オレの名は、伊藤カイジ…21歳だが定職には就かず、コンビニのバイトで生計を立てて、時たま命賭けのギャンブルをしている、何とも情けない男だ。

自分で言ってて悲しくなるけど、どうにも他人とのコミュニケーションが苦手で、社会に溶け込めないから仕方が無い。

今日も散々で、店長に八つ当たりされるわ、同僚の女子からはダサいと言われるわ、やっと就業時間が終わり帰宅しようとした瞬間、土砂降りの雨に降られると言う始末。

もう溜息しか出てこない、こんな時に笑えって言われても出来る自信が無い。

頼みの綱の同僚、佐原は本日非番で相合傘をしてくれる奴もいない。

別に佐原と付き合っているとか、そう言う訳じゃない。

同僚のよしみで一緒に傘へ入れてくれるのはアイツくらいの者、ってそれだけだ。

バイト先の中では、唯一佐原だけがオレに対して普通の対応をしてくれる。

こんな仏頂面の無口で態度の悪い野郎相手に、随分親切な奴だと最初は皮肉にも似た思いがあったが、今となってはアイツが居てくれて本当にありがたいと思っている。

佐原がいるからこそ、ここのバイトを続けられていると言っても過言ではないくらいに。

まぁ、佐原に対しての感謝話は恥ずかしいから、この辺にしておくとしても、降り出した土砂降りの雨に対してはどうしたものか。

傘を買えば良いだけの話だが、なんだか今日だけのために金を使うのは勿体ない。

いつものオレなら、そんな考えの基で雨に打たれて、寂しく悲しく帰ったことだろう。

しかし何故だか今日は店内へと踵を返して、65センチの傘を手に取りレジへと向かっていた。

入れ替わりでシフト入りした大した接点も無い男がレジへと入り、傘を買うオレの姿を見て一言。

「買い物して帰るなんて、珍しいですね」

それはオレが一番思ってることだ、放っとけ。

「ああ…じゃぁ、お先…」

釣りを受け取って足早に店外へ出ると、買ったばかりのビニール傘を差して歩き出す。

いつもの歩き慣れた道は、土砂降りの影響でか、降り始めて間もないはずなのに所々に水溜りを作っていた。

靴が濡れる事も構わず通りをまっすぐに進んで、公園の前まで辿り着いた時、暗い背景の中にぽつりと人影が映る。

オレは思わず立ち止まり、その人影をじっと凝視した。

こんな土砂降りの中、傘も差さずに一人でぼぅっと突っ立っている一人の男。

豪快な雨粒に打たれるその髪は真っ白で、青い半袖のシャツはずぶ濡れでぴっとりと体に張り付いている。

俯き加減に佇んでいるらしい背を向ける男は、今どんな表情をしているかも分からない。

何をしているかなんてオレの知った事じゃないが、向けられるその背中が妙に沈んでいるように見えた。

雨の所為でもあったかもしれない。

しかし基よりお人好しな性格が故に、そして散々な日だったからこそ、見付けた男を放っておけなかったのかもしれない。

ビシャビシャと靴下までぐっしょりと濡れた靴を踏み鳴らして、オレはゆっくりと男の背後に近付く。

男がこちらの接近に気付いているのかいないのか、振り向く事も無くオレが声を掛けるその瞬間まで微動だにしなかった。

「…おい、お前大丈夫か?」

ビクリと肩を揺らし、男はやっと振り向いた。

端正な顔立ちでパーツの整った美青年は、何故か少しだけ目が充血しているようだ。

見た目、歳はあまり変わらなく見える。

オレを一目したが、すぐに目を逸らして俯いてしまった。

何処か具合でも悪いのかと、もう一度声を掛けようとした時だった。

「平気…別になんとも…」

「あぁ…そうか、なら良いけど…」

今日はこの土砂降りのおかげで少し肌寒いというのに、男は半袖のシャツ一枚だ。

いつまでここで棒立ちしている気なのかは知らないが、恐らくこのままだと風邪っ引きになる可能性が高い。

オレは自分の手に握られている傘の柄を見詰めてから、再び男に視線を戻すとまた声を掛けた。

「なぁ、お前もうしばらく突っ立ってるつもりか?」

「…どうして聞くの、そんな事…アンタには何も関係ない」

お願いします誰でも良いから話しかけて下さい、とでも言うような背中見せておいてそんな事を言われる筋合いは無い。

「良いから答えろよ…もうしばらく居るのか?」

「…だったら、なに」

綺麗な顔してると思ったが、話してみれば大分ツンツンしているではないか。

よく聞くことわざ、美しい花には何とやらってのを今この時、確実に理解出来た気がする。

話しかけてしまったし、まず自分が普段嵐だろうと台風だろうと買う事はまず無い傘を、買ったと言うのも何かの縁だろう。

「…ほら、やるよコレ…お前が使え」

目だけをスッとこちらに向けて、受け取ろうとしない男に対し、オレは更に傘を突き出した。

しかし頑なに傘を…もしくはオレを、かもしれないが、拒む男に痺れを切らして半ば無理やり傘を押し付ける。

「ちょっと…要らなっ…っ!」

さっさと踵を返し歩き出して男から距離を取り、オレはもう一度振り返って男に言った。

「風邪引くなよっ?…まぁ、もう遅いかもしんねぇけど…じゃあな」

「…っ!」

土砂降りの中、名も知らぬ男に傘を譲ってしまったオレは足早に家へ向かった。

走ったところで雨を回避できるわけでもなく、オレは下着までぐっしょり濡れた状態で家に辿り着いた。

しかも土砂降りの奴、家に付く頃に止みやがって…これじゃぁまるで雨にまで当たられているみたいじゃないか。

腹を立てながら玄関の鍵を開け、部屋に入ると溜息を一つ零して濡れた服を脱ぎ捨てた。
ブルリと震える体を感じつつ、濡れた衣類を持って浴室に向かう。

栓を捻ってシャワーを出し、暖かい雨に打たれながら、公園に佇んでいたあの男を思い出した。

「…あんな所でアイツ、何してたんだかな…」

まるで先ほどの土砂降りのような音を立て続けるシャワーの中に、男の顔と声が溶けて消えてゆく。

オレは濡れた衣類を絞って、洗面桶の中に積むと温まった体も一緒に脱衣所へ移動した。

明日もバイトがある…面倒だが生きるためには今のご時世、何においても金が要るのだから仕方が無い。

バスタオルで体に付いた水滴を拭い、リビングへ行くとタンスから適当なパジャマ代わりの私服を取り出して着込む。

飯は明日起きてから用意することにして、オレはさっさとベッドの中へと潜り込み、徐々に夢の中へと誘われていった。


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