版権 (A/PHは本田さんの誕生日)



X'mas!(キョンハル)


「ねぇ、キョン。あんた、今日がなんの日か知らないわけじゃないわよね?」
「あ? そりゃ……おまえが常識的かつ普遍的な答えを求めてるなら、まあ、クリスマスだろうな」

冬休みだというのに、学校の親切心からか、はたまた純粋な嫌がらせからかはわからないが、というかぶっちゃけるところどっちでもいいのだが、早朝から凍えそうな中あのハイキングコースとなりつつある学校前の坂道を登り、大した意味もなさそうな冬期講習を受けた俺たちはお決まり通りというか、まあSOS団の部室に集まっていた。
しかしここでこれまたお決まりのはずのメイド朝比奈さんは見当たらず、それどころか古泉も長門もいない。団長様によれば、なんでもみんな抜けられない用事が出来てしまったとかで、暇なのは俺とハルヒだけらしい。
いったい宇宙人に未来人、超能力者がそろいもそろって抜けられない用事、なんて何か起きたのだろうか。
こういうときは大抵、よくないことだ。絶対、よくないことだ。よかった試しがない。しかもこの目の前の団長様による、全くの無意識による宇宙規模の問題なのだからほとほと参る。
……明日にでも、古泉あたりに訊いてみよう。
とりあえず今のところは俺には関係ないみたいだし、まさか自分から面倒事に首を突っ込む気なんてハルヒが大人しく1日を過ごす確率の数値ほどもない。いや、少し回りくどかったな。
まあ特になにかすることがあったわけでもない俺は、かといってハルヒをひとり置いて帰るのも気が引けた、というよりは帰してもらえるとは思えなかったため、ひとりオセロに興じようと席についた、ところで冒頭にいたる。

「はあ? あんたばかじゃないのっ、クリスマスは明日よ、あ・し・た! 今日はイブでしょ?」

そんなことはわかってるよ。ちょっと二文字ばかり抜けちまっただけだろ、そうカリカリするなよな。

「何いってんのよ、イブとクリスマスじゃあ大違いよ、天と地の差よ! これだから鈍い男は。あんたこのままじゃほんとにモテないんだからね!」

なんでイブとクリスマスが天と地の差ほども違うんだ、キリストも驚くぞ。
つか俺がモテないなんてことは放っておいてくれ!

「てことで、ほんとはみんなで行きたかったんだけど仕方ないわね。キョン、街へいくわよ!」

……また突拍子もない。
いったいこの寒い中、浮かれた街中へ行ってなにを企もうっていうんだ。

「バカね、浮かれてるからこそよ! こんなイブの雰囲気の中なら、きっと不思議たちも気を弛めてそこらへんをうろついてるに違いないわっ。あとは明日の買い出しよ」

そう、もちろんこのイベント大好きなハルヒがクリスマスなんて一大イベントを放っておくわけがなかった。ありえない。それは去年の闇鍋、もといハルヒ特製鍋パーティーを思い出してみればわかることだろう。
今年も25日、クリスマスの当日はみんなでまた部室を無断でパーティー会場にしてやる算段だ。ああ、言っておくがもちろんすべて、ハルヒの独断だぞ。俺含め他の団員は団長命令に逆らえないから従うだけで、決してこれがいいことだなどとは思っていないことを理解しておいて欲しい。

「なに買ったらいいかしら、ケーキは予約するとして、あ、明日キョンが取りにいくのよ。あとはフォンデュ用のチーズとチョコに、つけるものは適当でいいわよね! それから……」

なんだかいまとっても俺に嬉しくない言葉が聞こえてきた気がしなくもないが、ひとりでぶつぶつと呟きながらさっさと仕度をして出ていったハルヒを追わなければいけず、反抗する機会はすっかり失われてしまった。……いや、どうせ最初からそんなもの用意されてなんていないんだろうが。



もはや見慣れた景色と化した商店街の中心部につく頃には、指先も鼻の頭も耳すら氷の温度になっていて、それなのにいつも以上に人の溢れた状態が俺には信じられんね。
なぜこうも寒い中、わざわざ出掛けてくるんだか。家の中で炬燵にもぐってぬくぬくしているほうがよっぽど楽しい。
ところで寒さに震えてる俺の横では、鼻の頭を赤くしたハルヒが(さしもの団長様も寒いものは寒いらしい。)クリスマスに染まった街のショーウィンドウをみていちいち立ち止まっては何か考えてるふうだった。

