「もーっ!遅くなっちゃったっ!」

授業の片付けをしていた為、いつもよりも大幅に遅れてしまった昼休み。
私は皆がいるであろう屋上へ猛ダッシュしていた。

「拓磨、手伝ってくれればいいのに!」

さっさと先に行ってしまった拓磨に毒を吐きつつ、屋上へと続く最後の階段を走る。

「・・で。どうしたんだ?」
「あぁ・・・断った」
「は!?かなり美人だよな!?」

私がうっすら開いたままのドアノブに手を掛けた時、真弘先輩と祐一先輩の会話が聞こえてきた。
『美人』という単語に反応してしまい、咄嗟にドアノブから手を離してしまう。

「あ〜〜っ!もっったいね〜〜!!」
「俺は人との関わりが苦手だ」
「でも珠紀は?平気なんだろ?」

真弘先輩の問い掛けに、私は息を飲む。

「・・役目だからな」
「役目?」
「守護者は玉依姫を守らなければならない」
「・・・それだけすか?」

やはり先に来ていたらしい拓磨も会話に混ざる。

「あぁ・・それだけだ」

淡々と興味もなさそうに祐一先輩が答える。

祐一先輩にとって私は、役目だから一緒にいるだけの存在。
役目だから一緒にいるしかない義務対象。

私は他の女の子達と違うんだって・・・勝手に思い込んでた。
時々見せてくれるあの優しい笑顔も仲間以外では私しか知らないんだって・・・。
全部私の勝手な、都合のいい思い込み・・・。

ドアノブを握ろうと開いていた掌をゆっくりと閉じる。
溢れる涙を堪える為唇を噛み、物音を立てないようその場を後にした。

階段を下りると涙が堪えきれず、どんどん溢れ出す。

「っ!」
「すみませ・・・あれ!?」

涙を隠すのに下を向き、手の甲を口に当てて走っていた為前を歩いて来た人にぶつかってしまったが、私はそのまま走り続ける。
早く一人になりたかった。


その頃・・・。

「遅くなりました」
「おっせーぞ慎司っ!」
「遅かったな」
「ま〜たクラスの女に絡まれてたんだろ」

遅れて現れた慎司に個々の反応を示す。

「ちっ違いますよっ!」

最後の拓磨の言葉に顔を赤らめながら否定の言葉を返している慎司だが、その顔が肯定を示していた。

「・・・・・」
「あー?どうした拓磨」

一通り慎司をからかい楽しんだ真弘が、大口で焼きそばパンにかじりつきながら屋上の入り口を無言で見つめる拓磨に言葉を投げる。

「いや・・・珠紀・・流石に遅ぇなと思って」
「え?珠紀先輩ならさっき、すぐそこですれ違いましたよ?」
「すれ違った?」
「ええ。珠紀先輩だったと思いますけど・・・多分・・」
「何だその多分って」
「顔は見ていませんし、ぶつかってしまったんですが走り去ってしまったので」
「珠紀だったんならなんでここに来ないんだよ」
「僕が分かるわけないじゃないですか」

拓磨と慎司の会話に、珍しく黙っていた真弘が口を開く。

「・・祐一」
「・・どうした?真弘」
「さっきの話、珠紀聞いてたんじゃねぇか?」
「さっきの話?」
「アレだアレ。役目だのなんだのって」
「・・何か聞かれてマズイことでもあるのか?」
「・・・・・」

拓磨・真弘が言葉を失う。
ついさっき屋上に来たばかりの慎司はまったく状況が理解できていないようだ。
首を傾げる慎司に、拓磨が耳打ちをする。

「あのなぁ祐一。俺は珠紀を探したほうがいいと思うぞ?」
「何故だ?」
「いいから探してやれ」
「俺もそう思いますよ」
「僕も拓磨先輩に同意見です」
「?」

拓磨から説明を受けた慎司も真剣な面持ちで拓磨に賛同する。

「お前、珠紀を他の男に持ってかれてもいいのか?」
「っ!」

理解できないのか相変わらず眠そうにぼーっとしながら真弘の話を聞いていた祐一が、真弘の言葉に顔色を変える。

「わかったらさっさと行け。じゃねぇと奪っちまうぞ?」

こういうとき、真弘はやはり年上なのだと思う後輩2人だった。


――――・・・・


「学校・・・サボっちゃった」

あのまま走り続け、気づけば川原に来ていた。
泣きすぎて瞼がやたら重い・・。
このまま家に帰って冷やしてしまえば誰にも気づかれないだろう。
屋上から降りる時、慎司とすれ違ってぶつかってしまったが泣いていたことに気づかれていないと思いたい。

