―…これでお揃いだな…ねぇ、カイジさん…幸せでしょ?…―
星がきらめく夜空に、か細い声が溶けて消えてゆく。
―…アンタはきっと、裏切らない…そうでしょ?…―
猛烈に燃え上がる愛が、狂気の憎悪に変わる時、人は見境という物を無くすのだろう。
―…オレだけを愛して…一生を懸けて…―
彼もまた、例外ではなく…。

それは3年の月日を遡る。
アカギがカイジと出会ったのは16歳のときだった。
行き付けの雀荘で知り合い、様々な時間を共有して、結果二人は恋人となった。
それは、出会って一ヵ月後の事だ。
カイジの家に住まうようになり、アカギはそれまでに無いほど彼に尽くしていた。
何においても、彼を第一に考えるほどに…。
最初の内は幸せだった。
しかし、月日を重ねるごとに段々と想いは冷めてゆく。
そう…カイジの態度が冷えている。
だがアカギは、それに気付かない。
愛しすぎているからこその、盲目。
一を知れば十を求め、十を得ると百を望んだ。
恐ろしいほどに全てを求めるアカギに対し、カイジは次第にその重みに耐えられなくなっていたのだ。
気付けば身の回りのもの全て、アカギが選んだ物。
服も食品も装飾品も、行く場所さえアカギが選ぶ物。
だがアカギは、それでも彼は喜んでくれていると錯覚していた。
行過ぎた愛欲が身を滅ぼすなど、誰が知っていようか。
一年ほど経てば、カイジが家に帰らなくなることが多くなった。
夕食は彼が帰宅するまで手を付けずに待つ。
しかし、日が昇ろうとも彼が帰らぬ日が続き、気がつけば週に一度帰ってくれば良い方になっていた。
酷い時は一ヶ月ほど帰ってこないこともあるのだ。
その度に、アカギは彼に何かあったのでは?と心配をする。
そして彼がやっと家に帰ってくれば、その問い一点張りで、留守にしていた間の状況を詳しく要求した。
最初の内はカイジもその要求を呑んで詳しく説明をしていたが、次第に面倒となり数日前の話を使いまわすようになった。
それでも…アカギは気付かない。
まだ互いに、激しく愛し合っていると信じていたからだ。
だがしかし、それはアカギの目に映る現実。
カイジの目に映っている現実は…アカギのそれとはまるで違っている。
そんな事を、アカギが勘ぐるわけも無い。
神様とは、実にずる賢く、邪道な悪戯を好むのか。
現在、アカギは19歳を迎えていた。
日々の食料調達のため、スーパーへ買い物に来た帰り道のこと。
曲がり角を曲がるカイジの姿を、偶然見かけたことが引き金だった。
嬉しくなって、彼の元へ駆け足で近づこうと角を曲がる。
しかし…そこには彼とは別にもう一人、見知らぬ男が立っていた。
しかも、とても楽しそうに会話と笑顔を弾ませながら歩く彼の姿がある。
気付けば手から食材の入った袋を滑り落とし、そのまま二人の後を付けた。
アカギのその瞳は、完全に据わっている。
赤く美しかったその色が、今は愛欲と憎悪に塗れてどす黒く染まっていた。
二人が行き着いた先は…煌びやかな外装のホテル。
二人は唇を触れ合わせ…中へ入っていった。
もう、完全に流れは読めている。
憎悪に侵食された瞳を伏せたまま、アカギは静かに家路を辿った。
その数日後、ついに迎える二人の最終章。
「ただいま…お前電気くらい点けろよ」
真夜中午前2時過ぎ、カイジが久々に家に帰ってきた。
アカギは口を開かず、ただテーブルの前に座っている。
「…つか、何か変な臭いすんじゃねぇか…」
ぶつぶつと文句を言いつつ、玄関の脇に設置されているスイッチにカイジは手を伸ばした。
パチリとスイッチを入れれば、照らされた部屋の中の惨状が露わになる。
「うっ…!」
口元を押さえ、カイジが目にしたのは…テーブルに並べられたまま放置された料理達。
子蝿が集り、腐臭を放つそれは、明らかに腐っていると一目で分かる。
そんな物の前に座り込んで、微動だにしないアカギは、げっそりとやせ細っていた。
本来でも痩せ型だというのに、だ。
「お前、何してんだよ…早く捨てろよ、んなの…っ!」
カイジの言葉が掛かった瞬間、アカギの瞳が揺れた。
「…どうして…」
かさ付いた唇から漏れる、小さな問いかけの言葉。
「腐ってるからだろうが…っ!」
返される、乱暴な言葉。
どうして…何故…オレは…愛してるのに…こんなにもアンタだけを…見ているのに。
「…その白いシャツ、オレが選んだ物じゃない…どうしたの?…」
「お前には関係ねぇだろ…いいから片せよ、そこの奴全部っ!」
膨れ上がる愛憎は、もう止める事は出来ない。
とうに破裂して、手遅れだ。
見るも無残に、爆ぜているのだから…。
「…分かった、片付けるよ…でも一つだけ約束して…」
ゆっくりとした動作で、アカギは面を上げながら続ける。
「オレだけを見続けると…約束してよ…カイジさん」
アカギの据わった瞳を見て、カイジは酷くうろたえた。
「な、何言ってんだよっ…見てるだろずっと…っ!」
口元をうっすらと笑わせたアカギは、ヌルリと立ち上がり右手を突き出す。
その先を見て、カイジは本格的に怯え始めた。
黒光りするそれは、はっきりとカイジの胸元に向けられている。
「…大丈夫、オレは知ってるから…今から全てが真実になる…」
「止めろっ!…何考えてんだよお前…っ!」
言うが、カイジは一歩も動かない。
いや、この状況下で動くことが許されない。
「…ねぇ、この服覚えてるでしょ…アンタが褒めてくれた服だよ…」

―…白い肌に栄える、良い服だな!お前、赤が似合うな…―

「オレだけじゃないよ…アンタも凄く、似合うんだよ?だから…」


今すぐオレの為に纏って、紅に染まった綺麗なシャツを…ね?


「これでお揃いだな…ねぇ、カイジさん…幸せでしょ?」
星がきらめく夜空に、か細い声が溶けて消えてゆく。
「アンタはきっと、裏切らない…そうでしょ?」
猛烈に燃え上がる愛が、狂気の憎悪に変わる時、人は見境という物を無くすのだろう。
「オレだけを愛して…一生を懸けて」
彼もまた、例外ではなく…狂おしい愛憎に飲み込まれた。
酷く乾いた発砲音が部屋に轟き、彼の服だけでなく…部屋中が赤で満たされていく。
膝を折って、床に崩れ落ちた彼の体を抱き起こす。
「幻想でも、白昼夢でも、何でもいいんだ…アンタさえ、傍にいればオレはそれでいいんだよ…」
開き続ける瞳孔と、鮮やかだった赤が変色するその様は、まさに彼の意識を物語る。
「ずっとここに居てくれるんでしょ?…オレだけを見てくれるんでしょ?…ほら、もうアンタは真実にしてくれたね…」
冷たい、冷たい口付け。

アンタハゼッタイニ…オレヲウラギッタリハシナイ…ソウデショ?…
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