瓔香短編 | ナノ


短編 (※はNL)






今夜も又、此処に?
華美な装束を重ねた女は、か細い腕を私の頬へと伸ばしながら私に尋ねた。そうだね、と私は答えた。彼女は微笑むだけだった。別に流された訳では無く、其れは私達の間だけの、花料に宿代を上乗せする客と妓との暗黙の了解を示していて、しかし其の事実を知る人間は存在する必要は無い。
兎にも角にも、私達の今宵の予定は既に決まったのだ。伸ばされた手首を掴むと指が周り切り、余る程。嗚呼、おまえ、此のままでは折れてしまうよ、と言えば、じゃあ此処から連れ出して下さる?と又微笑む。随分真実味を帯びた声音だ、然し其の笑みは先程より幾分歪んでいる。
そりゃあ、おまえ、当たり前だ。腕を折らない様引き寄せて口許で囁いて遣れば、後は何時もの如く愉悦と闇の間に沈むだけであった。



鳥の鳴き声で目覚める等何と久しぶりな事だろうか、朝が来れば又、一夜の夢も明けて往く。気怠い雰囲気は、昨夜の名残を漂わせ好む所であるが、結局は侘しさ如か残さない。
自分に着物を後ろから着付ける女を鏡越しに眺めながら、じゃあ此処から連れ出して下さる?、昨夜の遣り取りを思い出し、又私達は惰性を繰り返すのだ。
迎えに来るから、あら嫌だ嬉しいでも無理よ、料なら十分揃えたと言っている、ではそうね迎えに来て頂戴、其れなら此の儘一緒に帰ろう、駄目よ未だ支度が済まないのまた今夜。






嗚呼おまえ其いつはもう此れで、






八十八夜。