瓔香短編 | ナノ


短編 (※はNL)






 
ミーン―…ミーン―…ジジッ……

蝉がうるさく鳴きはじめる季節になった。 いつもの場所になっている屋上でお昼を取り、バカな暑さで結露した紙パックのストローをくわえる。今日は果汁100%オレンジ。





「なーなー」
「んだよ」
「ちょこっと提案なんだケドね」
「んー」
「……ちゅー、してみない?」
「ッぶフっ!!」

青すぎる空が憎いぜちくしょう、と空を仰ぎ見ていたら、高校に入ってからなにかと一緒にいる親友的な男の突然すぎる一言に思わずすすっていたジュースを吹き出した。豪快に。

「汚ーい」
「な、なんだよお前、急にっ」
「えー、なんとなく? いまオレフリーだしぃ、けど何もナシじゃつまんないしぃ」
「そ、んなの、お前顔だけはイイんだからいくらでも相手いんだろうが」
「だけって失礼だなぁ」

そういって傷ついた素振りもなく軽やかに笑ったその男は言葉の通り見た目がいい。緩くうねった短かめの茶髪に大きいが垂れ気味の目。170後半はある身長のおかげでちょっと洒落た店なんかで女性にひそひそ言われるギャルソンみたいな雰囲気だ。身長は同じくらいでも黒髪な上一般に冷たそうだと呼ばれる容貌をしている俺とは正反対で、そして見た目の通り、いろいろな意味でユルいのが救えない。

「脳ミソ腐ったかこの阿呆」
「あはは、ひどいひどいっ。 てかいまさらじゃねぇ?」
「自分で言うか。そうだ、そうだったな、いまさらだった」
「いやいや、違うって。ちゅーの話ぃ」
「まだ引っぱるのかっ!」

空の紙パックを握り潰しながらそう突っ込んだのは自然だろう。大体にして、こいつが何を考えているかなんて普段からさっぱりだが、それでも今よりは予想できる範囲だったと記憶している。それがなんだ突然。宇宙人ですかコノヤロー。ちゅーってなんだよちゅーって。野郎同士でなに馬鹿なことを抜かすこの阿呆は。

「だってオレら、ジュースとかアイスとか飲み回し食い回しするし」
「それは間接的だろうが」
「けど結局一緒じゃ〜ん?」
「違ぇって。てかそんなの普通だろ」
「え〜なにが違うんだよ〜」
「………わかった、陳腐なことを言うが笑わないでよぉぉぉっく聞けよ? いいか、そもそもちゅーってのはなぁ―――…、」

……あああああ穴があったら入りたい!どこの健全な男子高校生が、こんな陳腐な台詞を吐くと言うのか! まさか自分が人生の中でこんなことを口にする日が来るとは思っても見なかったある意味貴重な体験かそうなのか?!暴走し出した頭の中で、思いがけず呟くような小さな声になってしまった自分の台詞が反響する。
――…ちゅーってのはなぁ、恋人同士がするもんなんだよ。
あまりの恥ずかしさにむすっとして眼下のグラウンドへと視線を泳がせれば、隣で笑んだ気配がして、やっぱり言わなきゃよかったと激しく後悔した。

「うわー、ほんっと陳腐〜っ!」
「ッせぇな! だからそう言ったろうがっ」
「や、そうだけど、はは! いいねたっちゃん、かぁわいいっ」
「〜ッ、黙れ!」

調子にのってカラカラと笑いながら肩に腕を回してきたヤツの顔の近さに慌てて、動揺丸出し。それをまたかわいいとかなんとか言われて腹が立ってきた。男にかわいいってなんだよ馬鹿野郎。

