旧短編 | ナノ


※ヒロイン:44歳


本当はあなたのことが好きだったのよ。
でも、友人の恋愛は応援したかったし、あなたの未来を応援したかった。
「それじゃ、よろしく」
空港で手を振る金髪の男、サンジ。
料理人という夢を叶えるために、フランスに旅立つ。
「うん、頑張って」
「待ってるからぁ…っ」
泣いている友人の肩を抱いて、私は手を振り返した。
あの人は私とは違う人のところに戻るんだよなぁ、と少しの空しさを覚えて、私は笑った。
「頑張って。また、5年後」
涙ながらに手を振った私と友人とサンジ。
飛行機に乗り込み、飛行機が飛んでいくところを見送ってから、私達は家に戻った。
その翌日、飛行機の墜落事故があったとテレビのニュースを見て、私は唖然とした。
サンジが乗った飛行機と同じ名前がニュースで流れていて、しかも死者の欄に、サンジの名前があった。
あまりのショックで、私は葬式でも呆然としたままであった。

(……何十年前の話よ、)
はぁ、と溜息を吐きながら、私は筆を置いた。
彼が死んで25年が経っている。
サンジを見送ったのが高校を卒業して1年後の私たちが19歳の時だったから、私はもう44歳になってしまっていて、少しだけ有名な画家になった。
サンジの恋人だった友人が今何をしているか、私にはわからない。
死んだのかもしれないし、普通に生活しているかもしれない。
私は筆とパレットを置いて、上着を手に取って外に出た。
いつのまにか、もう夜だ。
絵に夢中になっていると、時間が経つのが早い。
街に入ると、ネオンが光り、眩しい。
(そういえば…、新しい料理店が出来たっていってたわね)
画家の友人が話していた、フランス料理の店を横目で探すと、何分か後に、いかにもそれらしい店を見つけた。
(これか…)
扉を開くと、誰もおらず、がらんとしていた。
閉店間近のようだった。
しかし私は気にせずに、案内された窓際の席に座る。
メニューを見て、軽めの食事を頼む。
この歳になると、油物が辛かったりするのである。
すぐさま運ばれてきたワインに口をつけた。
いい香りが鼻腔をくすぐる。
喉を潤わせたところで、辺りを見回す。
丸テーブルに白いテーブルクロスがひかれた、清楚な雰囲気の店内。
壁には様々な絵が立て掛けられている。
店内を眺めていると、料理が運ばれてきた。
「…!」
私は息を詰まらせた。
運んできた男が、昔私が好きになった男にそっくりだったからだ。
金髪の、ブルーの瞳の、片目を隠した、高校生の時より少し大人びた、私が惚れた、サンジという男に。
「……こんばんは、ご来店ありがとうございます。私、料理長のサンジと言います」
にこ、と笑った男。
「あ……、私の友人にもサンジって名前の人がいたわ」
一致した名前に、心のうちで思っていたことがうっかりと口に出た。
「…そうですか。私の名前は父の名前からきているそうです。亡くなった父の。母は父にそっくりだったからって、重ねてたんでしょうね」
亡くなった、と聞いて私はサンジを見つめた。
「……私、きっとあなたのお母さんと友人だわ…」
きっとそうだ。
サンジという名前、そっくりの見た目。
こんな偶然が、あるはずない。
「……そうですか」
「今は、何をしているのかしら」
「母は…、去年の夏に亡くなりました」
サンジの言葉に、私は目を細めた。
「母があなたの友人なら……、空港で一緒にいましたか。父がフランスに行くときに…」
サンジが尋ねる。
「いたわ。それが私よ」
「……母が、あなたには最低なことをした、と」
私はサンジに向かいの席に座らせ、ワインを注いでから話を進めた。
「最低?どういうこと?」
ワインを口に含む。
「私はあなたがサンジを好きなことを知っていて、サンジのことを好きになってしまったと、病院で入院している時に言ってました」
昔のことを思い出し、言葉を選びながらサンジが言う。
私はその言葉に、顔をしかめた。
「はは…、今さらね。もうサンジは死んでしまったのに。あぁ、あなたのことじゃないわ」
ふ、と笑いながら窓の外を見遣る。
誰かに急かされたように歩いていく人々。
「…好きだったんですか、父が」
「……えぇ。誰にでも優しくて、強くて、格好よくて、誰の目から見ても素敵な人だったでしょうね」
運ばれた食事に手を伸ばす。
「おいしいわね」
私がサンジに笑いかけると、サンジはありがとうと言った。
「綺麗ですね」
ふとそう言ったサンジ。
「44のおばさんよ。いえ、おばあさんかしら」
自嘲しながら、食事を平らげる。
「美人です」
「……父の方のサンジなら、きっとそういうわね」
かしゃん、とフォークとスプーンをテーブルに置いた。
「おれも言いますよ。父の血を引いてますから。……いや、引いてなくても、おれは言ってたと思います」
私はよくわからないといった顔をサンジに向けた。
「一目惚れしました」
にこ、と笑ったサンジに、私は昔の惚れた男を重ねた。
「サンジは、あなたの母にそうやって告白したのかしらね」
「どうでしょうか」
サンジはワインを啜る。
「……好きです」
ワイングラスをテーブルに置いて、じっと私を見据えたサンジ。
「遅いわ…、私、もう、」
ぼろぼろと不可抗力の涙が溢れた。
「遅くありません。今からでも、恋愛なんてものは、いつでも何度だって出来るものです」
「私、あなたを愛していいのかしら……」
「おれは、今度は、あなただけの特別でいたいです」
握られた、皺の増えた手を握るサンジ。
「ふふ……プロポーズみたい」


お前だけの特別でいたいから
父を重ねていたのはおれも同じだった。
おれ自身が父のようだと錯覚を起こした。
けれどおれは、彼女が好きだ。
父の愛した母ではなく――。


「ですけど、いつか絶対おれの魅力を知らしめてやりますから」
「ふふ、若い子は元気ね」
「うぉーっ!やるぞー!!」



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