こことは違う、どこか遠くの世界にて

 そこは、一面が白い世界でした。
 比喩などではなく、本当に白いのです。空も、地も、建物も、なにもかも。その世界には、その純粋な白と影の黒しかありません。どこまでも白い街が続いています。
 そこに、一人の子どもがいました。子どもの着ている服もこれまた真っ白でした。靴も白色です。
その子の髪は限りなく白に近いブロンズです。こう見ると白にしか見えません。肌も抜けるように白い肌。もちろんこれは先程とは違い比喩なのであって、少しは肌色をしております。ただ、目だけははっきりとしたブルーでした。ビー玉のように光を反射する、透き通ったブルー。
 子どもはとてとてと歩いていましたが、不意にその足を止めました。
 子どもの視線の先に、一人の男がいました。男は道端に立って、壁にペンキを塗っていました。もっと細かく言うと、男は白い壁に、白いバケツになみなみと入っている白いペンキを、白い柄の刷毛で塗っていました。なにしろこの世界の全てのものは白いのですから。
 子どもは男をじっと見つめていました。男は子どもに気付きました。
「おや、珍しい。人間だ。俺は生きている人間を久しぶりに見たなぁ」
 彼の手はペンキで汚れていました。いえ、言い換えましょう。美しく清らかに白くなっていました。彼の手は白いペンキによって、清潔だと錯覚するほど真っ白に汚れていたのです。
「君はどこから来た? いや、遠くからとしか言えないだろうなぁ。この辺に地名はない。それどころか、今まで俺の行ったことのある場所全てに地名が存在しなかった……」
 男は喋っています。子どもは黙っています。男は子どもに構わずとうとうと話し続けます。
「君はこの世界はおかしいと思わないか? この世界には白しかない……俺が物心ついた頃からそうなんだ。何もかもが白だ。そんなのおかしい。そう言ったら周りの奴らには頭がおかしいと言われたが、俺は自分がおかしいとは思わない! こんな世界は嫌だ! だからペンキを塗る! 白をペンキで無理矢理塗り潰すんだ。上書きするんだよ。けれど、この世界には白いものしか存在しないから、白以外のペンキも無い……白以外のペンキはどうやらこの世界には無いらしいんだ。でもどこかにきっとあると思う。しかし見つからない。しょうがないから白いペンキで壁を塗っているんだ。あぁ、塗らなければ! この建物の壁の、まだ三分の一も塗り終わっていない……」
 そこまで言うと彼はまたペンキを塗り始めました。ぺたぺたと壁にペンキを塗りたくっています。でも、色はいつまで経っても変わることのない白です。永遠に白なのです。
 子どもはしばらく同じ場所に立っていましたが、男は壁にペンキを塗るだけで、もう何も話しませんでした。
 子どもは歩き出しました。とてとてと道をまっすぐ歩いてゆきます。どんどん歩いていって、男が見えないくらい遠くに歩いて、そしてふと気が付きました。子どもは自分の手をじっと見つめていました。その手は、他のどれとも違って奇麗な肌色とピンク色をしていました。子どもはそれを見てこう思ったのです。

このせかいはぜんぶいろがしろいはずなのに
 どうしてぼくのてはしろじゃないんだろう?

 子どもは首を傾げて考えました。自分の手が白くない理由を。
 実は、手以外のその子の肌、つまり顔や首などもちゃんと肌色だったのですが、何しろこの世界のものは全てが白いので、この世界の鏡は何も映すことができなくて、子どもは自分の顔を見たことが無かったのです。この世界の鏡は常に真っ白で、何かを映し出すことに非常に適していないものですから。そのため、子どもは自分の目が青いことももちろん知りませんでした。
 子どもはしばらく立ち止まって考えていましたが、肌が白くない理由は分かりませんでした。しょうがないので考えることをやめて、歩き出しました。子どもは白の彼方に小さくなって消えました。

 男は今もどこかでペンキを塗り続けております。




〈あとがき〉

 前回は、作品は載せましたがあとがきは書きませんでした。今回は書きます。
 ファンタジー色が強めの作品となりました。これからもファンタジーを書き続けるつもりです。好きなのです。恋愛ものは、難しくて書けそうもございません。いつかホラーを書くかもしれません。
また次の作品も読んでいただければ幸いです。ここまで読んでくださり、有難う御座いました。