「…え?いや、その…」

「…ダメなの?」

「いやっ!むしろ嬉しいっつか…おぅ、今度、片付けとくわ…っ!」

そのままで良いのにと笑ったアカギが、可愛すぎてどうしようもない。

兎に角エロ本ぐらいは押入れに突っ込んでおくべきだな、とカイジは静かに思った。

未だに実感が湧かないが、確かに今あのアカギの部屋に来ているんだ。

その証拠に、アカギ特有のいい香りが部屋中に充満している。

って、匂いがどうとかなにを確認してんだよオレは、ただの変態じゃねぇかっ!

「伊藤さん、こっちおいでよ…いつまでも立ってたら疲れるでしょ」

静かに歩くアカギはベッドに腰掛け始める。

いやいやいや!そんな所に腰掛けろとか、いきなり難易度高すぎるだろっ!

笑顔で己の隣を指し示すアカギに対し、恥ずかしさと恐縮でカイジはなかなか隣へ歩めない。

だが、確かに立ち続けていても疲れるだけで、アカギとの間を進展させるに至らない事に気付き、恐る恐る隣へ歩んでベッドの端に腰掛けた。

一人分の間隔を開けて…。

「…ねぇ、一つ聞きたいことがあるんだけど…」

え?とアカギへ視線を向けてみると、先ほどまでの笑顔とは打って変わって、悲しげに俯いているではないか。

ドギマギしながら、何だ?と答えると少し間を空けてアカギは言う。

「…治の、事だけど…」

「え、治?…アイツがどうした?」

「…何処までいってるの」

ん?とカイジが問われている意味が理解できずに小首を傾げると、アカギは何処まで進展してるかって事、と再度言い直してくれた。

やっと意味が理解でき、それと同時に勘違いされている事を知ったカイジは、困った顔で答える。

「いや、進展も何も…」

友達と言う意識だけしかないこちらからすれば、進展されてもそれはそれで困ってしまうわけで。

「アイツは友達だしな…」

「ふ〜ん…じゃあ、あんまり心配ないんだ」

心配されなくとも治を取ろうなんて考えていない。

むしろ欲しいのはアカギの方だ…。

だがやはりカイジには、今ここで好きだなんて告白する勇気は微塵も無い。

と言うか今この場で告白したところで、返ってくる答えは見当が付いてしまう。

悲しいくらいに…それよりも話題だ話題。

どんな話をしようか、ドギマギしつつ考えるがなかなか良い話題が見付からず、ただ沈黙だけが流れていく。

と、その時。

「…っ!?」

アカギと少し間を空けて座っていた筈のその空間が、一瞬にしてなくなった。

心臓が破裂しそうだ。

ぴったりと隣にずれてきたアカギに、視線を向けることも出来ない。

そして気付けばアカギの手がカイジの膝の上に置かれていて…。

え?えっ!?と脳内で焦っていたオレに、今度はアカギが口を開く。

「…本気だから」

ん?本気?と疑問に思い、言葉の意味を理解出来なかったカイジが、スッとアカギの方を見てしまったのが間違いだった。

潤ませた瞳を一切逸らさず向けてくるアカギと、バッチリ目が合う。

体が火照っているのが、嫌でも分かる…そりゃ自分の体なんだから当たり前だ。

一度合ってしまうと、もう目が逸らせない。

「…オレ、伊藤さんのこと」

「おーい、飯だぞー」

「…っ!」

ゴクリと生唾を飲み込んで耳を傾けていたが、突如部屋の外から親父さんが呼びかけてきてビクリと肩が跳ねた。

「じ、じゃあオレは帰るぜ…っ!」

「…帰るの?」

アカギが何を言おうとしていたのか、気にはなるが流石に夕飯時まで居座るのは申し訳ない。

「そりゃあな、礼儀は守らねぇとさ…」

「良いじゃないそんなの、夕飯食べていきなよ」

いや、普通礼儀としては帰るもんだろ夕飯時になったら。

