「カイジさ〜ん、こんな時間にすいませ〜ん、ちょっと良いッスか?」
「…あ?なんだよ佐原、また呑みに来たのかよ」
そんなんじゃないッスよ〜、なんて愛想の良い笑顔で夜の十一時にカイジの自宅に訪問してきた佐原に、じゃぁなんだよ、と返した。
「今日、バイト先に彼氏サンが訪ねて来たんッスよ」
「え…アカギ、が?」
自分の勤め先に訪れる事なんて滅多にないアカギが…明日は雪でも降るのだろうか。
嬉しくないわけではないが、何だか不思議な気分だった。
「でも、何か変なんすよね〜…何時もと違うって言うか…」
「…え?…変って、何が」
佐原は悩みながら唸ると、最終的にこう言った。
「小さいんすよ、サイズが」
「…!?」
その言葉を聞いた瞬間、カイジはドアノブを掴んでいた手を佐原の胸倉に移動させ詰め寄った。
「お前っ、人の恋人の何処見てっ…」
「ち、違いますって〜っ…体の大きさッスよ〜」
「…へ?」
カイジは素っ頓狂な声を上げて、彼の胸倉を離すと阿呆な顔をする。
すると佐原は何故か横へ向けて手招きをし始めた。
おかしい…この時点で何かがおかしい…。
「と言うわけで、お連れしましたよ〜カイジさん」
そう言って佐原の横に現れたのは紛れもなくアカギである…見た目だけは。
「うわっ!…アカギ、お前…なんでそんなに小さいんだよっ?」
「…小さくない」
「…あ、あぁ…すまん…」
鋭いその眼差しに睨み付けられ、カイジはおずおずと謝った。
「なんか、家の場所分かんなくなったみたいで、オレが案内して来たんスよ〜」
待て…そんなわけ無いだろ、アカギは何時も勝手にこの部屋に帰ってくるんだぞ。
と言おうと思ったが、この体の変化を見るときっと何かがあって記憶が飛んだとか、そう言う事なんじゃないかと考え直してカイジは言葉を飲み込んだ。
「そうか…ありがとな佐原…」
「いえいえ、全然良いんスよ〜」
じゃぁオレはこれで、と言っていつもの笑顔で佐原は帰って行った。
と、言うわけでサイズの小さくなってしまったらしいアカギと2人で部屋の中に入る。
何も言わずにずかずかと入っていく様は、やっぱりどうみてもアカギである。
テーブルの横に腰掛けて胡座をかいた彼の隣りに、カイジは静かに腰掛けた。
「なぁアカギ…お前どうした、その体…」
「どうもしてない、これがオレの体」
「…そう、か…」
「………」
沈黙の空気が、今日はやけに重いなぁ…などと考えながらカイジは何か言葉を探した。
「…あ、そう言えばお前さ、今日は珍しい時間に麻雀終わったんだな」
ちょっとした疑問を問い掛けるという結果に脳がまとまった結果がこの質問である。
「…まぁね」
とだけ、答えられても困るんだが…まぁアカギとの会話は何時もこんな感じだが。
しかし今日は何だか気まずくて仕方がないのは何故なのだろうか。
カイジはその答えを探しつつ、同時進行で次の会話をどうしようか考えていたが、その最中。
「アンタ、ホントに俺の恋人なの?」
我が耳を疑いたくなるような質問が、アカギから飛んできた。
本当に記憶が飛んでしまっているようだ…どうしたものか。
カイジは頭を抱え、額に汗して考えた。
「…ねぇ、聞いてた?俺の質問」
「お、おぅ…すまん…えっと、オレはお前の恋人…の、筈なんだけどさ…」
言葉が進むにつれ語尾が小さく萎んでいったカイジに、アカギは眼を細めてジッと真意を探るように見つめてきた。
「…って言うか、お前こそオレのこと…覚えてないのか?」
今度はカイジがそう問い掛けてみると、アカギは視線を窓の外に移して答える。
「覚えてない以前に、アンタの事知らない」
カイジ…驚愕!圧倒的絶句。
その言葉がトリガーであったかのように、次から次へとアカギから言葉が発せられる。
「顔見知りを捜そうと思って、適当に入った建物であの男に、アンタの名前聞いて、ここまで連れてきて貰った、でも結局アンタも知らない人…でもアンタは俺の事を知ってるみたいだね、麻雀勝負の事も知ってるみたいだから」
最後に、どうしてなの、と聞かれたがどうしても何もない。
「だから、オレはお前の恋人だから色々知ってるわけで…」
「でも俺は恋人を作った覚えはない」
一体何処から説明すればいいのだろうか、カイジは困りに困り果ててタバコに火を付けた。
そうだ、一服して落ち着いてから何処から話せば良いかを考えよう。
吸った煙を吐き出して、カイジは目を瞑り口を開く。
「…お前はある日オレの元にやってきた…そう、まるで今日みたいにな…」
それからカイジは長々と今までの経緯全てを30分掛けて話し終え、アカギの意見を待つように視線を向けた。
「へぇ…長々と説明してくれたのに、悪いけどそんな記憶、欠片もないよ」
と言ってアカギは無表情で言い切った。
「…一カ所も、か…?」
「そうだよ」
「え…マジで言ってんのか…?」
「何度言わせるつもり」
「…す、すいません…」
「………」
げんなり肩を落としたオレを、アカギは笑顔も作らずただ無表情で眺めてくる。
これが冗談なら、奴はこの辺でくつくつと笑い出すはずだから、それがないって事は真実だと言う事なわけで、カイジは余計げんなりした。
アカギとの関係をまた一からやり直さなければならないという事である。
「…取り敢えずお前さ、飯は食ったのか?」
「食べた、あの金髪の男がくれた」
「そうか…じゃぁオレ寝るわ…」
お前の分はこっちに敷いとくから適当に寝ろよ、と言い残してカイジはベッドに寝転がる。
さて、きっと目が覚めればアカギは元に戻っているだろう…と言う期待を胸に眠りに着こうとしたカイジの元にアカギがぬるりと歩んできた。
「ねぇ、何で俺は下なの」
「…は?」
「だから、どうしてアンタが上で俺は下で寝るの」
アカギは古風な生活が好きだったため、ベッドを与えてやろうと思ったら何時の日か勝手に敷き布団を買って帰ってきた事がある。
だから敷き布団を好んでいるはずなのだが…。
「…じゃぁ、お前がこっちで寝るか?」
そう言って起きあがり、そこを空けてやるとアカギは訝しげに眺めながらのそりとベッドに這い上がり寝転がった。
アカギであってアカギでないその行動に、カイジは何だか微笑ましくなって来て頬が少し緩む。
「…なに」
「あ、いや…何でもない…」
それだけ答えて、カイジはサッと敷き布団に移動し、また寝転がる。
目を瞑り、アカギとの過去を回想しているとまたアカギが声を掛けてきた。
「おやすみ、カイジさん」
「………お、おぅ…おやすみ、アカギ…」
カイジの知っているアカギよりも少し声の高いアカギは、そう言って眠り始めている。
取り敢えず、明日になったらまた色々考えよう…とカイジも眠ったのだった。