たった二度しか顔を合わせていない男を連れて帰ってきて、早くも夜が明け朝日が昇り窓の外では鳥が鳴き始めている。

時刻は早朝と言えるほど早くも無ければ、昼過ぎというほど遅くも無い。

伸びをしながら布団から起き上がり、ベッドのほうを見ると男は未だ眠っているようだった。

取り敢えず、と立ち上がってキッチンの棚を漁ってみるとインスタントのお粥が見付かり、賞味期限を確認しても未だ使用できそうなのでラッキーだ。

ガタガタと鍋を取り出したり、湯を張ったりとインスタント料理の作業を進めていると、不意に背後から声が響いてきた。

「ねぇ…ここはアンタの部屋?」

振り返ってみると男は部屋を見回しながら身を起こしている。

作業の音で睡眠を妨害してしまったか、これは悪いことをしたな、と思った。

「悪ぃ、起こしちまったな…そう、オレの部屋だ」

笑みを作って答えてやると、男は納得したように見回すのを止めてオレへと視線を向けてくる。

「…どうしてそんなに世話を焼くの、他人に」

目を細めジッとオレの真意を見定めるように見詰めてくるのは良いが、まずその前に礼を言え、礼を。

「外で急に熱出して倒れられたら、そりゃあ面倒くらいは見るだろ…一度顔を合わせてるわけだしな」

「それでも、看病してくれなんて頼んで無い…」

その言い草に思わず溜息が出てしまったが、とげとげしい言い方をされてはいちいち隠す必要性さえ感じない。

「そのまま高熱で死にたかったのか?…それなら止めねぇけど」

「その方が良かった…」

俯いてぽつりと答えた男に、オレは久しぶりにドン引きという反応を取った。

こんな反応をしたのはどれくらいぶりか、記憶を辿っても思い出せないくらいで、もしかしたら初めてなんじゃないかという錯角さえ出てくる。

いや、そうでもなかった…結構しょっちゅうこんな反応取ってたわ、人に裏切られるたんびに。

そうだよな、恩を仇で返されるってのを何度も体験してるってのに、学習しないオレもオレか。

馬鹿だよな何でこんな奴、助けてやったりしたんだ…そのまま見過ごしゃ良かったな。

またお人よしが裏目に出たって事か。

「心配損だったな、助けちまって悪かったよ…ならさっさと死んでこい」

言いながら沸かしていたお湯を止め、男へ振り返ると驚いた様子でこちらを見詰めてきている。

なんだよその目は、まさか引き止めて欲しかったのに、なんて言うんじゃねぇだろうな。

「…アンタ、似てる…あの人に…」

いきなり何を言ってんだコイツ、わけが分からない。

一体オレが誰に似てるって?つうか、そんな事はどうでも良いから出て行くのか行かないのか、ハッキリして欲しいもんだ。

小首を傾げながら自分の朝食を用意しようと冷蔵庫前へ移動したが、また声を掛けられる事になって扉に伸ばした手が止まった。

「何であそこに居たか…知りたい?」

伸ばしていた手を引き戻して、男の方へと体事振り向いてみせる。

しかし男の話を聞きたいと思ったからじゃない、ぶっちゃけそんな事はどうでも良い。

「別に、どうでも良い…オレが知りてぇのは出て行くのか行かないのか、だ」

目を見てハッキリ言ってやると、男は少し悲しげな目をして俯き始める。

そんな態度を取られると、嫌でも胸の奥が痛んで胸糞悪い。

なんか知らないが、悪いのはオレの方だと言われてるみたいじゃねぇか。

「お前が望んだんだろ、死にてぇって…」

ゆっくりと面を上げて、オレを見据えるその瞳は潤んで縋っているかのように見える。

自分で死を望んでおいて、やっぱり誰かに手を差し伸べて欲しいだけなんじゃねぇかよ。

「…分かったよ、聞いてやるから止めろその顔…」

男は掴んでいた布団をギュッとまた強く握り直している。

小さく溜息を吐いてベッド脇に移動し、窓際に座ってタバコに火を付けた。

「…待っていた、あの人を…約束したのに、最後にもう一度だけ会ってくれると…だからずっと待っていた…それでも、あの人は来なかった…」