って言うかその時間になる前に普通は帰るんだろうが…タイミングを逃したというか、なんと言うか。

「いや、だって…初めて来て、夕飯までご馳走になるとか、ちょっとアレだろ?」

「気にしないよ、オレも親父も…ねぇ、だから一緒にご飯食べよう」

「…っ」

返答に困っていると、ガラリとアカギの部屋のドアが開け放たれ、親父さんが顔を出す。

「食わねぇのか?冷めちまうぞ」

ニコニコしながら平然と問い掛けてくる親父さんに対し、アカギは呆れ顔で溜息を吐いている。

「入る時はノックぐらいしろっていつも言ってるだろ…来客が居る時は尚更だよ」

「まぁ良いじゃねぇか、それよりカイジ、食ってくんだろ?飯」

「えっ!?…いや、オレはそのっ…」

「食べていくって、伊藤さん」

「おま…っ!」

「よし決まりだな、早く降りて来いや二人とも…しげるも待ってるんだぞ?」

緊張で強張った体を無理やり動かして立ち上がる。

隣ではアカギが嬉しそうに笑っていた。

勝手に決めんなよっ…まぁアカギだから勿論許すけどさ。

そう言えば、親父さんの口から出たしげる≠ニは一体誰だろうか。

「なぁ、アカギ」

「どうしたの?」

一足先に下りていった親父さんの後を追いながら、階段を降りているところで問い掛けた。

「しげるって、誰だ?」

「あぁ…弟だよ」

「へぇ…お前長男なのか」

「そうだよ」

「お前の弟ってんだから、モテるんだろうな」

「フフッ、どうかな」

そんな会話をしていたら、ダイニングに到着する。

机の上に並ぶ豪勢な夕飯に、自分がいつも取っている夕飯と比較してみると、ぶっちゃけ格差が酷かった。

まぁ所詮底流の一般家庭で育ち、その仕送りで食える物と言ったらせいぜいスーパーの惣菜程度だ。

分かってはいるが、こう見てみるとアカギってやはりボンボンなんだなと思う。

「兄さん遅い、何してたの早くしてよ、お腹減った」

声の聞こえてくる方に目を向けてみると、アカギに良く似た少し小柄な男の子がテーブルに頬杖を突いたまま、こちらに苛立った視線を向けてきていた。

あれがアカギの弟、しげると言う子だろう。

「悪かったな…話をしてたら長引いた」

「ふーん…で、その人誰」

治さんじゃないよね、と訝しげな視線を送られる。

「伊藤カイジさん、オレと同じクラスなんだよ」

「こんちは」

少し頭を下げて挨拶してみると、ツンとした表情のまま沈黙を返された。

「しげるくんって言うんだよな?今アカギ…いや、お兄さんから聞いたんだ、しかしよく似てるな」

きっと初対面だから少し人見知りをしているだけなんだろう。

アカギの家族なら、少しでも仲良くしようと思って率先して笑顔で話しかけてみた。

しかし、それが間違っていた。

「よく喋る人だね、鬱陶しくないの?」

「………」

思わぬ言葉を返されて、反応に困る。

同時に先ほど貰ったアカギの答えを思い出して、納得してしまった。

こんなキツい性格では、本来モテる筈の者もモテないだろうな、と…。

「ごめん伊藤さん、アイツはいつもああだから、気にしないで」

「お、おぅ…」

なんかごめんなさいと心の中で思ったのは内緒にしておくことにする。

別の席に座っていた親父さんは、大層面白いものを見たかのように笑っていた。

しげるの前にアカギが座り、その隣にカイジは恐れ多くも腰掛ける。

頂きます、と声を揃えて言ってから食事が始まるが、他人の家だと思うと飯の味を認識するのも難しい。

緊張しすぎて舌が麻痺しているんじゃないかとも思えてくる。

豪勢な食事過ぎて、美味しいと言う感想も当たり前すぎる気がしてしまい、何を言えばいいのか分からない。