「ハルヒよ、おまえはさっきから一体何を考えてるんだ?」

まさかどうやって盗み出せるかとかいう怪盗プランじゃあないだろうな。

「バカなこと言わないでよ。クリスマスプレゼントを考えてるのよ、まさかあんた、忘れたとか言わないわよね?」

クリスマスプレゼント。はて、俺にはあげるべき彼女もいなけりゃ、買う予定もないが。

「こんのっ、ばかあああ! あんたに彼女がいないことなんてみんな知ってるわっ、常識よ! そんなんじゃなくて、今年は部員みんなでプレゼント交換するって言ったでしょう?! どうしてあんたの左脳はそう怠け者なのかしら! 冬眠でもしてるのっ?」

まてまて、俺に彼女がいないことが常識なんて、どんな羞恥プレイだ。モテないことでそんなに有名になれるなんて知らなかったぞ。
冬眠の件についてはできることなら左脳だけじゃなく俺も冬眠してしまいたいね。
……そういえば、なんかそんな話もあった気がするな、プレゼント。記憶の奥にちらっと見え隠れするハルヒの高らかな宣言。

『いいっ? 今年はみんなでプレゼント交換をするのよ! ひとり一つずつ持ち寄って、好きなのを選んでいくの! 誰に当たるかわからないから、男女兼用のものがいいわね。予算は任せるわ。ただし、クリスマスらしくなきゃ死刑だからねっ!』

そうだ、クリスマスパーティーの準備中に、コイツが急に言い出したんだった。
ああ、よかった、左脳もいちおう仕事はしていたらしい。
だいたいクリスマスらしくなきゃ死刑って、クリスマスらしいの意味がわからん。と思ったことを覚えてる。

「クリスマスらしいっていったらクリスマスらしいのよ」

例えばどんなものだ。

「そうね、たとえばマフラーとか手袋、アクセサリーとか、そういうもんじゃないかしら」

……なるほど。なんとなくイメージはわかる気がするぞ。

「大体あんた、妹ちゃんにプレゼントあげないの?」

なぜ俺がやつにクリスマスプレゼントをあげにゃならんのだ。

「薄情な兄ね! 妹にプレゼントをあげるくらいの気づかいは当たり前よっ。決めたわ、今年は妹ちゃんにもプレゼントを買うこと! いいわねっ?」

……決めたわって、おまえが決めてどうする。
だがどうせこいつが言い出したらもう誰も止めることは出来ないのだ。これでまた俺の財布は寒さに凍えることが決定した。なんて不憫、俺。

「ちょっとキョン、あそこのお店いい感じだと思わない? 見に行きましょ!」

そうやって俺に自己憐憫に浸る暇すら与えずに、ハルヒはずんずんと左正面のなにやら小洒落た店に向かってあっという間に吸い込まれていった。
ああ、ほんとにこいつといると疲れる。


店内に入ると内部は惶々と輝く暖かいオレンジの光に包まれていて、何やらアンティーク調のものがセンスよく(俺的に、だから保証はできないが)配置されていた。
大型の書店や喫茶店に紛れた中にぽつんとあるようなこじんまりとした店で、いままでこんなところがあるとは気づかなかったもんだから、女子のかわいいものに対する観察眼には心底感服する。
入り口から最奥まではたいした距離はなく、突き当たりのレジとおぼしき木製の机には品のよさそうな婦人が少々メルヘンチックなワンピースを身に付けて静かに本を読んでいた。……まあ、この店の雰囲気にはぴったりだな。
前方ではハルヒがいろいろ手にとって眺めている。こうやって黙ってると、本来の美少女っぷりが大いに発揮され放課後に友達と買い物に来た普通の、いや、ルックス偏差値だけで言えば全国上位レベルの女子高生なんだがなあ。

