瓔香短編 | ナノ


短編 (※はNL)






コンビニで学ランを着た彼と出会った。夏の暑さと店内の温度のギャップに縮こまる体をさらに絞るかのような衝撃。
もう私たちはとっくに卒業したのに、全くあの頃と同じ格好をした彼がそこにいる。学ランに薄い色素の髪、首から下げた格子柄のヘッドフォンも、白くて長い指も、ピンクの派手なストラップも。何もかもが夢みたいにそのまますぎて、私は数歩後ずさった。カタン、と背後でぶつかった雑誌コーナーの本立てが音をたてる。
彼が飲料コーナーからペットボトルを取り出した態勢のまま、不思議なものを見る目でこちらを見ている。
やめて。どうしてそんな目でみるの。
逃げ出したい衝動に駆られて弁当コーナーの隅へと身を寄せた。このまま何事もなかったかのように会計を済ませて帰ってくれればいい。
しかしふと、違和感を感じる。弁当コーナーとレジによって出来ているはずの隅に突然、奥行きを感じたのだ。
驚いて顔を上げるとその隙間にはいるはずのない彼がいて、あまりの近さにおもしろいくらい動揺した。その距離に香る、懐かしくそしてよく知る彼の香りに涙が出そうだった。
視線に囚われる。逃げられない。私は堪えきれない衝動に任せて思い切り抱きついた。
上から微かに笑う気配がして、顔をあげると顎をすくわれる。鼻と鼻が触れそうな距離で、あの頃のまま、彼は美しく微笑んでいた。キスがしたい。もう衝動に逆らうことなんて出来ず、すべてを押し付けるようにキスをした。眦から涙がこぼれる感覚とともに、そっと離れる。目を開けると、しかしそこには、どうしたことだろう彼も溝もなくなっていて、私はただ壁に向かって立っているだけだった。

私は夢でも見ていたか、狐につまれたか、頭がどうかしていたのかもしれないと、何故かいやに冷静に弁当の棚へと向き直った。冷静というよりは、絶望に近かったのかもしれない。
買う予定だった弁当は、もう私の胃が受け入れる気配を感じられなくて、その横のサラダに手を延ばした。
冷房に合わせて棚から漏れる冷気の中に立つ身体が突然、温かいものに包まれる。同時に香ったあの知り過ぎた香り。後ろを振り返る必要なんてなかった。
私は泣きたくなった。未だに私は白昼夢の中にでもいるというのか。
それでも彼を拒絶なんてできるわけもなく、そっと体重を後ろの身体へともたせる。抱きしめられながら、彼の口唇が私の頭頂に触れるのが感ぜられた。このまま時が止まってしまえばいいのに。涙を流したくなくて、目を閉じる。もう一度目を開けたときには、またもや彼の温度は消えていた。

驚き焦ってあたりを見渡すと、彼がすぐ後ろのレジに並んで会計をしている。もう色々なことに頭がついていかなくて、ただひとつだけわかるこの死にそうな懐かしさと恋しさが私を支配していた。なにを考えることもなく、今度は私がその後ろ姿に抱きつく。回したうでに、彼の手が添えられたのがわかって、背中に顔を埋めた。

ありえる筈のない学ランの黒が、私の視界を閉ざした。

目を閉じたら、終わりなのに。

















目が覚めると、そこはコンビニでもましてや彼のそばでもなくて、見慣れた部屋の天井だった。
眦から伝っている温かいものは、涙だろう。

大学へ行く準備をすすめる。そう、これが現実だ。
あの頃の彼はもういる筈なんてなくて、私の後悔も晴らされることはない。もう、彼のことなんて忘れたと思っていたのに、自嘲にまた泣けそうだ。

ただの友達だった彼は、きっといまでも笑顔で友達だと言ってくれるだろう。
過去に一度だけ、過ちとして交わしたキスもなかったことにして。

もう卒業から2年になるというのに。
いまだにあなたを夢みる私を、どうか嗤って。