駄作4 epilogue


○○県警生活安全局少年課所属高宮警部補は、先ほど読みおわったA4版のキャンパスノートをデスクに叩きつけた。向かいの同僚がびくりと肩を震わせた。
「…ど、どうしました?」
「どうもこうもねえよ、胸糞悪ぃ。松戸の殺害事件。まじでイカれてんな」
粗野な性格でありながら正義漢の彼は、凶悪犯罪を心の底から憎んでいる。忌々しい気持を鎮めるためにシガレットケースから煙草を一本取り出して火をつけた。
「お前、このノート読んだか?」
「いえ、まだ読んでいませんが」
「読まねえほうが賢いかもな。全く、お巡りなんてやめたくなる。俺らがどんだけ尽力したってよ、世の中はそれに全然応えちゃくれねえ」
嘆息しながら、ノートを大きな手のひらで叩く。デスクの上には、少年のものであるキャンパスノートと、少女の分厚い日記帳、そして少年の描いた絵が証拠物件として置いてある。まず少年のノートであるが、これは少女殺害・死体損壊罪の疑いで逮捕された16歳の少年が、私小説風に綴ったものである。少年の心情においては多少色付けされている可能性が否めないが、記述内に登場する美術教師の供述、そして少女の日記帳とこのノートの整合性が取れていたため、犯行動機や殺害状況については有力な証拠として扱われている。その少年は犯行発覚当時から精神を病んでいて、現在精神病院にて治療中であるが、発言はまるで意味をなさず、非現実的で不気味な夢物語をただただ陰気に語り続けるだけだという。通報したのは少年の母親で、生臭い匂いを不審に思った彼女が、息子の部屋を覗いてみたところ、そこに息子の姿はなく、変わり果てた少女の遺体が横たわっていたという。なお少年の母親は、少女との交際が始まったと思われる前後の時期から息子の異常を大からず感じ取っていたとのことである。
次いで少女の日記帳の概要は次のようなものだ。少女は少年に殺される前日、自身の母親を殺害していた。殺害に至る経緯や、動機、状況が簡易に描写されており、これもまた母親殺しの有力な情報源となっているものである。少女も同じく少年を殺そうとしていた部分など、たびたび挟まる少女の異常性が恐ろしい。なおこの事件の第一発見者は少女の母親・長谷直子の務めていたキャバレーの従業員の一人であり、連日の欠勤を見兼ねた彼が長谷宅を訪れたのがきっかけだという。遺体は死後十数日経っており、室内の高温のためすでに腐敗が進行していたとのことである。
頭の中で二つの殺人事件の顛末を整理しながら一本目の煙草を吸い終わり、二本目に手をかけたところで、高宮は軽い頭痛を覚えた。常人ならば到底理解し得ない思想に触れてしまったからなのかもしれない。少年の犯行動機はエゴイズムの塊のようなものであったし、少女の殺害も理解できなかった。現代の若者たちはどこか頭が狂っていると半ば本気で考えていた。少年においては倒錯した性嗜好を少女に押し付け、挙げ句の果てに殺害に至る。高宮は警察という組織の無力さを噛み締めた。
またもう一つ少年の異常性を裏付ける証拠物品があった。それは少年が通っている高校の、夏休み課題の絵である。
「木戸少年の絵の方はご覧になりましたか?」同僚が尋ねる。
「いや、まだだ。これから見るがよ。たいした証拠じゃねえだろ」
「証拠物件としての価値は確かに低いでしょうね。私はそれを見てみたのですが、これ以上気味の悪いものはないでしょう。狂気が鬼気迫るといいますか……なんとも気分が悪くなりますね」
「おいおい……脅してくれるなよ」高宮は冗談めかしてそう言ったが、後輩の目があまりにも真摯に高宮を捉えるので、額を伝う冷や汗を意識せざるをえなかった。
調査によれば、少年は少女殺害後、未完成の絵を少女の血液を絵具として使用して描き上げ、小説の結末を書き終えてから、同日午後七時頃、用事のため出勤していた美術教師に手渡したという。美術教師の供述によれば、少年は夏なのにも関わらず、厚手のパーカーに身を包み、顔を赤い絵具に汚しながらその絵を茫然自失としながらも美術教師に手渡したという。もちろん彼女の言うところの赤い絵具というのは少女の血液であることは容易に想像ができよう。その後、事件のあらましを知って、少年の絵を見た美術教師は軽い鬱状態になっており、彼女もまた精神科医の治療を仰いでいる。そしてその現物が今、このデスクの上にある。少年は美術のノウハウは皆無であったが、この絵においてはそれを感じさせないほどの完成度を誇っているという。高宮は丸められている「それ」を緊張した面持ちで開いていく。ぱらぱらと、少女の血液が乾燥したものが零れ落ちる。高宮は今まで、なにかを恐れるということを知らなかった。どれほど体格差のある組手でも、凶器を持った相手にも、その溢れる気炎を滾らせて自分の恐怖心を燃やし尽くしてきた。しかし、その彼の指は小刻みに震えていて、できることならば見たくはないとさえ思っている。明らかに彼は今、その紙切れ一枚に恐れ慄いていた。高宮はそのような軟弱な怯えを無理やりに振り払い、その絵を開いていく。



絵の全貌が明らかになったとき、憤りを通り越し、高宮はこの世の無情さを感じた。







 
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