前に二人で一緒に食事をしてから、一週間程が過ぎていた。
カイジは次の算段をしている。
食事の次にデートらしい事柄と言えば、映画とかだろうか。
でも一体何を題材にした映画を見れば良いのか。
恋愛物だと、あからさま過ぎる。
ホラー物は、自分が苦手過ぎる。
ならばアクションはどうだろうか。
いや、色んな意味で闘争心に火がついたら困る。
と言うことは、SF物か。
…なんの脈略もないから却下。
カイジはガバッと起きあがって、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
何を一緒に観たら良いのか分からない。
第一、彼がどんな内容を好むのかが、分からない。
彼が…そうか、観たい映画を彼に選んで貰えばいいのか。
そこまで思考が行き着くと、カイジは早速行動を開始する。
普段の彼に比べると、なんてアクティブな事だろうか。
時刻は夕方。
この位の時間なら、まぁ多分だが寝ていることは無いと思う。
麻雀は明け方終えて帰ってくるわけだし。
カイジは咳払い一つしてから、深呼吸してインターホンを押してみた。
すると…ガチャリと扉が開かれて、中からアカギが顔を出す。
よし!確変モード突入のチャンス!とかパチンコ台を前にしているような台詞を、内心で吐いた。
「あぁ伊藤さん、今晩は…」
彼は続けて、なんですか?と訪ねて来たので、カイジは意気込んで答えた。
「こんばんは!…あの、暇な日ありませんか…っ!?」
すると、アカギは一言。
「今日、ですね」
「よっしゃぁ…っ!」
急に目の前で叫びだしたカイジに、アカギは目をぱちくりさせる。
その様子に正気を取り戻したカイジは、ゴホンッと咳払いをして目的を告げた。
「えっと、一緒に映画でも、観ませんか…っ?」
「映画か…良いですよ、たまにはそう言うのも悪くない」
今度は目の前で、確変来たこれ!と叫び出すカイジ。
アカギは再び目をぱちくりさせた後、この人はやっぱりよく分からない、と笑いながら思った。
「で、映画は何を?」
「アカギさんと観るなら何でも…っ!」
「…何か観たい物があったんじゃないんですか…」
「いやコレと言って特には…あ、でも映画観たいってのはホントで、なんて言うか…」
「なるほど…つまり、お腹は空いたが何を食べたいか分からない…こんな所ですか?」
「そうっ!まさにそれ…っ!」
映画でそんな状況になるって人は、アカギにとって初めて。
可笑しくて、笑いが堪えきれない。
「アンタ、ホント…面白い…」
ドアで顔を隠してクスクスと笑い続けているアカギに、カイジは恥ずかしそうに笑った。
「…じゃあ、何を観るかは、オレが選んでも良いと言う事ですね」
「それは勿論もう全然…っ!」
アカギの提案により、映画館よりもお得で人が多くない場所でも観ることの出来るレンタルにする事に。
TSUTAYAまで来て、色々な映画のタイトルを見て回る彼の後で、カイジは一人ルンルンとカゴを手に歩いていた。
「…3本ほど借りても良いですか」
と、不意に背を向けたまま歩き続けるアカギが問い掛けてきた。
「それはもう何本でも全然…っ!」
「ククッ…どうも」
すると、目的のタイトルが置かれている三カ所を回り、カウンターで精算を済ませる。
勿論のこと会計は誘ったカイジ本人が強引に支払った。
しかし、帰る道中カイジは手の中にあるTSUTAYAの袋にチラチラと目を落としている。
それは借りた中に、ホラーが混じっていたからだった。
ラインナップとしてはアクションの『インディー・ジョーンズ』感動のSF『アルマゲドン』そしてホラーの『●REC』である。
他2作品は良い、しかしホラーは…本当に苦手なカイジは冷や汗が止まらずにいた。
アパートまでたどり着くと、アカギは何故かカイジの部屋の前で立ち止まる。
「…オレの部屋には、テレビが無いんですよ」
「あぁ、なるほど!…ちょっと汚いけど良い?」
「構いませんよ、観られるなら何でも」
カイジは早速鍵を開けて扉を開いた。
「どうぞ…っ!」
「どうも、お邪魔します…」
男らしく散らかる空き缶やゴミには目もくれず、アカギは靴を脱いで上がり込んでいく。
自分の部屋を見回し、片付けを少しでもやっておけば良かった、と後悔するカイジであった。
取り敢えずアカギが腰を下ろした隣りに、自分も腰を下ろしてTSUTAYAの袋を掲げる。
「さて、どれから観る?」
「そうですね…じゃぁ、順番は伊藤さんに任せます」
「分かった…それじゃぁ…」
カイジは考える、どの順番で観ればいいか。
ホラーを先に持ってくるのが良いのか、そうすると耐久性も何もない彼にとっては、ただの恐怖に他ならない。
と言うことは最後に持ってくれば良いのか、そうなると今度はなんとも情けない話だが、一人で寝れなくなりそうだ。
ホラーを見る前に肩慣らしと勇気付けとして、アクションを見た方が良いか。
そしてホラーの後で感動物のSFを観れば、一人が怖いってのは軽減出来そうな気がする。
と言うわけで、アクション、ホラー、感動のSFと言う順に決定された。
「じゃぁ、観ましょうか」
「おぅ…っ!」
デッキにDVDをセットして、再生ボタンを押す。
軽やかでしなやかな激しいアクションと複雑な謎解き内容で、カイジはハラハラしながら主人公を見守っていた。
時たま独り言のように、画面に向かってエールを叫ぶ姿を横目でアカギに見られ、笑われていた事にも全く気付いていない。
アクションが終わり、続いては恐怖の…。
「さて…次は、これでしたっけ?」
そう言ってDVDを取り出したアカギは、笑みを浮かべながら差し出してくる。
ゴクリと生唾を飲み込んで、カイジは恐る恐る受け取ってデッキにセットした。
深呼吸をして再生ボタンを押す。
カメラマン視点でのレポーターとスクープを追う様な出だし。
最初はドキュメントを見ているような感じで、のほほんと見ていられたのだが…。
マンション内で異変が起き、大騒動が巻き起こり始めた頃には、顔面蒼白で画面を見るカイジが居た。
そこから最後まで、カイジは全く映画の内容を憶えていない。
気が付いた時にはアカギにしがみ付いて、背を撫でられていたわけで。
情けなさ過ぎて、恐怖とはまた違う意味で泣けてきた。
良い感じに涙腺が緩んできたところで、最後のシメとしてあのSF感動作を観る事に。
見始めて序盤でいきなり泣き出したカイジには、アカギも仰天せざるを得ない。
一体どこをどう見れば泣けるのか、アカギにはちょっと理解出来なかった。
辺りを見回してティッシュ箱を見付けると、カイジに差し出してみる。
すると無意識なのか何なのか、それを手にとって鼻をかんだり涙を拭ったりし始めた。
そしてラスト感動の名シーンでは、もう嗚咽混じりでどうしようもない程、号泣している。
そんな彼の様子を見ながら、これだけ素直に映画へ入り込めたら楽しいだろうな、と思うアカギであった。
瞬く間、とは言っても映画なので5時間は経過しているが、カイジにとってはその表現が最適だ。
ただし、ホラー映画の時以外は。
よく考えてみればカイジ一人で百面相をしていただけだったが、アカギと二人で観ていると言う事実があるだけで180度意味合いが変わる。
飽くまでカイジの脳内では、と言う話。