瓔香短編 | ナノ
短編 (※はNL)
※擬人化注意
(シャープペンと消しゴム)
視界に白いもそもそと動くものがある。
あー、とか、なんでー、とかぼやきながらなんかやってるが、ほんっとーにうざったい。苛々。こっちは必死で主人のレポートをまとめあげてるっていうのに、さっきから邪魔で邪魔で仕方がないんだよ止まれこのやろう。
もう我慢できねぇ!と思って無視しようと試み続けていたもそもそに目線を投げてついでに頭をわし掴んだ。
「おいお前。……さっきからなにもそもそもそもそやってんだいい加減うざったい!」
「わぁっ……黒。えっと、この机の鉛筆汚れ、消そうと思ってたんだけど……」
「はぁ? ……で?なんでこんなに時間が……って、うわ」
しょぼくれた顔して見上げてくる白の肩越しに机を見れば、消しゴムで消したはずの所が滲んで余計に広がってるという惨状。あーあ、またかよ。
「んでお前はいつもいつも逆に汚れんだよ。不器用にも程があるだろ、消すだけだぞ、消すだけ!」
「うう……だってー……」
「だってじゃねえ! 俺はいまレポートで忙しいんだから視界でぶらぶらされると気が散る! 大人しくしてろ!」
「……はい」
そんな子犬みたいな目でみるな!とにかくレポートを仕上げなきゃならない。時計を見ればもう3時。ああ、早くやらなきゃ。
そしてまた黙々と作業に取りかかる。
今回は英語のレポートだから、いつもより頭は使うし時間はかかるし。まあまだ救いなのは、俺はアメリカの工場で作られた外国産だから、簡単な英語くらいならわかるってことだろう。……レポートに使うのは専門用語ばっかりで、大して役に立ってる気がしないわけでもないが。
ああ、ここがこうであれがこうで……と最初のほうこそ快調に再開できたと思っていたものの。しばらくするとなにやらまたあの見慣れたものが視界の端でもそもそ。たまにちらっとこちらをうかがって、またもそもそ。
……っああ!なんなんだ!
「おい!」
「っは、はい!」
「……大人しくしてろ、って言ったよな?」
「……はい」
そんなしょげたってだめだ。さっき注意してからまだ10分と経ってない。
「で? お前は大人しくする、の意味もわからない?」
「……ごめんなさい」
「そんなの明日でもできるだろ。ほっとけよ」
「……でも……」
そういい淀んで言おうかどうか迷ったふうな間を空けながら、やがて思い切ったように此方をみた。
「オレ、消しゴムで、消すの仕事だし、きれいにするの好きだし。それに……ご主人さまが帰ってきたとき、きれいな状態でお迎えしたいから…… 」
あああああなんなんだその忠犬ぶりは!心臓に悪いんだよばかやろう!
ほんとに子犬の目としか思えない瞳が、白い前髪の間から覗いてこちらを見つめてる。
なんだよ、なんか俺が悪いことした気分になってくるじゃないか!断っておくが知っての通り俺はなにもしてないからな!……いや、したけどあれは正当な注意であり迷惑行為へのクレームであり決して悪いことなんかじゃない!
とにかくこのまま掃除され続けても俺の作業ははかどらないし……かといってこれ以上子犬をいじめるような鬼蓄でも俺はないのだ。
あー結局こうなるのかよほんと勘弁してくれ。
「ちっ……わかったよ、わかったから貸せ! お前にやらせてたら夜が明ける!」
「わわ……」
こういうのはみんな経験したことがあるはずだ。消しゴムが黒くなった状態でさらに消すと何故か相乗効果が働き余計滲んで消しゴムの意味ねぇじゃんかよ!と思うことが。
けどそういうときは苛々して焦ったらダメだ。
まずはどこか何も汚れていないところで消しゴムを使う。そんで黒くなった部分を消しカスにして白く戻したら、作業再開。対象の場所になるべく角から入るように、力を込めすぎずこまめに動かしていけば……ほら。
「おー! 黒すごい!きれいだー!」
しょぼくれていた瞳を今度はきらっきらさせて喜んでいるからほんとに単純だ。
「ったく……お前消しゴムなんだから、もっと自分のことくらいちゃんとわかってろよ」
「うん、そうだよね。ごめんなさい。……これじゃ、オレよりも黒のほうがオレのことわかってるね。なんか恥ずかしいや」
恥ずかしいのはこっちだ!なんてこと言いやがるこの天然め……
恥ずかしそうに眉根を下げてへらっと笑った阿呆にため息が漏れそうになったが、多分、いや絶対だけど、白の言った通りなんだろうと思う。
いつもどんくさい白の傍らにいると、いつの間にかこうして手をかすハメになって(まったく不本意だけどな! )、そんで要らない情報がどんどん貯まっていくわけだから。
「ほんとにお前どんくさい……礼寄越せよ、礼 」
「お礼?」
「レポート放って手伝ってやったんだからそれくらい当たり前だろ」
「あっ、そっか! レポート!」
「……もう忘れてやがる」
こいつと話してると呆れと言う字で頭が埋まりそうになるが、まだこっちはレポートが残ってるんだからそんなのは御免被りたい。
これ以上おかしなことを言われて調子が狂う前に、己の脳内を保守すべく白の頭を引き寄せて口を塞いでやった。
驚きで見開いた目が視界いっぱいに見えたが、すぐにゆるゆると閉じられていったのになんだか満足感を得てそんな自分に嫌気がさしつつ、Tシャツの胸元を弛く握ってくる手をかわいいとか思ったりしてしまったことでほとほと呆れてこちらも目を閉じた。
あとは流れに身を任せるとする。
レポートは後でこいつにも手伝わせよう。
……どうせまた、ドジばっかり踏むんだろうけど。