胸中で別の意味での賞賛を送る。
「あとは、おまえの意志だけだ。もっとも───」
 僕の傍ら───椅子から数センチ離れたところに、何かが降ってきた。僕が恐る恐る視線を向けると、そこには見覚えのある槍があった。嗚呼、本当に槍が降ってきた。
 ユーリがフォークスプーンをクルクル回し、僕の顔に突き付ける。
「───答えは聞いてないけどな?」
「ふふ」
 傍らで女性の笑う声がした。見なくとも、先ほどの降ってきた槍でわかったが、一応声のした方を向く。
「…やあ、ジュディス」
「あら、顔が笑ってないわよ?大丈夫?」
 含み笑いを浮かべ、あまつさえそう言ってみせたのは、クリティア族の妖艶な女性。ユーリの同僚で、僕もよく知るジュディスだ。
「…あんな挨拶の仕方は初めてだったから、びっくりしたんだ。クリティア族の人は、みんなああやって挨拶するのかい?ちょっとカルチャーショックだな。勉強になったよ」
「ふふ、貴方も言う様になったのね。でも、違うわ。あれは世間一般では───」
 ジュディスは愛槍を引き抜いて、僕の顎に添えた。
「───脅迫って言うのよ?」
「………」
 僕は向かいに座る男を睨んだ。依然、ニヤリと笑顔を浮かべているユーリは、余裕綽々だ。彼のそんな様子に、僕は嘆息した。とりあえずは、役者を全て引きずり出して揃えなければ、話にならないだろう。
「…隠れずに出ておいで、カロル」
 僕が呼ぶと、ユーリの後ろの椅子が揺れ、テーブルクロスの下から一人の少年が出てくる。やや気まずそうに手を挙げた。
「や…やあ、フレン」
「ラピード」
 僕が名を呼ぶ。すると、ドアが開き、犬───ラピードが出てきた。僕は深々とため息を吐いた。
「組織ぐるみの陰謀か」
「陰謀って、酷いわね」
「あ、いや、その………ごめん、フレン」
 ジュディスとカロルが、それぞれの反応を示す。しかし、ユーリだけはその態度を崩さない。余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
「ま、そういうこった。大人しく観念したらどうだ?」
「………」
 僕は項垂れて、ユーリがぶら下げている鍵を掴んだ。ユーリの笑みがますます濃くなり、ジュディスがふふと笑い、カロルが複雑そうな顔でラピードを見たが、ラピードはうつ伏せになって小さく欠伸をした。


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