瓔香短編 | ナノ


短編 (※はNL)






暑い。うだるような暑さ、とはこういうことを言うのか、それともこれはすでにそんなもの越えてしまっているのか。恐らくは後者だろう。
なぜそう言えるのかって?そりゃお前、このバカみたいに肌と仲良しなぐしょ濡れのワイシャツに、これまたどっかのバカップルのようにひっつき合ったスラックスと脚やら下着やらが訴えかけてくるんだから、わかりたくなくてもわかるんだよ。
窓もカーテンも全開の教室は、耳が狂いそうなほどの蝉のオーケストラと一緒に、悪意を持ってるとしか思えない強烈な日光を全力で受け入れていた。迷惑な話だ。
そんな気の狂う空間に、もう学校も終わったというのに居座り続ける俺たちはなんと呼んでやろう。
馬鹿とか阿呆とか、そんなんじゃ足りないだろうが………だめだ、適切な表現が見つからなかったので放棄。脳が沸騰する。
ポタ、と耳元で音がして、よもや本当に脳が耳から溶け出したのではあるまいかと机にへばって張り付いていた顔を動かすと、髪から滴った汗で出来た小さな水溜まり。
なんてこった、このままじゃ脱水症状になっちまうぜ。

「あーつーいー……」

すぐ正面から唸る声がして目線だけ投げれば、俺と向かい合うように前の席に腰掛けて同じ机にへばりついている頭部が見えた。

「やける……溶ける……」

呟かれた言葉に同感だ。
なんてったって、このクソ暑い中で俺たちが陣取っているのは一番窓側の、それはそれは日差しのいい席。
ほんと、どうかしてる。

「あーつーいー…」

「んなこたわかってんだよ……余計暑くなるから黙れ」

「んだよ……自分だってあつっくるしい見た目してるくせに」

「喧嘩売ってんのかてめぇ。見た目関係ねぇだろ」

「こんな死にそうに暑い中で喧嘩したいなんて、相当狂ってるなぁ」

「……ボコす」

コイツは口を開けば人をイラつかせることしか言えねえクソだが、いまその効果は普段の5割増くらいな気がする。
手近にあったヤツの腕を掴んで引き倒してやりたい。が、余計な動きをとって更に暑さを増すような愚行はしないのが俺だ。……まあ、掴みはしたがな。
暑さやらさっきの応酬やらで溜まった苛立ちをすべて込めて全力で握ってやれば、ガタン、とヤツの脚が跳ねて机が鳴った。

「いいい痛い! ばか!」

かばりと上体を起こした気配がしたので、こっちもつられて起きる。
ついでに腕を放してやれば、ぶつくさと文句を垂れながら腕をさすり始めた。

「なんてことしてくれるんだよ、暴力反対」

「ハ、てめぇが悪い」

「水!」

なんの脈略もなく突然放られた言葉に本気でいらっとしたが、痛かったんだからこれくらい当たり前だと言わんばかりの目を向けられて仕方なく側にあったペットボトルをとり、そのもうぬるま湯と化した液体を煽るともちろん自分で飲めなんて野暮なことは言わなずにやつの襟首をわし掴んでキスを噛ましてやる。

「ふっ……ン、ん……」

口内にあった水はすぐに尽きたが、足りないとでも言うようにがっついてくる舌に応えてやると滴ってきた汗も一緒に含んでしまった。少し塩辛い。
そのままなし崩しのようなキスが終わる頃にはお互いの舌の熱さは更に悪化していて、もうこのまま暑さと酸欠で倒れるのではないかと錯覚。

目的は達成された。既にスイッチはON状態、フル稼働。

口を開けば罵り合いしかしねぇような俺たちも暑さに参って脳ミソぐらつかせてやれば、こうして狂ってるとしか思えない行動にも出るのさ。

「帰るぞ。お前んちな」

「アイスは出さないよ」

「いらねぇよ、クーラーの効いた部屋とベッド、寄越せ」

「部屋汚したらコロス」

「まあそれは、てめぇ次第だ」

せいぜい汚さねえように堪えるんだな。


家に着いたらクーラーは最低気温でガンガンに。
この沸いた脳ミソが落ち着く頃には今度は身体が沸いてんだろうさ。バカみたいにセックスに明け暮れて、そんで眠ってまた明日。


まあこれはいつものコース、そうと決まればこんな蒸しカゴには用はない。
スイッチの御役お疲れ様、爽やかに扉を開けたなら、阿呆ヅラの教室にグッド・バイ。













もう夏ですね。私はいつでも夏だけど(笑)
名前も明かされず終われる短編の素晴らしさ!