「…………カイジさん、なにこれ……」
家主が居なければ鍵も掛けず素寒貧とは言え物騒な事この上ない部屋に、平然と上がり込んだアカギが机の上に放置されていた紙切れを持ち上げ、目を通して言った言葉がこれである。
その紙切れの下には、この部屋の鍵も置いてあった。
ご丁寧なことだと…普段なら思うだろうが、今のアカギにそんな思考は巡らない。
脳内に巡る言葉はただ一つ…なんで?…だけであった。

―――…アカギへ…。
なんで…なんでいきなり…。

アカギはその紙切れを力一杯握った状態で、机に置かれた鍵をかっさらうように持ち去ると家を出た。
こんな時に鍵など掛けていられないし、家主自体が施錠放置で部屋を空けているのだから問題ないだろう。

―――…実は大切な話しがある…。
関係ねぇな、そんなことは…。

夜も明け始めているこの時間帯に、街を彷徨いている人の数など少量であった。
アカギは珍しく全速力である場所へ走る。
間に合うことはまずないのに、アカギは息を切らせて走り続けた。

―――…あるけど、お前なかなか帰ってこねぇから、これで残しとくな…。
帰ってこないオレが悪いみたいな事言うなよ、本当は怖かったんだろ…面と向かうのが。

普段大して激しい運動などしないため、脇腹に痛みが起こるがそんな事も感じない様子でアカギは走る…走り続ける。
カイジの家から一番近い、駅へと。

―――…オレ、今までお前と過ごした時間は、すげぇ楽しかったし…。
回りくどい言い方するな…ハッキリ言えよ…。

アカギが駅に着いた頃には、丁度通勤ラッシュである時間のようで、人がわんさかと敷き詰められたようにホームに立っている。
その人ゴミを、アカギは縫うように走っていく…カイジを探して。

―――…すげぇ充実してたと思う…思うんだけどさ…。
充実?なにズレたこと言ってんだよ…。

幾ら探しても、カイジの姿は見付からない。
これまた珍しく、アカギは泣いていた。
無意識に…ボロボロと頬に涙が伝っていく。

―――…なんか、分かんなくなっちまってさ…。
オレは今、アンタが分からない…。

止まらない、止められない、止めない涙をひたすら流し続ける。
そうすれば…きっと彼がいつものように、どうした?大丈夫か?と言って優しく抱きしめてくれる気がしたからだ。

―――…お前のことも、自分のことも…だからさ…。
いきなりこんな手紙残して何がしたい…。

だが、いつまでその場で泣いていても彼の優しく広い腕も胸も訪れることはなかった。
アカギは、手紙を握る手を一層強めた。

―――…離れようと思ってさ…お前なら大丈夫だよな?
誰が大丈夫だなんて、言ったよ…。
―――…今までだって色んな所を転々として来たんだからさ…。
それは今までの話し…今は違うだろ。
―――…お前なら一人でも、やっていけるとオレは思うし…。
オレはもう、アンタ無しじゃやっていけない…。
―――…本当はオレの元に縛っておきたかったんだけどな…。
もうとっくに縛ってるクセに、オレの心…。
―――…お前そう言うの、嫌いだよな?
アンタなら、嫌じゃないよ…。
―――…その代わりオレが消えることにしたんだ。
代わりってなんだよ、勝手に消えるな…。
―――…遠くに…。
傍に居ろよ…。
―――…そうすれば、考える事も待つ事も無くなるからな…。
もっと考えろよ、待ってろよオレの事…。
―――…手紙書いてて分かったかもしれねぇ…。
言うなよ…。
―――…オレたぶん、お前を待つのが辛くなったんだ…。
もう毎日アンタの元に帰るから…待ってよ…。
―――…ごめんな…アカギ。
オレは許さない…。
―――…少しの間だったけど、ありがとう…じゃぁな。
御礼なんか良いから、もっと傍に居てよ…カイジ、さん…。

「…カイジ、さん…行くな、よっ…待って…傍に…いてよ…」

オレはもう、アンタがいない場所なんて帰る意味がないのに。
手紙の内容を直接言ってくれたのなら、オレの方が引き止めた。
だって、オレは今後アンタにしか…。
救われないから…。
幸福を感じないから…。
素直でいられないから…。
愛する事が出来ないから…。

カイジさん、オレは…愛してるよっ…―――

その時、アカギはハッと飛び起きた。
それはいつものカイジの部屋のベッドの上だった。
一瞬状況を把握しきれなかったが、きっとその後この部屋に戻ってきて眠りに落ちたのだろうか。
部屋を見回し、カイジの姿がない事と自分の頬が濡れている事に気が付いた。
「カイジさん…」
「ん?どした?」
「…っ!」
声がする方に振り向くと、トイレの扉を開けて顔を覗かせるカイジの姿があった。
「…って、お前なんで泣いてんだよ」
珍しいな怖い夢でも見たのかよ、なんて笑いながら窓の横に座ってタバコを吸い始める。
オレが見たのは…夢だったのか、とアカギは落ち着きを取り戻して安堵した。
「…嫌な夢を見た…」
「そっか…まぁ、所詮夢だから気にすんな」
「…………」
「つか、お前が泣くほどの嫌な夢って、全然想像つかねぇんだけど」
カイジは笑いながらオレを見てくる。
その言葉を聞いて、アカギは正夢にならないか心配になった。
「…今日はバイト、あるの」
「んー?…いや、ねぇけど」
「そう…」
「おぅ…つか、今日は色々と珍しい事ばっかりだな、お前」
「…何が?」
「だってお前、いつもはさ…」
徹夜で麻雀して帰ってきたら夕方まで寝てるし、怖い夢なんか…普段見てんのかは知らないけど泣いてる所見た事ねぇし、オレに予定なんて聞いた事もないだろ、と長々三点を上げて来た。
確かにそうかもしれない。
「…ねぇ、何処にも行かないよな、アンタは…」
「…お、これまた珍しいな、四つめだ」
「茶化さないで答えろよ…」
「いかねぇよ、行く金もねぇし」
「………」
「…何だよ」
「別に…」
「じゃぁ、こうすれば信じるのか?」
そう言って、カイジはオレの唇を激しく奪ってきた。
暖かく深い口付けに、オレは珍しく素直に身を任せた…。
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