「どうしてアンタは…借金なんて作ったの」
笑みを浮かべたままアカギは、カイジへと問い掛ける。
やはり、そう言う情報は依頼先の闇金から聞いているのか、とカイジは気まずそうな表情を浮かべながら、細々と説明した。
以前働いていたバイト先にいた後輩の男が、どうしても借り付けがしたくて、他に頼れる人もいないからと、カイジへ保証人を頼んできたのが発端だ。
お人好しな上、迷惑は掛けませんから、なんて言われたらもう断れなかったカイジは、仕方なく書類にサインをしてしまった。
今考えれば、あの時ちゃんと断っておけば良かったな、と思う。
その後、借りた本人は何処かへ姿を消し、残されたのは385万と言う多額の借金だけ。
親からの仕送りとバイトでの給料で生計を立てていたカイジにとって、そんな金を出せる程の余裕など何処にもない。
しかし起こってしまった事は、もう変えられないと言う事も分かっているつもりだ。
そして今に至っている訳だと、カイジは説明を終えた。
「なるほどね…そう言う事だったの」
批判をするわけでもなく、嘲笑うわけでもないアカギは、ただ納得したようにそう言った。
「まぁ、取り立てに追われないから…これはこれで、ありがたいと言うか…」
困ったように笑ってみせると、アカギも小さく一緒に笑う。
「そうだね…オレもアンタが借金背負ってくれて良かったと思ってる」
「…えっ?」
そうですか…って、それどう言う意味だ?と、カイジは阿呆な顔でアカギを見つめた。
まぁ借金の糧のただ働きって名目で、使えると言う事なんだろうけど。
「別に貶してる訳じゃない…借金を背負ってここに使用人として送られなければ、アンタに出会えなかった…そう言う意味」
優しく笑って言うアカギに、はぁ…と何とも情けない生半可な返事が出るカイジだった。
しかしよく考えるとその意味は、決して悪い方向では無さそうだ。
出会えなかった、と言う事はつまり、会えて良かったと言う事になるわけで。
少しでも自分が役に立てているなら、そう言って貰えるなら良かったと、カイジは思った。
「オレ、一年間頑張りますからっ!…その、これからも宜しくっ!」
そう言ってニッコリと笑顔を向ければ、アカギも頬笑んで無理はしなくて良いからと、また言ってくれた。
「…ねぇ、アンタはどうして…そんなに素直でいられるの」
ん?とカイジは質問の意味をもう一度頭の中で復唱して、その答えを考えてみる。
なんで素直でいられるか、と言うかオレって素直なのか?と自問自答しながら、深々と思考した。
まぁ確かに分かりやすい、とはよく言われる気がする。
しかしそれが素直という事に直結するかは別として、思っている事がまんま顔や言葉に出るからだろうと思う。
結局の所、生まれつきの性格という物なんじゃないかと思い至った。
「えーっと…多分、そう言う性分なんだと…思うんすけど…」
どう答えたらいいのか分からず、カイジは支え支えな言葉を繋ぐ。
「そう…じゃぁ、これはどうしてだと思う?…」
言いながらアカギはゆっくりと、カイジに触れるか触れないか程の距離まで急接近すると、小さく言葉を続けた。
「アンタの前だと、オレも素直になれる…」
ゴクリと喉を鳴らしたカイジは目を見開いて、眼前に迫った綺麗な顔を凝視する。
「えっと…それは………」
「ねぇ、なんでだと思う…?」
笑みのままスッと眼を細めて言うアカギに、カイジは必死で答えを探す。
「忘れてしまう、色々と…アンタの傍にいるだけで…」
だが上手く頭が回らず、代わりに目が回りそうな気がした。
「ここまで溶かされたのは…アンタが初めてで…」
すると…静かにアカギが手を重ねてくる。
「…最期だろうね」
その瞬間、少し肩がビクついてしまった。
アカギの言葉にビクついた訳ではなく、重ねられたその手だ。
人間にはあるまじき、異常とも言える程の冷たさだったからである。
まるで氷のように凍てつく冷たい手に、やはり栄養が偏っているのだなと、カイジは思っていた。
アレルギー性質なら仕方がない、と…。
「ククッ…冷たいでしょ」
「えっ?…あっ、いやでもそれは…仕方ないと言うか…」
「そう、仕方ない…普通のヒトとは違うから…だから色々と難しい」
また悲しげな目をするアカギ。
此方を見つめていた瞳を反らして、キュッと重なっている手を握ってくる。
その瞬間、カイジは同時に胸を締め付けられたようにキュッと痛んだ。
途端に居ても立っても居られなくなり、勢いに任せてアカギを抱きしめる。
耳元で小さく、あっ…と声が聞こえたが気にしない。
「普通と違ったって、良いんじゃないか?…みんなそれぞれ違うわけだし、全く同じなんてのも…なんて言うか、面白くないだろ…」
優しく語り掛けるように言ったカイジの言葉は、更にアカギの心を溶かしていく。
フッと柔らかな笑みを浮かべ、カイジの背にそっと腕を回した。
温もりに包まれながら、アカギはそのまま時がとまってしまえば良いのにと思う。
カイジはカイジで、いきなり抱き付いてしまった事に自分で焦っていた。
やっべぇ不味い!と、言い終わってから思ったが、背中に回される腕の感覚がすると同時に、なんだか許しを得たような気がしてホッとする。
すると、耳元からアカギの小さな声が聞こえてきた。
「…もう少しこのままで、居させて欲しい」
ほんの少し背に回る腕に力が籠もったのを感じ、カイジは肩越しで小さく頷く。
その後しばらくの間は黙ったままで、二人は静かに時も忘れて抱きしめ合っていたが、アカギが不意にモゾッと動く気配を感じ、カイジはその身を離した。
「ごめん、もう大丈夫…ありがとう」
笑みを浮かべてはいるが、アカギはやっぱり何処か悲しそうな気がする。
「…また次の機会に、ゆっくり話をしよう…」
カイジもまた、アカギのように何処か悲しそうな笑顔で頷き返し、立ち上がって部屋の扉へと歩を進めた。
「カイジさん…」
だがしかし、呼び止められて振り返ると蝋燭に照らされた彼の顔は、なんと妖艶で美しいことか。
「アンタのままで接して欲しい…改まる必要なんて無いから」
少しだけ目を見開いて驚いたが、すぐに笑顔に戻したカイジは、分かったと返した。
「また明日…おやすみ」
「あぁ、おやすみアカギ」
そのまま部屋を出て、自分の部屋へと帰る。
時は既に5時を回っていたが、全くと言っていいほど眠気が来ない。
どうしようかと悩んだ挙げ句、カイジは今戻ってきたばかりの部屋を出て屋敷の玄関へと向かった。
アカギも零も涯も、寝ているようで屋敷内には静寂だけが流れている。
改めて玄関の扉を見上げ、その大きさに驚愕すると共に、オレ一人で開けられるのか?コレ…と言う疑問が湧いてきた。
残してしまっていた草むしりでもしよう、とカイジは思い立ってここまで来たのだ。
だが、勝手に外へ出て怒られはしないだろうか?