「それにさ、たっちゃん。 それだっていまさらっしょ」
「は?……どういう意味だよ」
「だってオレら、その辺の恋人がやってること網羅してるも〜ん」
「……は?」

思わず間抜けに吐き出した俺に、肩を引き寄せる腕とは反対のほうの手でなにやら指折り数えだす阿呆。 
膝枕でしょー、休日デートに放課後デートぉ、モーニングコール、グッナイコール、泊まりにお弁当作り!
挙げられた内容に目眩がしそうになった。 何せ確かに俺らはそれを網羅していて、考え方によってはそうとれなくもない。が、しかし、膝枕はあいつが勝手に転がってきて寝てしまっただけで、デートは普通に遊びにいっただけ。もーにんぐだかぐっないなんちゃらなんてそんなものたまたま電話してた時間がそれに当てはまっただけであ り、泊まりに至ってはゲームで貫徹しただけだ。……弁当は、まあ、独り暮らしの俺の面倒癖とやつの料理好きがたまたま一致して確かに作ってもらってるが、結局それだけ。何も、何もやましいことはない。 

「全部、普通の友達だってやることだろ!」 
「え〜、そうかぁ? じゃあ、友達と恋人の境界線なんてずいぶんと曖昧でもろいものだねぇ」 
「………」

言葉が出ない。そう、まさに、そう思っていたところだった。こうして言われてみれば、俺たちの行ってきたどれもが、その辺の恋人たちのやっていることと何ら変わりのないように思えて、もちろんそこに介在する感情や空気はまるっきり違うんだろうが、それでも客観的に見たらきっとそういう目でも見れるのだろう。
けど、……いけない。ここでそれを認めてしまったら、きっと取り返しのつかないことになる。なぜだかそんな気がした。

「……気持ちの問題だろ」
「っぷ、たっちゃん意外と純情〜!」
「お前みたいにユルくないだけマシだっつの」
「え〜、オレ意外にセイジツよ?」

横からズイっと乗り出して覗きこんでくる顔にドキっとした。口振りは全然誠実から遠いし、合わさった目はいつものように笑ってるのに、どこか真剣に思えるのはなぜだろう。
妙に自分が流されている気がする。まずいまずいまずい。

「お前ほど不誠実なやつはいねぇよ」
「そーなの? オレこれでも彼女作ったら一筋よ?」
「……高校入ってからいたことないくせに」
「あはは、まあその通りなんだけどねぇ」

そう、知っていた。俺は知っているのだ。この色々ユルい不誠実そうな男が意外と一筋なことも、そして、高校に入ってから1年と半分、言い寄ってくる女の数に反して一度も彼女を作っていないことも。噂では、中学の頃はころころ彼女が変わっていたらしい。
それでも、特定の人間と付き合ってる間は、浮気 も悪い噂もなかったようで、そういう面では誠実 だったと言えるのだろう。

だから。だから俺はこんなにも焦っているのか。 誠実な
はずのやつから、こんなに軽い発言が出てきたから。―――冗談で済まされなくなりそうだから。

「……彼女、作ればいいだろ」

なぜか唸るように出てきた言葉に、フっと何ともいえないような笑みを浮かべて間近にあった顔が離れていく。同時に肩も開放されて、触れられていたところがいやに涼しく感じられた。相手を見遣れば、柵にもたれるように頬杖をついて、どこか思 案しているようにグランドを見つめている。

「そうしようかなぁとも思ったんだけどねぇ」 
「………」 
「なんでかなぁ。恋愛してるより、おまえの隣のほうが、居心地がよくなっちゃったんだよ」 
「……なんだよ、それ」 
「なんだろうねぇ」

オレにもわかんないやぁ、と間の抜けた笑いをこぼして、また視線がこちらに戻ってきた。そして突然強く腕を引かれ、反応できず一気に詰まる距離。拳一つ分もない位置で絡まる視線。

「…たっちゃんも、そうなんじゃないの?」 
「な、にを……」 
「知ってるよ。結構告白されてる。モテないわけじゃないよな」 
「………」

反論できない。心臓の音がうるさくて言葉が見つからない。
確かにその通りだった。高校に入ってから一年半、何人かの女子に告白さていて、でもそのどれも付き合う気にはなれず――俺の性格からして昔なら適当に可愛ければ付き合っていただろう、それをコイツも知っている――、……そうして、戻ってきていた。いつもの位置に。この男の隣に。

