大切なモノ
後編
あれから急いで宇賀谷家に戻り、先代玉依姫であるババ様に事情を話した。
部屋で布団に横たわる珠紀を囲み、守護者・ババ様・美鶴がこの場に揃っている。
「珠紀の力の発動は、ここまで伝わって来ました」
「珠紀様・・・」
無表情の静紀とは別に、心配そうな顔をした美鶴が珠紀を見つめる。
「これで玉依の血を引く者は、私と美鶴だけになってしまったということね」
「っ!なんだよそれっ!!」
「黙りなさい真弘」
静紀の発言に憤怒した真弘を、静紀は容易く黙らせる。
「おそらく珠紀は、全ての力をあなた方に授けたのでしょう」
「全ての・・・力?」
「えぇ、言葉通りの全て。つまり命よ」
「なっ!」
「あなた方が全快しているのがその証拠。・・・それに、それぞれが今までには無い力を身の内に感じているはず」
静紀の言っていることに間違いはなかった。
目覚めてからというもの、守護者全員が今までとは違う大きな力が体の奥底に眠っていることを感じているからだ。
「それが守護者本来の力。本来、玉依姫覚醒と同時に授けられる守護者の力よ」
「覚醒と同時に・・・」
「でもその珠紀は命絶えてしまった。未成熟な覚醒は危険を伴うの」
淡々と説明を述べていく静紀。
まるで元々こうなることを知っていたかのようだ。
「俺たちは・・・珠紀を犠牲に生き残ったって言うのか」
やり場のない怒りを抱えているのは、真弘だけではなかった。
先程から無言で話を聞いていた拓磨の言葉にも、深い悲しみと怒りが込められている。
「私たちは、守るべき玉依姫に・・・守られてしまったのですね・・・」
卓の言葉に、皆無言で視線を落とした。
「ニー!」
暗い雰囲気の中、場違いなほど可愛らしい声が部屋に響く。
「オサキ狐?」
「ニッ!」
珠紀の布団からもぞもぞと出てきたオサキ狐。
祐一の問いかけに元気に返事をし、ぎゅっと縮こまる。
「なんだ?」
「ニニーっ!!」
元気に飛び跳ねたかと思うと、オサキ狐は白煙に包まれた。
「うわっ!なんだよっ!?」
煙をまともにくらった拓磨が叫ぶ。
「たまき、しんでないよ〜〜」
そして、声と共に白煙の中から現れたのは人型の妖。
白い耳と低い身長がなんとも愛らしい。
「クリスタルガイ・・・か?」
「うんうん〜♪」
「上手くなったな」
「へんげのじゅつ〜、れんしゅ〜したの〜」
ニコニコと笑みを浮かべ、嬉しそうに話をするオサキ狐。
皆が呆気にとられる中、祐一だけが笑みを浮かべていた。
「・・・珠紀が死んでないってどういうことだ」
「あのね〜。たまきがちからをつかったときに〜ぼくのちからでたまきをまもったの〜!」
気を取り直した真弘の問いに、意味不明な回答を述べるオサキ狐。
「かしじょうたい〜?」
「仮死状態?」
「うんっ!こきゅ〜とめて、たまきのじかんをとめたの!」
そんなことができるのだろうか。
いや、でも仮にもコイツは代々玉依姫に仕えし者。
「珠紀はどうしたら起きる?」
膝を折り、オサキ狐に視線を合わせると真剣な面持ちでオサキ狐の言葉を待つ。
「たまきね、れいりょくもうないの」
「あぁ」
「すっからかんなの」
「だからどうすんだよ」
「だれかのれいりょくをわけてあげればいいの〜」
「霊力を分ける?」
玉依姫である珠紀が俺たち守護者に力を与えることは出来たとしても、その逆なんて可能なのか?
「うんうん♪」
「どうやってやるんだ?」
「くちうつし〜」
「・・・・・」
思っても見なかった方法に、その場にいる守護者全員が固まる。
「口移し・・・って・・・」
動揺を隠せない守護者達。
誰がやるんだとそわそわしているようだ。
「・・・・・俺がやる」
沈黙が漂う中、凛とした真弘の声が部屋に響いた。
「真弘先輩っ抜け駆けっすか!?」
「そうですよ先輩っ!」
予想通りの反応が返ってくるが、騒ぐ後輩どもを目線で黙らせる。
「行きましょう皆さん」
「大蛇さん」
こんな時、一番ネチネチと嫌味を吐きそうな相手が一番に引き下がることに驚く。
「今はそんなつまらないことで争っている場合ではないでしょう。そんなことより、一刻も早く珠紀さんを目覚めさせる事のほうが先決です」
「それは・・・そうなんすけど・・・」
「私たちは居間で待機していますから。何か変化があったら報告してください」
「・・・サンキュ、大蛇さん」
「鴉取君の為ではありませんよ?・・・あくまで珠紀さんの為です」
にっこりと笑った大蛇さんが、まだ『納得いかない』と言いたげな顔をした拓磨を引きずって部屋を出る。
他の者は先に退室しているため、この部屋には俺と珠紀だけになった。
「珠紀・・・」
珠紀が自分には力がないと嘆いていたのを俺は知っていた。
力を欲する気持ちは分からないでもない・・・。
でも、自分を犠牲にしてどうする。
お前が救う世界にお前がいなけりゃ、何の意味もねぇじゃねぇか。
そっと珠紀の頬に触れる。
