窮屈な世界
room
※浮気ネタ注意。
「……また"彼女"、連れ込んだのか」
学校から帰宅し、二人共同の部屋に入るとそこには布団が一式敷かれていて、柊が上半身を剥き出したまま大の字に寝そべっていた。脇に口が縛られた使用済のコンドームが放られている。丸まったティッシュもいくつか転がっていて、明らかに今までヤってました、と主張する情景だ。ついでに空気はシャネルの香水。
「あぁ、お帰り。…まァ、な。」
さっき別れたけど、と俺の問い掛けに微睡んでいた目を開けて挨拶をしてから、さして残念でもなさそうに柊は言った。
ここ最近何時もそうだ。部屋に"彼女"を連れ込んでセックスして、そうしてフラれる。当たり前だろう、ヤるために付き合ってるこの男は、きっと"彼女"たちへの労りなんて持ち合わせて無い。ましてピロートークなど反吐が出る、くらいに言いそうだ。そんな男に女たちが何時までも付き合う訳がない。
「…今日はなんて言ってフラれたんだよ」
まったく、と隣に座り込みいいながら俺もこんな事は日常として慣れてしまったのだから救いようがなく、いまさら別段驚く事でも無い。
とりあえずこの使用済をきちんとゴミ箱へ放り込むくらいはして欲しいのだが。
「ンー、『お前フェラ下手だな』って言ったら、キレた」
……お前ね、馬鹿だろ。
「別にほんとの事言っただけだし」
「普通"彼女"にはいわねぇよ、そういうの」
「……女ってめんどくせー」
桜だったら言っても怒ンねぇのに。
伸ばされた手は俺の肩を掴んで引き寄せる。
お前、それ俺だけだから、通用するの。ていうか俺下手じゃないからな。
特に抵抗もしない俺の言葉はそのままキスと一緒に飲み込まれた。
薄く開いた口唇の間から入り込んで、歯列をなぞり上顎を舐め上げ舌を吸い、咥内を動き回る柊を好きにさせながらたまにその動きに応えつつ、首の後ろを固定する様に回された右手に対抗して、こちらも両腕を奴の首に絡めて引き寄せてやる。
唇を噛んだり舐めたり、かと思うとまた息も奪う様な深い口づけを繰り返して幾分満足したのか、ちゅっと軽いリップ音をたてながら口唇が離れていった。
はっ、と少し上がった息を整える俺の目をまだ腕を絡ませたままの至近距離で見詰めながら悪戯に笑って、
「やっぱ、桜がいいな」
そう兄上は宣った。
じゃあなんで彼女作るんだよ、自分でも些か拗ねた口調に聞こえなくもない訊き方をすると、ンー、と少し考えて、急に俺を引き寄せるとそのまま軽く抱きしめる。
「なん、」
「なんか、みんな女の子とヤった話とかしてて、オレも経験積んどいた方がいいかもなー、みたいな」
……阿呆だ。突然抱きしめて俺の言葉をも遮り述べた理由が、こんなクダラナイ。もっと、『一時の気の迷いだったんだ、』とか『俺がどうかしてたんだ、』みたいにしおらしく有り体な理由だろ普通。……まあ、本当にコイツがそんな事を言い出した暁には、俺は逆にびっくりして心配すらしそうだけど。
「……まあ、そんな事だろうと思ったよ……」
呆れた俺の声音に、エーと良いながら首筋に吸い付いてくる男の口唇はそのまま鎖骨までたどり着いて、擽ったい、そう感じた途端にそこをキツく吸い上げられた。
「……ッ!!」
突然の痛みに声にならない声を上げてついでに元凶の背中をぱしりと叩くと、跡を付けて満足したのか顔が上がる。
「まァ、桜に妬いてもらいたかったのもあンだけど」
「っ……」
そういってニヤっと笑ったコイツはほんとにタチが悪い。
俺だって別に、柊が彼女を作ろうが文句を言うつもりはない。本気じゃないことなんて判り切ってるし、俺も女みたいにそういうのをグチグチ気にすりタイプでもない。もちろん、好きな奴が他の人間を抱いていい気はしないけど…重たくなりたくないし。
そのまままた胸元に顔を埋め片手で器用にボタンを外しながらキスを降らせていく柊の髪に指を挟みながら耳元に口を寄せて、素直に妬いたなんて恥ずかしくて言えないけど、一言くらい言ってやってもいいかもしれない。
これからは、
「……俺だけ見てろよ」
囁きに一瞬動きを止めた柊が、だが次の瞬間にはククっと喉を鳴らして愉快そうに笑い、俺の肩を押して布団へと押し倒した。視界が反転して天井と、不敵に笑う柊。
「やっぱ、オマエじゃなきゃダメみたいだわ、オレ」
「……今更」
ばかだな、と鼻で笑った俺の腹の上に跨がり唇を赤い舌で舐め上げながら見下ろす奴は心底楽しそうで、その姿に欲情した俺はその首を引っ掴んで引き寄せる。
鼻の触れ合いそうな近距離で見つめ合って、ふたりしてクスクスと笑った。
「女抱いても勃つけど、かわいいって思ったり興奮したりはしなかったんだよなァ」
オマエだとこんな欲情すんだけど、とこちらの心臓に悪いことをさらっと言ってしまうコイツは、だからこそ女にフラれる割にはすぐ彼女が出来るのだろう。
まあ結局柊が誰に興味を示そうとも、最後は自分の元に帰ってくる。絶対に。自惚れではなく自信だ。俺達の間に強く根付いているのは、他の人には無い生まれる前からの絆。俺にはコイツしかいないし、コイツにも俺だけしかいない。
突拍子のない片割れの台詞で恥ずかしさに顔が赤くなるのがわかって、バレてしまう前にその口唇に食らい付き甘い甘い続きをねだることにした。
脇には使用済コンドーム。空気には女の香水。俺達だけの閉鎖空間だ、そんな中でまあ戯れに耽るのも、悪くない。
end
(愛してンぜ)
(……お前、恥ずかしい…)
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