「あぁぁぁぁ〜…っ!」
とある雀荘にて、カイジは雀卓に突っ伏しながら情けない声を上げた。
ドンケツの4位と言う成績で幕を閉じた麻雀勝負。
タネ銭はもう残っていない、完敗だ。
しかも、この卓を囲む者の中で、一人だけ断トツの点棒を箱に収めた男がいる。
オレの右隣に座る男…赤木しげる。
凛と涼しい顔のまま、終始卓を囲み続けていた。
凄い奴だと思った、一瞬たりとも顔色を変えない様は、まさにポーカーフェイスと言っても過言じゃない。
「ククッ…案外面白い勝負だった」
賭け金を束ね、手持ちのバッグの中へ放り込み、椅子から腰を上げたアカギを横目に、オレは一つ溜息を吐く。
一応金はまだあるにはある…しかし、それは残してある生活費。
こっから次の給料日までギャンブル出来ないとなると、それはそれで退屈すぎる。
しかし、これ以上の出費は無理だ。
そのため、ここに長居することは出来ず、仕方なくオレも腰を上げる羽目になった。
出口へと向かって歩いていると、不意に肩を叩かれる。
ん?と振り返れば、そこには先ほどまで同じ卓を囲んでいたアカギが笑顔で立っていた。
「アンタも終わり…?」
「あぁ、もうねぇんだよ…金が」
「ふ〜ん…別に良いじゃない」
「…は?」
「カイジさん、って言いましたっけ…これからオレと一勝負しませんか」
賭ける金が無いっつってんのに、なに言ってんだコイツ。
「いや、だからな?…」
「オレは所持金、全てを賭ける…その代わり、アンタは腕を賭ければ良い」
腕を賭けろなんて簡単に言ってくれるもんだな…つか、そのドヤ顔やめろ。
「ふざけんな…やらねぇよ」
「そう…その指の付け根についてる傷は何で?」
痛いところを突いてきやがって…確かにこれはギャンブルで負ったもんだけど、もうこんなの御免だっつーの。
「関係ねぇだろ…お前には」
「…つまらないな、少しは骨があると思ったのに」
「そんな勝負に乗るのは、裏の連中ぐらいだろうが…」
「アンタの腕は、一千万以上の価値か…結構な額だな」
ククッと笑った男の顔を、オレは思わず二度見した。
一千万以上の価値、って事はつまり…この男は今手持にそれだけ持っていると言う事になるわけで…。
ゴクリと喉を鳴らして、オレは手に下げられているバッグをチラ見した。
「嘘かどうかは、アンタの目で確かめれば良い…」
そう言ってその手にあるバッグを寄越してくる。
恐る恐るチャックを開けていくと…。
「うわっ…マジかよ…っ!」
所狭しとびっしり詰まった札束に、オレは思わず声が出た。
「…気は変わりましたか?」
再びチャックを閉めて、アカギにバッグを返すとオレは小さく頷いた。
さも嬉しそうに笑い、空いている雀卓に足を運ぶと店員を呼ぶ。
あれやこれやと状況を手短に伝えるアカギを見て、何もかも凄い奴だと改めて思った。
オレ達二人の雀卓に着くのは、状況を把握した店の従業員二名。
点棒を相手より多く毟り取った方が勝者。
ハコ天終了は有りだが、そのルールが適用されるのはオレとアカギのみ。
従業員の点棒が無くなろうと、それはノーカン。
しかし通常通り、役計算などで発生する点棒移動は行うものとする。
大体のところ、こんな感じのルールだ。
後は、アカギが一千万を賭け、オレが対価に腕を賭けるって驚愕の内容がくっついてくるだけ。
だがそんな勝負を一目見てみようと、周りの野次馬が集る集る…。
ぶっちゃけ外野が煩いから、別の場所で勝負したい。
だが素寒貧の腕に、一千万の価値を付けてくれるのだ…文句は言えない。
オールは長すぎるので、半チャンと言う事にして勝負を始めた。
懸命に手を読み、手を隠しながら必死で攻防する。
頬に冷や汗が伝い、心臓は早鐘を打ち続けていた。
そりゃそうだ、負ければ腕がぎ取られるこの勝負、誰もがこうなって当然だ。
しかし…ここぞと言う時に運の無いオレには、無謀すぎる挑戦だったらしい。
「…マジ、かよ…」
所要時間は3時間ほどだが、点棒は毟ったり毟られたりの行ったり来たり。
しかし、アガリ役が低い物ばかりだったのが痛かった。
徐々に点差を広げられ、負けて終わっただけの勝負。
指の次は腕かよ…と悲しくなる一方、アカギを見るとただ目の前で笑っていた。
「随分楽しかった…久しぶりだ、こんな勝負」
満足気に言ったアカギが、腰を上げるのを見てオレも重い腰を上げた。
外野はオレ達が通る道を開け、その間を通り抜けると雀荘を出る。
「それじゃあ、行きましょうか…」
「おぅ…あ、取るなら左にしてくれよな…」
「大丈夫、初めからそうするつもりだった」
「そっか…なら良かったよ」
そこからは黙ったまま歩き続けるアカギの後ろを、オレも黙って付いて歩いていく。
するとアカギは、なぜか繁華街で立ち止まった。
え?と思ったときには、前方で振り返るアカギがいる。
右手に下げていたバッグを左手に移し、オレの左側へと移動してきた。
そして、空いた右腕をこちらに伸ばしてくる。
ちょっと待て、こんな所で腕を取ろうってのかっ!?
驚いて目を見開いているオレには目もくれず、アカギは伸ばすその手を止めない。
だがオレも一応はギャンブラーだ、結果には従わなければならない。
決意を固め、一呼吸して左腕をアカギの方へ寄せた。
すると…。
「ククッ…確かに頂きました、アンタの左腕」
「…はっ?」
変な声が出るのも当然。
アカギが今オレの左腕を取っている、と言うのは確かに間違いなく事実。
だが、それは切り落とすとかそう言う事では無く、腕を絡めて組んでいる、と言う状態なのだ。
え、えっ?と一人で困っていると、アカギがこちらに微笑みを向けながら言う。
「オレは何も、切り落とすなんて言ってないけど…?」
腕を引かれ、歩くように行動で促してくるアカギに対し、未だに状況を把握しきれないオレはただ困惑するばかり。
まぁでも、腕を切り落とされずに済んだ訳だし、よく見るとアカギは整った綺麗な顔をしている。
幾分か彼も嬉しそうにしているし、まぁ良いか、とオレは思った。
だが、周りを行き交う人々の視線に気付き、ようやく我に返る。
「男と腕組んで楽しいのかよ…っ!」
「楽しいですよ…こう言うのも悪くない」
「なんでだよ…っ!」
沢山の人々が行きかう繁華街で、柔らかい笑顔をオレに向けながらアカギは上がり下がりのない声で答える。
「アンタの反応が、可愛かったから…」
日が暮れるまで、オレ達は腕を組んだまま行く当ても無く、のんびりと歩き続けた。
そんな気紛れ多いアカギは、伝説を持つ博徒だとオレが知ったのは、それから少し後の事だった。
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