土砂降りに降られ公園で見知らぬ男に傘を譲ったあの日から、数日が経過している。

しかし、オレがあの男に再び会うことは今日まで一度も無かった。

傘の事などすっかり忘れて、バイト帰りに毎回寄り道をして違うルートを辿っていたからだ。

別にあの男に会う事を避けていたとか、全くそんなつもりは無い。

本屋に行って立ち読みをしたり、レンタルビデオ屋で次の給料が出たら借りようと思うラインナップを選んだり、時には佐原お勧めの居酒屋に寄ったり。

バイトが無い日は勿論だが、あの道を通る事はまず無い。

当然だが、わざわざ仕事でもないのにバイト先方面へ外出する気なんて起きやしない。

わざわざ行くなら逆方向のパチ屋ぐらいのもんで、公園前なんて気付けば今日まで一度も通っていなかった。

しかも何を図られたかは知らないが、今日はあの日のような土砂降り。

やはりオレは今日も傘を持ってきていない。

と言うか、毎日いちいち天気なんて確認していないんだから当然だ。

だがしかし、今日は頼みの佐原が居る。

「カイジさん、相変わらず今日も傘無しっすか?」

シフト終わりにロッカーで着替えていると、いつものように佐原が笑いながら言ってくる。

当然だろ、天気もニュースも確認してねぇんだから。

どうせ濡れるとしても素寒貧なこの身一つだけで、別段困ることは何も無い。

よって持っていようが無かろうが、大した問題にもならず支障も無いってわけだ。

風邪を引くってリスクは、まぁ否めないけど。

「だったらなんだよ…」

「良いですよ、入れてあげますから」

「…おぅ…なんか、いつも悪いな…サンキュ」

そっぽを向いて礼を言うオレに、佐原はケラケラと笑いながらおちょくって来る。

だが憎めないってんだから、コイツの天性は羨ましい限りだ、全く。

帰り支度を終え、椅子に腰掛け何やらパソコンに向かっている店長へと、上がりの挨拶を掛けながらその後ろを通り過ぎる。

店先にて佐原の傘に入れてもらい、二人揃って土砂降りの中を歩き出す。

問題の場所の前まで来る間は、他愛ない話をしながらゆっくりと歩いていた。

店長の愚痴とか、今日来た客の話とか、互いの生活であった事とか、そんな極普通の会話だが、それがまるで幼児期や学生時代などを思い起こさせる。

まぁ要は、純粋な頃に還っているようで楽しいって事だ。

「…ああ、そう言えばさ…」

「ん、何すか何すか?」

オレから話を振ることがあまり無い所為か、佐原は興味津々で耳を傾けてくる。

「この前バイト帰りん時、こんな感じの雨の日にさ、この先の公園で男が一人ぽつんと立ってたんだよな…」

「へぇ〜…それで、その人どんな反応したんすか?」

思わず立ち止まって佐原の方を見ると、一歩遅れで立ち止まった佐原はケラケラとまた笑った。

「分かりますよ、そんな話の切り出し方なら、大方話しかけたりでもしたんでしょ?」

「お前には下手な嘘吐けねぇな…」

「でしょ?良く言われますよ」

笑いながら言った佐原は、道の先にある公園入り口に目を向け始めた。

「これでもしその人が居たら…カイジさん、どうします?」

「さぁな…たまたま居合わせただけだし、どうもこうも…」

居るわけがないと、オレはぶれる事無くはっきりと思っていた。

あの日はたまたまあの公園で何か用があって、あの男はきっとあそこに居ただけで、そこにオレが偶然バイト帰りに通り掛かったんだ。

用事でも無ければ公園なんかで一人土砂降りの中、佇み続ける奴なんて居ないだろう。

誰かを待っていたとかだと思う、妥当なところだと。

まぁアイツがただのキチガイで、雨に打たれたかったんですってんだったら別だけど。

見に行ってみましょうって楽しそうに言っている佐原に、オレは馬鹿じゃねぇのと軽く笑って再び同時に歩き出した。

徐々に近付く公園入り口は、夜間と言う時刻と大粒の雨と言うのが相まって、シンと静まり返っている。

植え込みの雑木が横へ横へと移動していき、ついに入り口前へ到着した途端、オレは思わず小さな驚きの声が漏れた。

「…カイジさん、もしかして…アレっすか?」

「ああ…お前のもし≠ェ当たったな…」

土砂降りの雨も、闇の中に佇むのも、男の風貌さえも変わらないが、あの日とは一つだけ違うところがある。

それは、傘を差していると言うところだった。

今日も一人で突っ立ったりして、一体何をしているのか。

兎に角こうしてまた見付ける事になったのは、きっと神が暇潰しの余興でオレに与えた変な縁なのだろう。