「…そう言えば、もうすぐ文化祭だな、お前ら何やるんだ?」

黙々と食を進めていると、不意にテーブルの端から声が聞こえてきた。

親父さんがアカギとしげるにそれぞれ質問したらしい。

「…お化け屋敷だって、下らないね」

しげるはそうとだけ言ってまた食事をする。

「オレの方は演劇だよ」

アカギがそう答えると、今日の記憶が蘇ってきた。

そうだ、オレは主役位置なんだった、と思い出す。

演技とか出来るのか?って言うか、セリフとか覚えられる自信がねぇんだけど。

しかもアカギが相手だし、もし覚えられたとしても本番でセリフ全部吹っ飛びそうだな。

と、これからの心配をしていた矢先…。

「へぇ演劇かぁ、配役は決まってんのか?」

と言う親父さんの問い掛けにアカギは…。

「決まってるよ、ヒロイン役はオレがやる、それに相手役は伊藤さんが勤めるんだ」

「ほぉ?そりゃあまた面白い配役だな、見る価値ありだ」

おい待てー!親父さん見に来るとか怖すぎる!本番絶対失敗出来ねぇじゃねぇかよ!

喉に通そうと思っていた物が、口の中に留まったまま右往左往している。

それをしげるに盗み見られ、ククッと笑われたかと思えば、この人演技なんて出来るの?無理じゃないの?とまたもやキツい一言を貰った。

おぅ、オレもお前と同意見だよしげる…。

だがカタリと箸を置いたアカギが、カイジの方に視線を向けてきた。

「大丈夫、この人なら出来るよ」

と、なぜか自信満々に言い切るアカギに、カイジは困った笑みを浮かべるしか出来なかった。

その後、晩御飯を食べ終わったカイジだったが、泊まっていけば?とアカギが言い出したのには、驚愕の一言に尽きる。

流石に初回で宿泊までする勇気は無いので、カイジは必死で断った。

晩御飯をご馳走してくれたアカギとその家族に心から感謝の意を込めて礼を言い、カイジは赤木宅を後にする。

玄関先まで見送りに来てくれたアカギは、未だに帰ることを了承したくなさそうな顔だ。

「今度来れたら、そん時はお世話になる覚悟を決めとく」

遠回しに言ったその言葉の意味を、アカギは察したようで嬉しそうに笑った。

「そう、分かった…じゃあ明日来てよ」

ってお前なぁ日を空けろよ、日を!

「いや、すぐにはちょっとな…」

「どうして?オレは毎日でも構わないのに」

毎日でもってそれ、オレに居候になれって言ってるようなもんじゃねぇかよ、とカイジは突っ込みを入れつつ苦笑いで返した。

「じゃあ、今日はありがとな?」

「うん…また来てよ、待ってるから」

「おぅ、じゃあまたな」

軽く手を振って見送ってくれるアカギを可愛らしいと思いつつ、家路を辿るべく自転車をこぐカイジ。

その間、思い出しただけでも叫びだしそうだった。

なにせあのマドンナとみなが知る有名なアカギの家にお邪魔できた上に、飯までご馳走になって、更には泊まって行ってもいいとまで言ってもらえたのだ。

嬉しくないわけはない。

くぅー!と声を漏らしながらいっそう早く自転車をこぎ進め、空に浮かぶ星に目を向けながらぼんやりとアカギの微笑を思い出していた。

「いやぁ…やっぱ可愛いよなぁ」

その様子を遠目から見ていたある人物は、ギリギリと歯を擦り鳴らして眉間にしわを寄せていた。

目を細めてギロリと遠ざかるカイジの背中を睨み付けている。

しかし、かと思えば笑いを漏らし始め、ぶつぶつと何かを呟き始めた。

そして男は闇に紛れ、そこには静寂だけが残る。

これから先訪れる幾多の波乱は、カイジでさえ知る由も無い未来だった。

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