片耳で男の話を聞きながら、きっと恋人とでも別れ際の最後の一度会う約束をしていたが、それは破られたと言う事か…と脳内で整理し結論付けていた。

「そうしたらアンタが来て、傘をくれた…礼を言いたくて待っていたのは、言ったから分かっているだろうけど…」

やはりそういう流れでオレが通り掛ったんだな。

納得しながら灰皿に灰を落として、男が語る続きの話を聞く。

「あの日と同じ時間に毎日…でもまさか、あの人との約束の場所で、違う人間をそれ以上の時間待つなんてね…アンタが来る保障なんて、何処にもなかったのに…それこそ、あの人のように約束したわけでもない…それでも待つ事が出来たのは…」

口を半開きにしたまま、チラリと男の方を見ると彼もこちらを見ていたようで目が合う。

「…アンタを…信じられたから…」

そう言った目が笑っている、柔らかい表情で。

「…何でだよ、保障なんて無かったんだろ」

「何故かは知らない…でも、必ず来てくれる気がした…」

先ほどまでは死んだ方がマシだとか何とか言っていたくせに、いきなり信じるとか必ずとか、何を考えているのかよく分からない男だ。

何を求められているのかは知らない、オレを信じたって良い思いはしないと言ってやりたくなる。

それこそ、お前を裏切った恋人のような愚考に及ぶかもしれないだろうに。

「助けては貰っても、それだけで信じはしねぇな…オレなら」

「アンタはそうかもしれない…でも、オレは信じたよ」

沢山の裏切りを見てきたオレにとっては、信じる信じないなんてとっくの昔に卒業してんだ。

だからこそ、目の前で信じたとか抜かす男がアホみたいで、嘲笑じみた笑いが込み上げる。

「ハッ…そうかよ、勝手にしろ」

「…ほら、そんなこと言っても出て行けとは言わなくなった」

「………」

何が一体ほら≠ネのか分からないが、微笑んで言葉を続ける男に対して、真剣に呆れた。

「アンタと一緒の時間、なんか不思議だ…結構冷たいのに、案外暖かい…でもそれが心地よくて、悪くないと思える」

勝手に信じ込まれて、なにやら気に入られ始めて、結果一緒に居るのが心地いいみたいな意見にまとめられて、こっちは正直な話ついていけない。

と言うか、まともに自己紹介さえしてないのにアンタ呼ばわりとか、どうなんだよ。

マジこいつ、一体何なんだ。

とりあえず一つ言える事は、出て行かないんだろうって事だな。

「…体、まだだるいのかよ」

面倒だから取り合えず違う話にしようと容体を聞いてみると、少しだけ…と返ってきた。

無言で立ち上がり、オレはお粥用意の作業を再開しようと台所へ一歩足を踏み出した瞬間。

「どこ行くの…」

ぽつりと男が心配するように声を掛けてきた。

逆にこの状況で、オレに何処へ行けってんだよ。

「…台所だぜ?だからなんだ」

「いや、別に…なんでもない」

今日は何回目の溜息だよってぐらいに、溜息ばかり出る。

そんなに時間を掛けずに出来たお粥を、皿に移し変えて男の元へと運んでやった。

「ほら…食えるだけ食え、そしたらまた寝ろよ」

「ありがとう…」

小声で、しかし嬉しそうに言った男は、ゆっくりとした動作で蓮華を口元に運び始める。

出掛ける事も叶わない今の時点では、オレも家の中で何か時間を潰すしかないんだよな。

やることがねぇんだが。

「…アカギ」

「…?」

「赤木しげる…オレの名前」

唐突に名乗りだした男に面食らって、思わず名乗り返すのを忘れた。

「名前は?アンタの…」

「え?あぁ…伊藤カイジだ」

「そう…宜しく、カイジさん」

「おぅ…」

おい、そんな笑顔で言うなよ…突き放しづらくなるだろうが。

何だろうコイツ、本当によく分からない…。


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