版権 (A/PHは本田さんの誕生日)
だからそうして繋いでようよ(沖神)
・沖神
ある昼下がり、切れた酢コンブを買いに駄菓子屋まで散歩をしているときだった。
今日もいい天気アルなーと土手沿いを歩いていると、見知った影が目に入る。
真選組の隊士、サド王子、じゃなかった、沖田だ。
また仕事サボって惰眠を貪ってるアルな、税金返せよコノヤロー! あ、ワタシ払ってないや。なんてことはどうでもよくて。
これはあのライバルと呼べるヤツのふてぶてしい顔を踏み潰してやるいい機会なのではないか、そう思えば起こさないように、気配やら興奮して思わず漏れで出そうになる殺気を隠しそろりそろりと近づいた。
頭上まで来た、よしっ………せーのーっ!
「待てィ」
「ぎゃッ!」
降り下ろした脚があと15センチで顔面粉砕!というところに来て、寝ていたはずの沖田の腕ががしっと逆の足を掴み引くものだから、すっかり油断していた体は受け身をとるのに精一杯、背中から強かに落ちた。
「ッたぁっ……!! 何するアルかこの腐れ外道ーーっ!!」
「ぎゃって、色気の欠片もねェな」
「言うに事欠いてそれアルかおぃッ?!」
「黙りなせェ、先に、しかも寝込み襲っといてよく言うぜ」
先程の衝撃でまだ息苦しい。ほんとにぶち殺してやりたいこのドSが……!ここが芝生じゃなかったら今頃、ワタシのか弱い肋が何本かイってるアルよ!
この税金泥棒が!そう言おうと隣を見れば、並ぶようにして倒れた横でやつがあの悪趣味なアイマスクをあげたところだった。
仕返して満足だったのか知らないけど(しかもコッチは未遂だ。)、どことなく満足気な顔が空を眺めていて、その同じ色をした瞳につられて視線をあげてみればゆったりと流れる雲がちらほら。
「オマエにも空を見上げるような風情ある行為ができたアルか」
「バカ言ってんじゃねぇや、空なんて毎日当たり前にあるもんだろーが」
「でも、毎日ちゃんと違うアル」
「……そうかィ」
そう答えた声音からは果たしてそれが疑問なのか納得なのかは読み取れなかったけど、なんとなくさみしい感じがして口を閉じた。
先程の息苦しさももう治まって、このままここに寝っころがり続ける理由はない。むしろこのサドから遠ざかるほうが身のため安全のため精神のためだ。
最後にちらっと隣をうかがえば、やっぱり先程と変わらない瞳で空を眺めていた。
「……そうだな。空は変わらず毎日あるのに、結局は、同じじゃない。変わらないものなんて、なにもない」
ぽつりと呟かれた言葉は、大したものじゃないのに、なぜかどうしようもなく重かった。
重くて重くて、重すぎて涙が出そうなほど胸にのしかかった。また息苦しさがぶり返す。
「……そんなことないネ。変わらないものだってあるヨ。マミィが言ってた。“どんなに時が流れても、変わってしまっても、想いはずっと変わらないのよ“って」
まだマミィが生きてたころ、いろいろな話をしてくれていたころ、いつだかそんなことを言っていた。想い、というものがその頃のワタシにはよくわからなかったけど、いまになればよくわかる。マミィの想いが。散ってしまった家族を想う、その想いが。人はみんなきっと、そういう変わらぬ想いを抱えてる。
「オマエにもそういう“想い“、あるダロ。それは、簡単に変わっちまうアルか? 消えちまうアルか? そうだとしたらオマエ、ただのクズ人間ヨ。サド王子がきいて呆れるネ」
そう吐き捨ててやれば、見つめていた空の色をそのまま切り取ったような瞳が丸く見開かれて、でもすぐにくくっと喉で笑った。
「ガキがいっちょまえに言うじゃねェか」
「たいして変わらないアル」
「……まあ、なんとなく、チャイナの言いたいことわかった気がしやす」
そういって今度は穏やかに笑った男を見て、コイツもたくさん背負ってるな、としみじみしてしまったのはなぜだろう。
いつだって飄々としていて腹黒いことしか考えてないように見えるけど、たまにみせるこういう遠い目に距離を感じる。なんにも難しいことなんて考えてないような顔をして、きっといちばん変化に怯えてるのだ。
それは多分、姉を亡くしたことや、常にそばで隊士が倒れていく、そういう死というものの近くにいるから。
なんだろう、そんなこと考えたらなんだか突然無性に手を握ってやりたくなって、遠くにいってしまう気がして、隣に落ちていた手をいささか乱暴に掴んだら、なんだって目でみられた。ああ、もうその目はちゃんと、ここにいる。
こちらをみてることに変な安心感を得て、自分でもよくわからないけど嬉しくなってしまったから、こうなったらやることはただひとつ。
「さあっ、酢コンブ買いに行くアルヨ!」
「ちょっ……急に立ち上がるなジャジャ馬娘」
「美少女にむかってジャジャ馬とはなにカ!」
「うわ、それギャグのつもりですかィ? って、オイ、なんでオレまでっ……手をはなせ!」
「そんなシケた面してるヤツは酢コンブ食うとリフレッシュするネ!」
「いらねーよ!」
ぶつくさ文句を言いながらもそうして結局歩き出した沖田の手は死なんかから程遠いほど温かくて、このケンカ仲間みたいなよくわからない関係が少しでもヤツの“想い“に繋がればいいのにと思ったのはここだけの秘密だ。