「よし、決めたわ。この……ってキョン、何みてるのよ」

いや、おまえがなに見てるのかと思って。

「ばかねっ、プレゼント交換するのに見ちゃったら意味ないじゃないの!」

おお、確かに。わかったら楽しみが三分の二減するな。

「わかったら阿呆ヅラしてないで自分のプレゼントでも選んでなさい!」

へいへい、わかりましたよ、どうせ阿呆ヅラですとも。
とりあえずハルヒの姿を見ないように逆側の棚へ目を向けると、小さな小物やら何やらがきれいに並べられている。どれもそこらの量産店と違ってそれぞれが数個ずつしかない。
小学生の女子って何が欲しいんだ?残念ながら俺にはロリコンの気はないし、妹の部屋に入る機会もそうそうない(向こうが勝手にこっちにくるから必要がない)。どうしたものか……
うーん、と普段考えもしない女子へのプレゼントに頭を悩ませていると、ふと紅い目をしたどっかのお茶会に出てきそうなウサギのキーホルダーが目に入った。親指くらいの大きさのくせに、もってみると銅製なのか予想外に重みがあって、赤褐色の中で唯一光る紅い目が妙に印象に残る。
……妹にはこれでいいか。
値段も手頃だし、小学5年生の女子はたしかこういうものが好きなはず、だよな。
ハルヒももう会計を済ませただろうと思って振り返ると、包装紙もわからないようにするためなのかはわからないが恐らくカバンにプレゼントを仕舞ったのだろう、来たときと変わらない手荷物を肩に掛けたまま向かいの棚を凝視していた。
何をあんなに見つめているんだ。
視線の先を追うと、そこには小さなハートがぶらさがったネックレス。
……まさかハルヒが、あんな“ふつう“にかわいいものを見てるなんてな。
普段の持ち物を見る限り、そこらの女子高生みたいにストラップやらキーホルダー、マスコット類をじゃらじゃらと着け連ねている様子はないし、シンプルな感じだった気がする。
私服に関して言えばセンスはいいと言えるのだろうし、アクセサリー類もたまにつけていた覚えがあるが……ハート。まさかのハート。いかにも女の子です、な象徴。
さすがのハルヒも女子だったと変に認識し直していたら、気配に気づいたのかハルヒが振り返った。

「なによキョン、決まったの?……もしかしてそれ? ちょっと見せなさい」

おいおい、もぎとるなよ、どこにも逃げやしないって。

「ふーん……なかなかかわいいじゃない。小5の女の子ならこんなものよね」

貴重な意見をありがとよ。

「さっさと払ってきなさいよ、まだ買い出し行かなきゃならないんだし。表で待ってるから。早くしなさいよっ」

へいへい。
来たときと同じようにあっという間に外へ吸い込まれていったハルヒの背中を見送って、会計へ向かおうとしたところでふとさきほどのハルヒの横顔を思い出した。随分とまあ真剣に眺めていたような気がするが……あれ、やっぱり欲しいんだろうか。
なんとなくちらっと入り口を見て、ハルヒが見当たらないのを認めると、にび色のネックレスのタグを裏返して値段を確認。お、見た目のわりには手頃な値段だな。
ウサギとこいつを合わせて財布と相談してもまあこれなら……
また、ちらっとハルヒの横顔が脳裏でちらついた。
別に深い意味なんてない、ただなんとなーく、これもレジに持っていこうか、そんな気分になっただけなのだ。


それから店を出ると待ち構えていたハルヒに遅いわよ!と叱咤され(せいぜい待って7分弱だったはずなのだが)、ケーキ屋へ行って典型的なショートケーキを予約した後(もちろん俺の名前でだ。)、そのまま近くのスーパーマーケットへ繰り出すと野菜から果物、お菓子まで、こんなものフォンデュするのかと疑う物たちをカゴにつめて買い上げた。もちろん資金の出所は俺の寂しい財布だ。まあしかしここはハルヒも意外と常識的で、後からちゃんと割り勘で集金してくれるらしい。さすがにこれだけ値段が昇れば罪悪感も湧くんだろうかね。
その後交換用のプレゼントを買ってないことを間一髪で思い出しまたハルヒにどんくさいわね!と叱咤され(数時間前に知ったばかりなんだから多目にみてほしい)、結局適当な服屋に入って無難に白いマフラーを買った。……朝比奈さんが着けたらきっとすごくかわいいんだろうなとか思いながら。
そんなこんなで家路につく頃には8時を回っていて、大荷物を持たされた俺はこの寒いなかどんなに不憫なことだろか。ああ、スーパの袋を握った手がとれそうだ。

「クリスマスイブかあ、なんだかばかっぽいわよね」

なんだ急に。

「だって、あんたは誕生日の前日からこんなにお祝いする? あたしはしないわ」

まあ、確かにな。

「だからイブってばかばかしいなって思ってたの。クリスマスの準備してると、なんだかんだイブも参加してる感じになっちゃうけど、実のところみんなクリスマスよりイブを重視してるような気さえするのよね」

部室でバカにされたとき、俺もおまえはその仲間だと思ったさ。

「そんなわけないでしょっ! いいわ、あたしはクリスマスこそを存分に楽しんでやるんだからっ」

そうだな、おまえのセレクトしたこの具材たちなら、いろんな意味で楽しめそうだ。

「絶対においしいわよ! きっと足りないくらいねっ。明日忘れないで持ってきなさいよ、じゃないと死刑だから!」

……明日の朝もこれもっていかにゃならんのか。やれやれ。

「じゃああたしこっちだから。また明日ね!」

おお、また明日ー……じゃなかった。

「待てハルヒ」
「なによ?」
「これ」

さっきなんとなーく買ってしまったやつを鞄から取り出す。ああ、本当にスーパーの袋が邪魔だな!