こんなに冷たくなってよ・・・。
そのままこれから触れるであろう唇を、親指でなぞった。
今、起こしてやるから。迎えに行くから待ってろ。
ゆっくりと目を閉じて、近づく珠紀の唇に己の唇を重ね合わせた。
―――・・・
何度口づけを交わしただろう。
欲しいと願っていた唇がこんな形で手に入るとは・・・。
力を与えた後、少しずつ暖かくなっていく珠紀を胸に抱き、いくつも口づけを落としていった真弘。
俺はここにいると、ここがお前の居場所なんだと珠紀へ呼びかけているかのようだ。
「珠紀・・・」
呼びかけては頬やおでこに口づける。
幾度もそれを繰り返して、ひたすら珠紀が起きるのを待つ。
「珠紀・・・」
俺だけじゃない、他の奴らも待ってる。
早く帰ってこい。
祈るように、唇へ口づける。
「・・・・・ん・・・」
「珠紀?」
その時、珠紀の瞼がピクリと動いた。
「・・・・・」
「おいっ珠紀っ!」
うっすらと開いた瞼。
焦点が合わないのか、ボーっと先を眺める。
「俺が分かるか?珠紀」
自分が視界に入るようにと珠紀を抱き起し、肩を掴み視線を合わせて問う。
「・・・・ま・・・ろ・・・せんぱ・・?」
「そうだ。真弘先輩様だよ」
「ま・・ひろ・・せんぱい・・」
「あぁ・・・」
「真弘先輩っ!!」
「おわっ!!」
何度も名前を呼ぶことでようやく目が覚めたのか、大きな瞳に大粒の涙を浮かべて珠紀は勢いよく真弘に抱きつく。
「無事で・・・よか・・たっ・・っ」
嗚咽により苦しそうに話をしている珠紀、腕に感じる生きた体温に俺まで涙が零れそうになった。
「無事でよかった、はこっちの台詞だ・・このバカが・・・」
「先輩・・・」
「心配させやがって・・・」
「ごめんなさい・・・」
胸に抱く珠紀をしっかりと抱きしめる。
おずおずと俺の背中に手を回してくるってことは、嫌がってはいないのだろう。
「先輩が無事でよかった・・・」
「お前・・・クリスタルガイがいなかったら本当に、死んでたかもしれねぇんだぞ?」
「おーちゃん?」
「あぁ、主をしっかり守ったんだ。後で褒めてやれ」
「はいっ」
尻尾がちぎれるんじゃないかと思うくらいブンブン振りまくって、ニーニー鳴くクリスタルガイが思い浮かんだ。
「頼むから・・・、もう少し自分を大事にしろ」
「それは先輩もです」
むぅっと抱きしめた真弘の腕の中で頬を膨らませる珠紀。
「俺?」
「真弘先輩って俺様のくせに、自分の事は一番最後ですよね」
「・・・・・」
「先陣切って突っ込むくせに去り際は最後なんて、恰好良すぎですよ?」
「そうだろう。俺様はカッコイイからな」
「だから心配なんです」
「珠紀・・・」
胸に抱いた珠紀に視線を落とす。
「お前もだ。簡単に命を捨てるな」
「捨てたわけじゃありません」
「同じことだろうが」
「違います。あげたんですー」
「お前・・・あんまり可愛くねぇことばっか言ってっと、その口塞ぐぞ?」
「・・・いいですよ?」
予想外の返事に真弘が一瞬固まる。
「いいですよってお前・・・意味、分かってんのか?」
「分かってますよ。真弘先輩なら・・・いいです・・」
言ってて恥ずかしくなったのか、真弘の胸に顔を埋めることで顔を隠す。
「・・・お前が悪いんだからな」
「えっ?」
言葉と共に、左手で顎を掴まれ上を向かされた。
「んっ・・ふ・・」
二人の唇が少々乱暴に合わさる。
何時の間にか回された真弘の右手で、後頭部が固定されている。
「あ・・・んふぁっ・・・!」
「んっ・・」
息を吐く間も無い程、角度を変えて重なり合う。
二人の吐息と乱れた呼吸がより興奮させる。
「は・・・真弘・・せんぱ・・・」
「珠紀・・・」
呼吸も不十分なまま、真弘は再度口づけをせまる。
「ま・・て。せん・・ぱっんぅ!」
「待てない」
何度も舌を絡める。
水音が部屋に響き、呼吸の為に離れている間も銀糸が二人を結んだ。
「はっ・・・はぁ・・・」
「・・はっ・・珠紀・・・」
「まって・・・先輩・・・もっ・・む・・り・・・」
「はぁ・・・好きだ・・・」
「え・・?」
「好きだっ・・珠紀っ!」
「やっ・・んんーっ!」
言葉と共に貪るように、珠紀の唇を奪う。
何度してもたりない珠紀とのキス。
居間では、珠紀の目覚めを今は遅しと仲間が待っているのは百も承知だったが、一度味わってしまった甘美なるこの唇を、すぐに離すことはできそうにない。
好きだ、なんて言葉じゃ足りないな・・・。
この気持ちをどう言葉に表したらいい?
その答えを、俺は・・お前と一緒に考えていきたい。
生れて初めて手に入れた、大切なモノ。
『珠紀』と共に・・・。
前編←back
アトガキ
小説の緋色を読んでいたら浮かんできた妄想ww
お相手を誰にするか迷いましたが、ここは男気溢れる真弘先輩で!
ウブな先輩も嫌いじゃないですが、欲望に大暴走する先輩は大好物ですねww(笑)
*トップへ戻る