その日、代打ちの仕事を終えて帰宅途中だったアカギは地下へと続く階段を下りようとしているところだった。

手すりの傍では2人の男が口論をしている様子だったが、アカギは気にせず一歩階段を下り、今日は帰ったら何か食べてから寝ようかな、などと考えているところだったが…。

気が付くと次の瞬間には、鈍い衝撃と同時に体が宙を舞っている。

一瞬?マークが浮かび、次の瞬間には状況を把握しようと努めてみた。

自分は今、階段を下りようとしているところだった…足を踏み外したのか、いや…。

少し後方に視線を向けると、先程喧嘩していた2人の男性が青ざめた顔でこちらを見ている。

なるほど…あいつらがぶつかって、俺は飛ばされたんだ。

暢気に笑っている場合ではないが、彼の場合は命など等に消えているに等しいためか、口元をつり上げる。

その後、前方の下り階段に目を戻すと…。

「…ん?」

先程までそこにはなかったあるモノ…まるでCG映像のような、黒い穴と言ったらいいのか、何なのか…その空間だけ切り取られたような、そこだけ真っ黒に塗りつぶされたような、そんな不思議な空間がお目見えしていた。

空中では方向転換は出来ない。

アカギはそのまま、その黒い空間の中に吸い込まれるように消えていった。



一方、カイジはパチンコ帰りで生活費ギリギリを残した全資産を盛大に擦った後だった。

深い溜息をつきながら、何でこんなに運がないんだろうと泣きそうになりながら家路をたどっている最中であったのだが…。

俯き加減に歩いていた彼だが、視野の片隅にかすかな電流を見た気がした。

こんな時に雷雨でも来るのか?全く最悪のタイミングだぜ…と思って顔を上げてみると、来たのは雷でも雨でもなく…人だった。

白く透き通るような白銀の短髪に、これまた綺麗な白い肌。

切れ長の目、赤い瞳…まるで、そうこれは天使か、なんてカイジはぼんやり思った。

しかし、次の瞬間にはハッと我に返り、既に全体重を掛けてのし掛かってくるその体に覆い被されていた。

気が付くと、暗い空が見えている…あぁ、倒れたのか、と理解して上に覆い被さっている男の体を揺すった。

「おいっ…こんなところで酔いつぶれんなよ……あれ…」

倒れ込むほど泥酔していれば、少なからず酒の匂いは多少するはずだが、男の体からは一切酒の匂いは漂ってこない。

ならば何故眠っているのか…いや、これはもしや気を失っているのではないか?

とりあえず、どっちにしろ意識はなさそうだ。

「しょーがねぇなぁ…」

そうぼやいて、カイジは仕方なく倒れ込んでいる男を一旦押しのけると、背中に担いで家まで運んだ。

何が哀しくて男を持ち帰っているんだろうオレは…なんて溜息をつきながら。



次の日の朝、カイジが背伸びをしながら起きあがり、昨日寝かせた男は目覚めてるかな?とベッドを見てみると…。

「い…いねぇっ!?」

確かに寝かせたはずなのに、男の姿はまるで見当たらない。

カイジの部屋もそんな広いわけではないので、少し見回せばすぐに見るところも無くなる。

個室であるトイレ、フロも見てみるがいない。

まぁとりあえず、元気になって帰っていったんだろうと、彼は思うことにした。

今日はバイトが休みで、特にすることもないカイジは部屋に置いてある適当な雑誌を広げ始める。

パチプロ必勝戦法とか書いてある表紙の雑誌を読みあさっていると、不意に玄関が物音を立て始めたと思うと、そこには昨日連れて帰ってきた男が靴を脱いでいる様子が目に映った。

「え、お、おまっ……帰ったんじゃないのかよっ!?」

「…あぁ、どうも…オレもそうしようと思ったけど…」

見付からなかったから帰ってきた、と続ける男にカイジは目が点。

あぐあぐする口で漸く、何が…?と聞くと男は小さくため息を吐いて答える。

「知ってる人とか…まぁ色々…」

「あぁ…そう………」

目の前の男が何を言っているのか、頭の中で整理しても理解しきれないカイジであったが、行く宛がないのだと言うことぐらいは理解できた。

現に、今こうしてオレの家に帰ってきているのだから、そう言うことだろう。

「…まぁアレだ、見付かるまで好きなだけここに居りゃぁいい…」

記憶喪失にでもなっているのか、詳しくはよく分からないが、素性が知れないからと言って出て行け、と言うのも可哀相な話し。

それに素寒貧な身の上、別に取られても困るような物は一切無いため何を気にすることもなく男をここに置いてやることにした。

「アンタ優しいね…伊藤さん、ありがとう」

「おぅ、よく言われるよ…って、何でオレの名前知ってんだよ!?」

自己紹介した憶えがねぇのに!と続けたカイジに、男はククッと笑って答えた。

「見たから、表札…」

言われてみれば確かに、その手があったか…と納得するカイジ。

「一応名前はカイジだ…まぁ、みんな下の名前で呼んでくるけどな…好きに呼べよ」

「分かった…あとこれ」

伊藤さんにあげる…と言って、男はビニール袋を差し出してきた。

苗字は慣れねぇなぁ…と思いつつ受け取って中を覗いてみると…。

「うわっ!…何だよこの札束の数っ!?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまったカイジ、中に入っていたのは大量の万札の束。

「ちょっとした勝負で勝った…」

「勝負って…つか『ちょっとした』どころじゃねぇだろ、この額!」

今度は男の方が怪訝な顔で、普通じゃないの?とか言い出す。

「何が『普通じゃないの?』だよ…たくっ、ギャンブルにでも手ぇ出したのかよ?程々にしとけよな…」

あぁ、オレも言えないか…なんて言った後に思ったことは内緒にしておくことにしても、改めてみると本当に凄い額だ。

これを本当に受け取ってしまっても良いんだろうか、とカイジは額に汗して考えたのだが…凄い額と言うことが主と、男の少しばかりの恩かとも思って受け取ることに決めた。

「まぁ…お前の恩って事で、ありがたく受け取っとくぜ」

「…それと、オレの名前は赤木、赤木しげる…」

「そっか…じゃぁアカギって呼ぶわ、よろしくな」

ニカッと笑ってカイジが言うと、アカギも少し頬笑んで、よろしく…と返してきた。

なんやかんやで、男2人の同居生活がスタートした。

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