「佐原、ちょっと待っててくんねぇか?」

「…良いですよ、どうぞ行って来て下さい」

ニッと笑った佐原をその場に残し、オレは雨の中を駆け出した。

勿論、あの日に一度だけ会った男と二度目の会話をするためだ。

今日も俯き加減で棒立ちしている男は微動だにせず、降りしきる雨の中ただただ傘を差して黙ったままそこに居る。

「…なぁ、お前あん時の…」

すると、今日も肩を薄く揺らして男はゆっくりと振り返った。

間違いない、あの日見付けて声を掛けて傘を譲ってやった男だ。

「あ…やっと来た…」

「え?…やっと、って…」

男はゆっくりと体をこちらに振り向かせながら、微かに笑みを作った。

「待っていた…ここでずっと…」

まさかと思った、この数日間ずっと、またオレがここへやって来るのをひたすらこの公園で待ち続けていたのか。

「アンタに礼を言いたかった…コイツのね」

そう言って手にしている傘を少し前へ寄せた男は、小さくありがとうと言った。

オレも微かに笑みを作って、譲ってやった傘が役立っていると分かり嬉しく思う。

「じゃあ、オレ行くわ…元気でな」

黙ったまま男はまた微笑んで頷き、それを見て安心したオレは踵を返して、待機させた佐原の元へ帰ろうと小走りに男から遠ざかる。

だがしかし、こちらを覗き込むように植え込みから身を乗り出していた佐原が、あっ!と声を上げたお陰で、オレまで驚いて声が出た。

「うわっ!…何だよ佐原っ!」

「ちょっ、あの人…大丈夫っすか!?」

「何が?………おいマジかよっ!」

佐原の言う意味が良く分からず、オレよりも更に先を見て言っていると言うのだけは分かって振り向いた瞬間、その場の光景を見て驚きの声がまた出てしまった。

先ほどまで普通に話していた男が…倒れている。

これは一大事だと再び男の元へ急いで駆け寄り、どうしたのかと様子を確認しようと注意深く見ていたら、先ほどは気付かなかったが頬が少し赤い。

まさかと思って額に手を宛がってみると恐ろしいぐらいに熱かった。

雨が降る肌寒い夜に、あの日と同じ半袖シャツなんて着てるからだ全く。

「どうです?カイジさん…ヤバそうっすか?」

佐原は中腰になってオレを傘に入れてくれつつ男の顔を覗き込みながら、それにしても綺麗な顔、と同時に呟いている。

「…こりゃぁ、ひでぇ…佐原、悪いけどもう一つ頼んでいいか?」

「まさか、救急車呼べ、なんて言いませんよね?」

「言わねぇって、ただオレの家までコイツ運びたいだけだ」

「それでオレが運ぶんすか?」

「いや、それはオレがするから、お前はコイツに傘を差してやってくんねぇか?」

「なるほどね…さっすがカイジさん、お人好しっすね」

「…悪かったな」

「別に良いですけど、色んな意味で」

「ホント、悪いな色んな意味で」

「一人で担げます?」

「それは何とか大丈夫だ」

オレがいそいそと男を担ぐ中、佐原は転がる傘を拾って両手に傘を持つ状態になっていた。

ぐったりと気力の無い熱い体の男を背に負ぶって、背後から佐原が男を傘に入れている。

そのままオレの自宅まで何とか男を運ぶ。

こんなに高い熱が出ていると言うのに雨に晒すのは容体を悪化させるだけだ。

佐原が居てくれて本当に助かる。

アパートに着くと、男を廊下の壁に凭れさせる様に降ろして部屋の鍵を開けた。

「悪かったな佐原、こんな事まで付き合わせちまって…今度埋め合わせすっから」

「分かりました、じゃぁ今度夕飯驕りって言うので手を打ちますよ」

「ハハッ、任しとけよ」

「楽しみにしてます、じゃぁオレはこれで」

「おぅ、ホントにありがとな?」

ニコやかに手を振って帰っていく佐原にオレも笑顔で手を振って見送った。

さて、男を抱きかかえながら部屋に入り、そのまま脱衣所まで連れて行く。

多少でも服が濡れていてはこの状況だと不味いだろうから、急いで脱がせてバスタオルで体を拭いてやる。

そしてもう一枚の乾いたバスタオルを体に巻いてやると、またもや肩に担いで今度はベッドへと運んだ。

ゆっくりと寝かせ、タンスから適当に暖かそうな衣類を取り出していそいそと着させて布団を被せた。

これでやっと一息吐ける、とオレも多少濡れた服を脱いで風呂に向かう。

暖かいシャワーを浴びながら、明日はバイトが無いのに一日看病で終わりそうだな、などと考えていた。


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