「……なに、これ」
「あー……なんだろうな」

ほんとになんなのか、自分でもわからん。
これをレジ(らしき机)に持っていったとき、あの品のよさそうな婦人は、やはりイメージ通り品よく笑いながら『かわいらしい彼女さんね、これ眺めてたからきっと喜ぶわ』とまあベタな勘違いをして、ご丁寧にきれいにラッピングまでしてくれた。やっぱり誰の目からみてもこれを眺めてたということは、気に入ったのだろう。買って間違いではない、と思うが……そうだ、一体なんという名目で渡せばいいんだ?

「……前祝いだ、前祝い」
「なによそれ、変なの。……開けていい?」
「好きにしろよ。好みじゃなくても苦情は受け付けないからな」

好みじゃないはずはないが、万が一のために一応断っておく。何せ相手はあのハルヒだからな。保険はいくらかけてもかけすぎということはない。
心底不思議そうな顔をしたハルヒの白い指が、丁寧にラッピングを解いていって、中から透明なビニールに包まれたネックレスが現れた。

「えっ、これ……さっきの店の……?」
「ああ。おまえ、なんか物欲しそーに見てたから、まあ、妹のついでだ、ついで」

俺の脳内ハルヒは『ついで?!』と怒鳴るか、『うそっ、キョンにしては気がきくじゃない!』の二択を示していたのだが、現実(リアル)ハルヒそのどちらでもなかった。案外真面目な面持ちでこちらを見てくる。
おいおい、なんか変に気恥ずかしくなってきたぞ。

「ほら、イブもそう悪いもんじゃないだろ? ってことを教えて遣ろうと思ってだな」
「……そうね、存外悪くないかもしれないわ」
「そりゃあよかった」

なんだなんだ、気持ち悪いくらいおとなしいな。
まあでも、気に入ったって感じの顏してるから正解だったんだろうよ。

「キョン」

なにやらごそごそと自分の鞄を漁ると、青い包装紙に包まれたものをずいっと渡してきた。
なにかね、これは。

「いいから、開けなさいよ」

言われた通りに開けると(途中、もっと丁寧に開けなさいよ!と叱咤が飛んできた)、中からグレーの暖かそうな手袋が出てきた。
どう反応すべきか。

「プレゼント交換用に買ったんだけど、もらっといてお返しなしっていうのはどうかと思うじゃない?」
「その辺はよくわからんが、まあ、くれるっていうならありがたく頂くよ。しかし交換用のはどうする気だ?」
「明日部活にいく前に買っていくわ。集まるのは午後からだし。あ、せっかくあげたんだから、着けて帰りなさいよ」
「ちょうど誰かさんの大荷物のおかげで、手が死にそうになってたところだ。そうさせてもらうさ」

手袋をつけようとして、ふとこいつはどうなんだと思い、

「そういうおまえはつけないのか?」

言ってしまってから、手袋とネックレスはまた種類が違うだろうと気づいたがいまさらだ。
ハルヒも目を丸くしていたが、手に持っていたそれを数秒眺めるとぴりぴりとテープを剥がして中身を取りだし、袋を丁寧に畳んでコートのポケットに仕舞ってからつけはじめた。
しかしどうにも手が冷たいからか、見えないからか、うまく着かないようで見るに見かねた俺の良心が手助けを申し出てしまったのは仕方ないことだろう。

「ほら、貸してみろ」

ハルヒの背後に回ってつけてやる。……あれ、つかんぞ。このネックレスの金具の小さいこと、かじかんだ手では感覚がつかめなくてうまく引っ掛からん。

「ちょっと、なにや……っきゃ!」

すまん。
ごそごそやっていた拍子に冷えきった手が首筋を触ってしまったらしい。
……おお、やっとついた。

「まったくほんとにトロいわねっ」

こっちだって手が冷たくて感覚鈍いし、ネックレスなんてもんは普段つけないんだから仕方ないだろう。

「ならさっさと手袋はめて鈍い手とついでに頭もなんとかしなさいっ」

頭は余計だ頭は!

「……まあ、でも」

そういって鼻と頬を寒さで赤く染めながら真っ直ぐこちらをみたハルヒは、よく似合っているといえるそのネックレスに軽く触れると、

「ありがと、ね」

花のように笑ったのだった。



2へつづく







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