街灯が点々と灯っている真夜中の街路地を、アカギ≠ヘ颯爽と涙を拭いながら走っていた。

結末を見たくは無かった。

だから逃げた、あの場から…。

ある程度まで走ってきたところで、立ち止まる。

そこはカイジと初めて出会った場所だ。

なんの変哲も無い住宅街の道の真ん中だが、アカギ≠ゥらしてみれば大切な場所だった。

短い時間だったが、とても楽しくて幸せな時間だったと、指折り数えるくらいしかない思い出を思い出す。

「カイジさん…ありがとう」

これほどまでに別れが辛いのは、随分昔に一度体験した以来だった。

いや、あの時以上に辛い気がしている。

涙で視界が霞んでしまったのは、昔の体験には思い当たらなかったからだ。

きっとあの人は、彼を選ぶだろう。

誰も人外な自分を選んでくれるわけなどないのだから。

もとより、彼はあの人を求めて契約したのだ。

望んでいたものが手に入ったのだから、もう自分に固着する必要が無くなった。

彼の元にはもう、自分の居場所は無い。

すごく好きで、心底愛してしまっていた。

だからこそ別れが辛いのだろうと思う。

教訓だね、と悲しく笑いながらアカギ≠ヘもう愛さないと決めた。

こうなることが辛いなら、いっそそんな心など捨ててしまえばいい。

そうすれば、きっと楽になる。

しかしヴァンパイアといえど、今後の生活の中でまたこんな事もあるだろう。

二度あった事だ、だからこそ言える。

三度目は、もう愛さない。

「…さようなら」

最後の一滴を頬に伝えたアカギ≠ヘ、ゆっくりと歩き出した。

もう、人を愛することは無いだろう。

はるか昔の記憶が蘇ってくる。

一歩一歩進むごとに、胸の痛みが増していく。

昔の記憶と、今の状況が重なっていく。

そして思い出す…捨てられたあの日と愛しかった男の顔を。

「アカギ≠チ!…なぁ、待ってくれっ!」

その瞬間、背後から声が響いてきた。

ピタリと足が止まり、幻聴かどうか耳をすませてみる。

「…頼む、行かないでくれ…っ!」

息切れしながら言う彼の声。

キュッと胸に募る切なさ。

…どうして。

「契約は終わりだよ…カイジさん」

どうして、追いかけてきたの?