泣きたいだけ泣いたら気持ちもスッキリしてきた。

だって仕方ないもの。
私と祐一先輩は恋人同士という訳ではない。
私が先輩に好意を寄せているのは他の守護者達にバレているようだが、先輩も私に好意を持っていてくれているのだろうと勝手に思っていた。
言葉は交わしていないが、気持ちは重なっているのだと。
だから先輩の言葉は正直・・・辛かった。

沢山泣いてスッキリしたはずだったのに、さっきの祐一の言葉を思い出すとまた涙が溢れてくる。
水辺に写る自分の顔・・・泣きはらして瞳が真っ赤。
枯れるまで泣いたと思ったのに涙ってまだ出るんだね。

「祐一・・せんぱ・・っく・・」

自然と愛しい人の名前が口から零れた。
返事が返ってくるわけもないのに・・・。



「・・・やっと見つけた・・・」
「っ!?」

耳元で囁かれると同時に温かい腕に包まれる。

「・・珠紀・・・」
「ゆ・・いちせん・・ぱい?」
「探した・・・」

走ってきてくれたのだろうか。珍しく祐一が息を乱している。

「ぇ・・どうして・・・」
「・・・・・・」

先輩は乱れた息を整えているようだ。
先輩の息が耳にかかってドキドキする。

「珠紀・・・」

後ろから回された腕に力が込められ、ぎゅっ・・とさらにきつく抱きしめられる。

「先輩・・・?」
「・・・・・」

祐一に無言で顔を覗き込まれ目が合うと、祐一の眉が顰められた。

「目・・・」
「え?」
「目・・赤いな・・・」
「・・あっ」

反射的に自分の手で隠そうとしてしまう。
だが、その手を祐一の手で阻まれ珠紀は祐一と反対方向を向くことで祐一の視線から逃れる。

「珠紀・・こっちを向いてくれないか?」
「だっダメですっ!」
「・・・珠紀・・・」
「っ!」

むき出しの耳に、吐息を吹きかけるように名前を囁かれる。

「珠紀・・・」
「んっ!」

こめかみに口付けを落とし、何度も名前を囁く。

「ゆ・・・いちせんぱっ・・・」
「ん?」

我慢が出来ず振り向いた先には楽しそうな祐一の顔。

「やっとこちらを向いたな」
「だって・・・」

恥ずかしくて目線が合わせられず、下を向いてしまう。

「珠紀」
「はい」
「俺を見ろ」

真剣な祐一の声に、恥ずかしながらもおずおずと顔を上げ視線を交じわす。
真っ赤な顔で瞳を潤ませた珠紀の視線が、ようやく祐一を捕らえる。

「俺は人との関わり合いが苦手だ」
「え?」
「だから話すことがあまり得意ではない」
「はい」
「だが、俺は誰よりもお前の存在が一番大事だ。何にも変えがたい存在だと思っている」
「へ?」

想像していた物と違う台詞が聞こえ、私は間抜けな声を出してしまった。
てっきり、『人との関わりが苦手だから自分にあまり関わるな』と言われると思っていたから。

「それは・・・私が玉依姫だからですか?」
「違う」
「玉依姫だからそばにいてくれるんじゃ・・・」
「そうじゃないっ!」

祐一の叫びと共に上を向かされたと思ったら、目の前に祐一の顔が迫っていた。

「んっ!?」

キス・・されてる?
正面を向かされ後頭部と腰に腕が回り、抱きしめられる。

「はっ・・・んぅ!」

祐一は、呼吸する間も与えず何度も珠紀の唇を貪る。
足に力が入らない珠紀を先程よりも強く抱きしめ、角度を変えて何度も何度も・・・。

「珠紀・・・」
「ゆ・・いちせんぱ・・んっ」

酸素を求め口を開いた珠紀の口内に祐一の舌が入り込み、舌を絡め取る。
水音が響き、珠紀は羞恥に顔を赤らめた。

「やっ・・せんぱっ・・ふ・・ぅ」

ようやく祐一から解放されると、珠紀は体には力が入らず祐一の支えでようやく立っていられる状態だった。

「珠紀・・・」

熱の篭った祐一の言葉に目線を合せられ、親指で唇をなぞられる。

「愛している」

祐一らしい簡潔な言葉。
簡潔だからこそ、心に深く響いてくる。

「先輩・・・」
「お前はどうなんだ?」

嬉しくて涙が溢れてきた。

「大好きですっ」
「あぁ・・俺もだ・・」

瞼に口付けられ、視線が重なるとお互いに目を閉じる。
二人の影が再度一つに重なる為に・・・。



アトガキ
初祐一先輩です!
先輩は難しいですね。好きなんだけど〜。
私の中ではこんなイメージですww

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