旧短編 | ナノ


「はい」
差し出した林檎などが載った皿。
「お前が食えよ」
首を横に振った後、皿の上の林檎を手に取り、私の口に持ってきた。
仕方なくぱくりと一口食べると手が離れた。
(全部食えと…?)
もぐもぐと林檎を頬張りながら、今度は私が、唇に林檎を持っていく。
「いらねっての」
そう言うけれど、口に含んだあなたを見ると、誰よりも優しい人なんだと自覚する。
「…ねぇ、桜見れるかな」
窓の外を見遣ると、枯れた木が顔を覗かせていた。
「あ?…見れるに決まってるだろ」
素っ気ない態度。
「…そう、だね」
少しの間、言葉に詰まった。
知っていたから。
あなたと一緒に春を過ごせないこと。
「見れる」
二度目の強い言い切りに、私は少しびっくりした。
「ンな弱々しいこと思ってっと、すぐに事故かなんかで死ぬぞ」
「うそっ」
にぃ、と笑ったあなたのいつもの顔に、ほっとした。
「人なんかいつ死ぬかわかんねぇんだ……いつも心残りがないように生きてろ」
前を見据えたあなたの横顔が凛々しくて、また惚れた。
「……うん。じゃあね、私、言いたいことがある」
唾液を嚥下して、ぎゅ、と手を握り締めた。
「?」
「大好き」
「あぁ…おれは愛してる」
ベッドに体の体重を預けて、私達はキスをした。
「絶対、桜見ようね」
「当たり前ェだ」
キスと一緒に交わした約束。


ベッドの住人。
治らないと言われた病気。
一年の寿命。
そう告げられていた私は、来年の春はもう彼と一緒にはいないのだということを理解した。
医師の宣告を重く受け止め六ヶ月目。
病気も苦しくなる一方の筈なのに、決して弱さを見せたりはしなかった。
「え?」
毎日のように来ていた、見慣れた病室。
しかし今日、その病室のベッドには誰もいなかった。
誰かがいた形跡さえ、ない。
たまたま病室を通りかかった看護師に、私はつかみ掛かるように叫んだ。
「ここの病室の患者は?!どこに……!!なんで言ってくれなか…っ!!」
涙が溢れそうになって、咄嗟に噛んだ唇。
容態が悪化したのなら電話してくれる筈なのに、と頭が混乱して、私は看護師の顔を窺うと、看護師は口を噤んでいた。
「……そのことは、口止めされていますから」
口を開いたと思ったら、これ。
私は肩の力をがくんと落とし、病室に戻った。
彼がいた形跡がないと思っていたベッド病室は、花瓶に入った水とその水に沈んだ花びらと、前に私が持ってきた花びらの形が一致していて、彼がいたことを暗示した。
棚を見ると、彼の私物。
(ちゃんと、ある……)
棚を片付けていると、床に落ちた紙切れ。
「…?」
屈んで、拾って見ると、その紙切れには、彼の、男らしく堂々とした字。

書かれた文字に、私は一粒の涙を流した。

「……もう、馬鹿……」


それから半年。
彼と見ると約束した病院から近いところにある桜が、満開になっていた。
「……」
自然と悲しくはなかった。
まるでそこに彼がいるように、私は愛で包まれているようだったから。
そっと太い桜の木の幹に触ると、春の暖かさを感じた。
しばらくそうしていると、後ろから地面の雑草を踏み分ける音が聞こえた。
「誰…?」
振り返った私は、瞬間に目を見開いた。
「よう」
聞き慣れた声。
「…!、なんで…」
「あ?"死んだ"なんか医師も看護師も言わなかっただろ?」
独特の笑いをかましながら近付いてくる彼。
幽霊じゃないかと怯える。
「そ、そりゃそうだけどさ…!」
桜の木に体を預け、彼の姿をしたそれを睨んでみた。
「ちゃんと、おれだ」
私の手を取って、頬を触らせる。
実体がある。
その手を愛おしそうにキスする。
「……うぅ」
途端零れた涙。
抱き着くと、あなたは優しく包み込んで、頭を撫でてくれた。
泣き止むまでそうしてくれた。
十分ほどその状態で、それから彼は雑草の生えた地面へと腰掛け、向かい合うように膝に座らせた。


「……ねぇ、どうして」
「ドナーが見つかって、海外に行ってた。お前には驚かせてやりたかったから、医師たちには口止めするように言ったんだ」
「でも、なんで……紙…!」
言いたいことがありすぎて、言葉にならなかった。
「紙?、あぁ……ドナーが見付かったとして手術が治る確率は50もなかったからな……遺言だ」
「…馬鹿っ!」
「人なんかいつ死ぬかわかんねぇんだからよ……言っときたかったんだ」
私の赤く腫れた目尻を舐めてくる彼。
「そんな……っ」
「おれも、お前も……明日いなくなるかもしれねぇ……そうだろ?」
「そうだけど……っ!!」
彼の淋しそうな目に、泣き出しそうになるのを我慢する。
「だから、伝えたいんだよ、気持ちをよォ。さよならで終わるなんて嫌だからな」
ごちんと合わせた額。
「……」
「……なぁ?」
「ん…そうだね」
開いた瞳と瞳で視線がぶつかる。
「帰ってきてくれたの…嬉しかった」
「もとからお前ンとこに戻ってくるつもりだったっての」
笑う彼の唇にそっとキスをすると、後頭部に手を宛てられて、唇に押し付けられた状態となった。
絡めとられる舌。
久々の感覚にぼんやりする意識。
私は彼に体を預けた。


Message


ありがとう
Zoro

そう書かれた紙切れはふわりと風に舞い、どこかに消えていった。



And That's All...?
(それでおしまい)


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