1.この恋を止められない
「…は?」
「えー…お荷物は以上です、受領印をこちらにお願いします」
たいそう怪訝な顔で、アカギは配達員を見つめ返した。
胸元あたりまである大きなダンボールをゆっくりと担ぎ下ろして、にこやかにサインを求めてくる配達員に悪気は全く無いことはわかっている。
むしろ、彼は配達のためにアカギの元へやって来ただけなのだから、どう見ても白である。
小さくため息をつきながら、玄関の脇に控えておいた印鑑を取り出して指定の場所に印を押す。
ありがとうございます!と爽やかに笑って配達員は去っていった。
そしてアカギは担ぎ込まれた大きなダンボールを見つめる。
自分が何かを注文した覚えも記憶も無い。
それではいったいコレはなんだろうか。
小首を傾げながら問題の配達依頼人を見てみた。
そこには、レンドロイド・コーポレーションと記されている。
この名前は確か、とアカギは脳内にある沢山の情報の中から一点を引っ張り出した。
最近有名な人型アンドロイド開発会社であったはずだ。
しかし、何でそんなところからいきなり小包が…いや大包みか、どっちでもいいが届いたのだろうか。
あの会社内に知り合いなど覚えが無い。
続いてアカギはあて先を見てみる。
「…赤木、しげる様…オレに間違いないな…」
同姓同名では?とも思ったが住所が一致しているので、間違いはないだろう。
とにかく封を開けてみないことには、何が送られて来たのかも、その真意も分からないままだ。
また小さくため息をついて、ダンボールを開封する。
普通なら開封は上部にあたるはずだが、そのダンボールは側面に開封の印がある。
何で横から開けるんだ?と不思議に思いながらアカギがそろりと開けてみると…。
「………人形か」
仲には黒い長髪の頬に傷がある男の人形が入れられていた。
だがしかし、ここまで見てもアカギは注文した記憶の欠片も蘇らない。
と言う事は、間違いなく自分が頼んだものではないということである。
すると、膝を抱え座っているように入れられている人形の脇に、なんとも分厚い冊子があるのを見つけた。
それを手に取り、ページをめくって中身を確認していくと…。
「…レンタル契約アンドロイド…お客様のニーズにお答えします、か…」
更に読み進めていくと、契約期間は一年間で、契約時に契約者の好きな人間像のプログラミングを施してくれるらしい。
取り敢えずオレなら博打の強い奴にするだろうな、とアカギは考えるが、そんな案を誰かに伝えた記憶も無い。
すると、不意に仰木直通の携帯が鳴り響いた。
「…もしもし」
『おぉ、アカギ!すまんな急に』
「別に…で、急遽勝負予定でも?」
『いや、そろそろ荷物が届いてる頃じゃないかと思ったんだが』
「…アンタだったのか、コレ送りつけてきたのは」
『ああ、開けてみたか?』
「ええ…一瞬死体かと思いましたよ」
『ははっ、そりゃ悪かったな』
「で、アンタなんの真似だ…こいつと勝負しろとでも言うのか?」
『いやいやそうじゃない、それはパートナーだ』
「…は?」
『お前はいつも恋人なんて要らないというだろう?だからそいつを送ったんだ、一年きっかりのお試しでな』
「…アンタ案外お節介なんだな」
『まぁそう言うなアカギ、一年経てば契約は終了で人形に戻ってくれるんだ、恋人というのはどう言う者か体験してみるのも悪くないさ、経験の一環としてな』
契約金は勿論こっち持ちだと胸を張って言う仰木に、それは当然だと内心で呟くアカギだった。
『起動の仕方は同封されている説明書に載っているはずだ、じゃあ仲良くやれよ』
「…どうも」
切れた電話をズボンのポケットにねじ込んで、再び説明書を開く。
ペラペラと捲っていけば、起動方法というタイトルのページが見つかった。
胸元にあるパネルを開け、青いボタンを押せば数分後に起動すると書いてある。
説明書を片手に、アカギは早速人形の胸元を探る。
するとパカリと蓋が開いて青いボタンがお目見えした。
「…これか」
ピッと音がしたかと思うと電子音の声で、ただいまプログラムを確認中です少々お待ち下さい、と流れ始める。
そのまましばらく待っていると、プログラムの確認が完了したらしく、ただいま起動中です、と流れ出した。
すると、閉じていた人形の瞼がゆっくりと開かれていく。
そして、起動は正常に完了いたしました、と言う音声を最後に電子ボイスは消えた。
ゆっくりと俯いていた顔も上がってゆき、人形は人として動き出す。
見下ろしていたアカギと目が合い、男はゆっくりと立ち上がって手を差し伸べてきた。
「伊藤カイジだ、よろしくな!」
ニコッと笑うその顔は、人形とは思えないほど表情豊かである。
そこに関しては感心したアカギだった。
「どうも…赤木、赤木しげる…」
「アカギ、愛してるぜ」
「…っ……」
面識の無い真っ裸にいきなり言われると、流石のアカギも動揺してしまった。
ムードの欠片もないとは、このことである。
「はいはい…頼むから、せめて服を着てから言え」
「あ、わりぃ…でもさ、オレ達恋人だろ?」
と言うより、初対面の何の感情も持ち合わせていないアカギにとって、愛していると言われても何のことやらという感じだった。
とにかく、こんな姿で部屋の中をうろつかれても困る。
適当な服を見繕って渡してやると、伊藤カイジと名乗った人形はいそいそとそれを纏い始めた。
面倒なものを贈ってくれたものだとアカギは深々と思う。
だが、起動してしまった以上、一年間はこの男が傍にいる生活が続いてしまうわけだ。
諦めたようにため息を吐き、彼と二人の生活が始まった。
伊藤カイジが来てから、一週間が経とうとしている。
しかし、現時点ですでにアカギはもう心底うんざりしていた。
こいつ実は欠陥品なんじゃないか?と思ってしまうほど、何も出来ないのだ。
洗濯をさせてみたところ、コインランドリーに設置されている洗濯機を壊しかけた。
掃除をさせてみたところ、掃除機をかけるどころか分解までしてしまった始末。
料理をさせてみたところ、どんな味付けをしたのか想定も出来ないほど酷い物を寄越された。
仕事をさせてみたところ、数時間でクレームがついて首にさせられて帰って来た。
ここまで何も出来ないとは、ある意味清々しい。
それに加え、必ず最後につく落ちといっても過言ではない、くさい台詞。
「愛があれば何とかなるって…っ!」
なるわけがない。
しかし、そんな伊藤カイジでもたった一つだけは誇れるプログラムはあるらしい。
ギャンブルの才だ。
突拍子も無い圧倒的な閃きにより、それで稼いでくる事もしばしば。
そこだけは認めていたアカギだが、それだけではやはり無理だ。
恋人として認識し、愛することが出来るかと問われても難しすぎる。
更には毎日最低10回は聞かされているんじゃないかと思うほど掛けられる、愛してると言う言葉。
もうノイローゼになりそうだ。
ため息ついでに煙草の煙を吐き出したアカギは、台所に立つ伊藤カイジを見る。
どう足掻こうと、一年間はアレと一緒に過ごさなければならない。
心底精神力の高いアカギであっても、流石に気が滅入りそうだ。
また寄越されるであろう、酷い食事をのどに通さなければならないのかと思うと、早速契約を打ち切らせたくなったアカギであった。
―…このプログラム≠ヘ止められない…―
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確かに恋だった様よりお借りしました。
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