本日のシフトも終わり、ロッカールームで着替えて上がりの挨拶を店長へ掛けてから外へ出る。

そこには、やはり今日もアカギが待っていた。

あの日から彼はこうしてオレのシフト上がりの時間に合せて迎えに来ている。

いや別に、決してオレから迎えに来いとか言ったわけでも無ければ、そう言う雰囲気を漂わせたわけでもなく、アイツが好きでやっていることなんだと思う。

だからオレも好き勝手にさせてやっていた。

従業員控え室の扉を開けて出てきた佐原が、後ろから苦笑いを浮かべながら、今日も来てんすね、と笑っている。

店の外の喫煙所、そこにボケッと立ち尽くしながら一服しているアカギの姿は、遠目から見れば本当にただの青年だ。

あんな恋人に振られて死のうとしていた奴が、組に雇われる凄腕の代打ちだと知ったのは、初めて手料理を食べたあの日から数日が経った日だった。

真夜中に出かけるもんだから、何事かと聞いたらそう言う事実がアイツの口から返ってきたのだ。

アイツがそんな生活をしているからこそ、今一緒にいるオレに変な危害が加わらないかどうかが心配で、こうしてバイトの日は迎えに来るんだろうな。

いつぞや、迷惑なら言ってくれればすぐに出て行く、なんて言っていた気がするが今はそれほど心配するような出来事も起きていない。

迷惑になるような事があれば、多分オレだって言うと思う、正直に。

でも大丈夫なんだ、今は全然…それにもかかわらず、アイツはたまに酷く悲しそうな顔をする。

きっと約束が費えたあの日でも思い出してるんだろうな。

そんなアイツの顔を見るたびに、こっちも何故か酷く胸が痛む。

ほら、またその顔だ。

軽くため息をついて歩き出すと、佐原が大丈夫っすか?と尋ねてきた。

一言返事で頷いてやり、軽く笑顔を見せてやれば、そうですか、と彼もまた悲しそうな顔で頷く。

「何かあれば聞きますから…じゃあ、お疲れ様っす」

そう言って、彼は足早にオレを通り過ぎて先に店から出て行った。

佐原が退店した事で気が付いたように振り返るアカギは、オレを見つけて笑顔を見せる。

止めろよ、わざわざ表情変えるくらいなら、悲しい顔のままでいい。

無理はするな、そう言ってやりたかったが、気づかない振りをしてやるのもまた優しさか。

「お疲れ様、カイジさん」

「おぅ…」

「…どうしたの、沈んだ顔して」

何かあった?と聞いてくるが、いやコレお前の所為だから。

「いや、別に…帰ろうぜ」

「ん…」

半分ほど残ったタバコを設置された灰皿に放り込み、アカギはオレの後を付いてくるように歩いている。

毎回のことだが、家に着くまで無言のままというこの空気が堪らなく気まずい。

いや別にいいんだが、毎回後ろにいるアカギがまた悲しそうな顔をしているのかと思うと、なんだかオレが話し掛けない事がいけない、みたいな気がしてしまってそれがちょっと嫌だというか。

まぁただの自意識かもしれないんだろうが…。

「なぁ、アカギ」

「…なに?」

返ってきた声は、相変わらず上がり下がりの無いトーンの変わらぬ物だった。

「…やっぱ、なんでもない」

「ククッ、なにそれ」

話しかけた割には話題が無かった、とかそう言うんじゃなくて、ただ後ろで顔が見えないアカギの様子が今どうなっているのかを知るための一言。

多分だが今はしてはいないだろう、悲しい顔は。

「ねぇ、カイジさん」

「…ん?」

「愛おしいって、なにかな」

「…は?」

思わず立ち止まって振り返ると、アカギがまた悲しそうな顔をしていた。

ホント、声に出ない奴だな。

分からねぇよ、そんな言葉の所在も、お前も。

たった一つ言える事ならある。

「振った奴の所行って、約束守らなかった理由聞いてくりゃいいだろ」

それでスッキリすんじゃねぇの?そう言って再び前方に向き直り、歩き出した。

後ろからはアカギの足音だけが付いてくる。

言った後、オレはしまったと顔色を白くして歩いていた。

暗黙の了解だったろうが、今のは完全に禁句だろ。

ついポロリと思っていることを口に出してしまうのがオレの悪いところだってのは分かってる。

けど、それを今こんなときに発揮すんなよ、アホかオレは。

それからは家に着くまで、一切の会話が無かった。

アカギとの帰路で一番気まずい空気だ、居心地が悪い。

だがしかし、そんな空気にしたのはオレだ、誰を責める事も出来ない。

もういい、言ってしまったことは変わらないんだ。

このまま通す、オレの性質のせいにして。

変に謝る方がおかしいだろ、むしろ事実なんだ。

口にしたところで何がどう変わるってわけじゃない。

「…佐原さんって、言ったっけ…同僚」

「え?…あぁ、それがどうした?」

不意に来た佐原の名前に、オレは一瞬戸惑った。

まさかとは思うが、あの日の事をどういう経緯でか、知られてしまったんじゃないだろうな。

…と言うか、知られた所で別に困るわけじゃ無かろうに、何を焦ってんだオレは。

「随分仲が良いな…古い友達か何か?」

「え、いや…」

それなら、かなり気楽だろうな、仕事してても。

「違うのか…へぇ、結構長く一緒に居るんだな、あの人と」

「そりゃあな、シフトが一緒なんだ当然だろ」

「…オレよりもよっぽど、アンタの事知ってるんだろうね」

消え入りそうな声で、あの人の方が…と続けたアカギを振り返った。

今まで見てきた数々の悲しげな顔の中でも、今日のは断トツの一位。

アカギよりも佐原の方がオレの事を知ってるってのは、当然だろうな。

出会った時期と過ごした時間が違いすぎる。

それに、なんと言うか…思い入れも?

「なに落ち込んだ顔してんだよ…」

「…」

口を噤み始めると、厄介だと言うのは少しの間だが、一緒に居る経験上何となくだが意味は分かる。

拗ねているんだ、こいつ今…ため息が出るぜ。

小さく息を吐き出して、歩みまで止めたアカギに近付いた。

「これから分かっていけばいいだろ、んなこと」

ゆっくりと面を上げたアカギに、行くぞ?と声を掛けると、素直に頷いて再度歩き出した。

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