恐る恐る扉に手を掛け、押してみる。
「…っ……あれ…開かね…っ!」
が、ダメ!圧倒的密閉。
幾ら押しても、そして引いてみても扉が開く気配が全くない。
微動だにしないそれに、開くことを諦めたカイジは鍵でも掛けてあるのかも知れないと思い立って調べてみる。
しかし…それも、無い。
最も玄関というのは内鍵となっている事が殆どのため、施錠突起があるはずだ。
それでもこの扉にはそんな物も見当たらず、ましてや鍵穴さえも見付からないのである。
「ど…どうなってんだ…っ!?」
冷や汗が頬を伝い、改めて考えてみるとおかしな事ばかり。
ここへ初めて来た時は、この扉を零が開けてくれていた。
草むしりを始める際、アカギがこの扉を開けてくれていた。
約束の時間頃に屋敷に戻ってきた時には、この扉は開かれていて、それを涯が閉めてくれていた。
よく考えれば、カイジ以外は皆扉に触れ、開け閉めを行っている。
しかし、自分はこうして重いのか鍵が掛かっているのか、原因が定かではないが、とにかく動かす事さえ出来やしない。
「何か…特別な仕掛けがある、とか…っ?」
しかし、幾ら扉を調べてみても、そんな仕掛けも見当たらないのだ。
一体何故なのか、玄関が開かずの扉とは恐ろしすぎる。
草むしりをしようにも、こう扉が開かないとなると、部屋に戻ると言う選択肢しかない。
カイジは部屋に戻りつつ、どういう事か考えてみる。
この屋敷の中や、棲んでいる三人には、余りにも不自然なことが沢山在りすぎる。
まずは先程の玄関の大きな扉だ。
三人は平気な顔をして動かしているのに、自分では一切動かすことが出来ないと言う点について。
この時点でまず、おかしいのだ。
多分だが、年齢や外見の体付きから考えても、カイジが一番体力の余っている者のはず。
だが、まだカイジほども満たない、成長段階でありそうな零や涯が平気な顔で動かせているのが、まずおかしい。
続いてはアカギだ、アレルギー体質で一部の物しか食べられない彼に、栄養が有り余っているとは到底思えない。
扉にローラーが付いているなら、まだ分からなくもないが、それなら自分でも開閉は可能なはずだ。
続いては三人についてだ。
三人とも、余りにも肌の色が白すぎる。
幾ら白人と比べてみても、その差は歴然。
普通に生きている人間とするなら、死人も同然の白さである。
零は未だ、あまり不審な点は見られないが、アカギと涯に至ってはその点が見受けられる。
アカギについては、先程の異様な冷たさ。
アレルギー不足でそうなっている、と言われてしまえばそれまでだが、それにしたって氷のような体感温度までには至らないはず。
涯については、初日に目にしたあの俊敏さ。
まるで光のように素早い動きで、彼より遥かに図体の良い大の男3人を、意図も簡単にあっさり仕留めていたことだ。
一体全体、どうなってる?
カイジは黙々と考えながら歩いている内に、自分の割り当てられた部屋に辿り着いていた。
ベッドに転がり、更に思考を凝らしながら天井を見上げる。
扉は自分一人だと開けられない。
アカギはサンドイッチを食べられない。
涯は初日、余計な事をすると首を飛ばすと言っていた。
夜に起床したかと思えば、挨拶はお早うと言う。
日付の変わる時刻が、彼らの昼御飯。
自分は必ず皆とは別々に食事を取らされる。
そして皆、肌が白すぎる。
「…あっ!…いやっでも、まさかな…」
一点だけ掠った予感を、カイジはすぐに脳内でもみ消した。
そんな筈は無い…彼らが、人間じゃないなんて。
これ以上考えても無駄だと、カイジはきっぱりと諦めて眠ることにした。
明日も仕事は用意されているのだ、寝ないと体が持たないだろう。
何せ今日よりも、こなす仕事の数が圧倒的に多くなるのだから。
ふぅーっとため息を吐いて、カイジはゆっくりと眠りに落ちていった。
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