「な、…っ!」

「求めていたもの、手に入ったでしょ?」

「そんなこと…っ!」

「だから終わり…」

全て終わりなんだ、関係が白紙に戻される。

「お前が消えたら…オレが求めたものも消えちまう」

「…っ!」

背を向けたままで、今彼がどんな顔をしているのかは分からない。

それでも発せられる声色で、泣きそうなんだなって言うのがすぐに分かった。

きっと今、お互いに同じような顔をしているに違いない。

「…愛してくれなくても良い、お前が傍に居てくれさえすれば、それで良い…だから」

「オレは…人とは違うよ、カイジさん」

「それでいいんだ、そのままでいいっ!」

「後悔するよ…」

「お前を行かせた方が後悔するんだ、オレはっ!」

「カイジさん…」

「頼むから…傍に居てくれよ…」

嬉しくて、涙が溢れる。

胸が熱くなって、満たされる。

彼から見ればきっと、背を向けいつも通り静かに佇んでいる様に見えるのだろう。

あの人ではなく、自分を選んでくれたことが、本当に嬉しい。

「カイジさん、ダメだ…っ!」

口を開こうとした瞬間聞こえた、あの男の声。

自分とよく似た、あの声。

「やっぱり渡せない…そいつには」

息を切らしてカイジを追いかけて来たらしいアカギは、小さくリズムを刻みながら肩で息をしている。

「アカギ、もう終わったろオレ達は」

「終わってない…コレ、覚えてるか?」

そう言ってポケットから一枚の紙切れを取り出し始めた。

それを目にした瞬間、カイジは黙り込む。

「オレは、あんたを忘れたことは無いよ…この半年ずっと」

アカギ≠ヘ背を向けたまま二人の会話を聞いていた。

「なるほど…お前も持ってたのか、それ…」

そう言ってカイジもポケットから取り出した、アカギと二人で映るツーショット写真。

眼前に掲げたそれを、ひらひらと手元で操りながら、カイジは言う。

「今まで処分出来ずにいた…でも、もう必要ない」

ライターを取り出したことで、アカギは目を見開く。

先の行動は、簡単に予測が出来た。

「お前とオレの関係に、けじめをつけようぜ?アカギ…」

ボッとライターの先に炎が灯る。

上空に掲げられた写真に燃え移った。

写真はカイジの手元から開放され、地へゆっくりと舞い落ちる。

チリチリと色を失い、灰と化してゆくそれを見下ろしながら、カイジは言った。

「オレとお前の関係はもう修復は不可能…燃え尽きて灰になるこの写真みたいにな」

アカギはただ黙って何も言わずに、燃えて消えてゆくそれを見つめている。

「この写真一枚で、簡単にオレ達の説明が出来るんだぜ」

アカギは未だに口を開かず、灰と化した写真を見下ろしている。

「出会って、共に過ごし、燃え尽きて、灰になった…でもな」

お前と過ごした日々の記憶は、綺麗に心の中にしまってあるんだよ。

そう続けたカイジにアカギはフッと顔を上げた。

「それさえあれば、オレは十分なんだって今気付いた」

言いながらカイジは地に灰として散らばったそれを見る。

風に吹かれて舞う灰たちは、雪のようにも見えた。

「…分かったよ、オレも付けよう…ケジメって奴をね」

アカギも同じように写真に火をつけ、床に放る。

それはゆっくりと舞い落ちて、綺麗に灰の上に重なった。

まるで今の二人のように…。

「…さて、待たせてごめんな?」

しかし、燃え尽きるのを最後まで見守る事無く、カイジはアカギ≠振り返る。

気付かれぬよう、小さく息を吐いてゆっくりと身を振り向かせてみた。

笑顔で微笑み掛けてくるカイジと、その先に少し険しさが残る表情でこちらに睨みを利かせているアカギが立っている。

「…で、オレはもう行ってもいいの?」

「それはオレが許さねぇ」

カイジが一歩一歩距離を詰めて来る。

一歩分の小さな小さな距離感で立ち止まったカイジは、また口を開く。

「もう一度、契約したい…お前と」

「だからそれはもう…」

「違う、そうじゃねぇんだよ」

最後の距離はそこで埋まった。

腕を取られ、引き寄せられ、抱き締められて。

今も高鳴り続けるこの鼓動を、彼は感じているのだろうか。

暖かい、とてもとても、暖かい。

「新しい契約だ…これからするのは」

「新しい…契約?」

「そう、今度はオレから提示する…それがもし気に入らないってんなら…」

今度こそ、去ろうと引き止めはしない。

彼はそう続けた。

消え入りそうな、小さな声で。

「…分かった、聞いてあげる…」

小さな声で返すと、ほっとした様に身を離し、彼は新しい契約内容を告げる。

「愛してくれなくても良い、ただ…オレが死ぬまで傍に置いてくれるだけでいい!勿論血はやる、好きなだけ吸ってくれ」

言い切ったのかと思うと、それから…と彼は言葉を続けた。

「お前の事、本当の名前で呼ばせてくれ」

フワリと体が動き、そのまま彼の胸の中に納まる。

「バカ…そんな事、簡単に言うもんじゃない…」

肩に添えられている彼の手が、びくりと震えた。

「…けど、嬉しいから許してあげる」

「じゃあ…」

「しげるだよ、オレの名前…」

「っ、…しげる…っ!」

苦しくなるくらい、強く強く抱きしめられる。

これからは、アンタと一緒に生きられるんだね…大好きだよ、カイジさん。

ありがとう。



「ほら、しげる、あそこだ!」

「ホントだ…みんな居るね」

綺麗な花が咲き誇る春真っ只中。

夜遅くにオレ達は、桜の元でお花見。

シートに沢山の食料を並べて、既に楽しんでいる人達の元に合流する。

「あ、カイジさん達やっとっすか!」

「わぁ!来た来た〜しげるくん、こっちこっち!」

「零、あまりはしゃぐと零す」

「ほら、お前らの席はここの特等席だ、さっさと座れ」

「一条さん…日本酒、取って頂けませんか」

暖かく迎え入れてもらえるこの空気も、カイジさんがくれたもの。

沢山、友達が出来た。

「そうだそうだ、二人とも夜桜の前で写真とりましょうよ!」

「お、良いな!行こうぜしげる!」

「うん…」

肩を抱かれて、夜桜の前に立つ。

「あ、フラッシュ無しの方がいいっすか?」

「大丈夫、普通の光なら平気」

クスクス笑いながら答えると、佐原さんは掛け声と共にシャッターを切った。

二人で持つお揃いの写真は、夜桜の美しい背景。

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