「……ただ、付き合う気にならなかっただけだ」

嘘はついていない。丸っきり真実かといえば、そうでもないだけで。

「……そう。じゃあ、なんで?」
「……っ」

探るような目に、言葉にいらいらする。誤魔化せない。でも、自分にだってわからない。

「…………」
「…………」

合ったままの視線が痛くて、放せよ、と呟いて腕に視線を下ろした。ぎゅっと、握っていた力が強くなる。
 言い訳なんて腐るほどあった。顔が好きじゃなかった、とか、性格が合わなそうだったからとか。でも、どれも出てこない。口にできない。

「なぁ、竜樹」
「〜〜っ、うるせぇ!!」

そんな自分と、訳のわからないことばかりを言う相手にイライラが限界を迎えて掴まれた腕を大きく振り払った。

「………」
「お前、何なんだよっ、冗談にしちゃタチ悪ぃぞ!」

感情に任せて声を荒げる。駄目だ、これ以上何か言われたら、俺は、
 
「冗談じゃないって言ったら?」
「っ……」
「そうすれば満足するの?」
「そ、なの、わかんっ」

開けたばかりの距離が、ゼロになった。突然腕を引かれて何が起こったか認識する頃には口唇の温かさも感じとれていて、まさにキスされているのだと気づいた瞬間の驚き。

「……な、に……」
「…うばっちゃった〜」

ゆっくりと離れていった温度に問い掛けることしかできない。返ってきたのはなんとも間抜けな台詞で、なんだか一気に脱力してしまう。

「……おまえ…」
「怒った? 」

茶化したように、しかしその奥に確実に潜んでいる欲にかち合って口唇が疼いた。もう、逃げられない、そんなわけのわからない確信のようなものを抱いて。

「…べつに。」

さっきまで怒っていたのに、と思って、しかしすぐに違うと気づく。そうだ、俺は怒っていたんじゃない。―――焦っていたのだ。
このぬるま湯のような心地いい関係が、空間が、場所が壊れてしまうのではないかと無性に焦っていた。
けれど、もう、なんだかもうそんな自分がばからしくて笑える。

「え、なに? 怒ってないっていうか壊れた…?」
「失礼なことばっか言ってっとはっ倒すぞ」

そう、答えなんて出てるじゃないか。
もうこの紙パックを握りつぶした瞬間から、この変人がおかしなことを言い出した瞬間から。

「祐斗」
「な、――っ」

疑うような目つきでこちらをみていた男に許容の意を示すべく胸ぐらを掴んで口唇をふさぐ。
目の前に先ほどの俺はこんな顔をしていたのだろうという随分間抜けな表情がみえて、しかし目が合った途端理解したとでもいうように笑みを形作ったそれにいらっとした――同時になんだかときめいたような気がするのは気のせいだと思いたい――ため、軽く噛み付いてやった。

「いっ――、もう、なんなんだよ。照れたからって噛みつかないで」
「誰が照れるかばあああか。――どうだよ、感想は」

へらへらと笑う男に、そもそもの目的達成の感想をきいてみる。
一瞬目を見開いたあとゆっくりと伸ばされた手が俺の頬に触れて、無駄にいい顔を存分に活用した子憎たらしい笑みでこういうのだ。

「大好き、たっちゃん」

そのいまさらな告白に、

「……答えになってねぇよ」

今度こそ確実にときめいてしまったことを隠すべくぶっきらぼうにつぶやいたことなど、きっとこいつには見透かされてしまっているのだろう。



握りつぶされた紙パックが、そんな俺らを笑ってる気がした。


END


やっと終わった…!!
ちょこちょこちょこちょこと書き続けていたら、たったこれだけの文章量に半年以上かけてしまってた……
版権のハルヒのやつはこの倍の量で二日くらいしかかけなかったのに、思いつくときとつかないときの差って怖い……
そしてなんだか仏英くさいこのふたり。