数日後、どうやって居場所を知ったのか、安岡と言うあの日に雀荘へアカギを追ってきた刑事から伝達係を通じて、あの日の麻雀勝負の改めた日取りが知らされた。
「カイジさん、そのスーツ…何のために持ってんの?」
「…しゅ、就活のためだ…っ!」
「しゅうかつ…って、なに」
「ああ、そうか…就職活動の略で、会社で働くための面接用ってことだよ」
「ふーん…」
しかし、勝負前日の昼間にも少し話があるらしく指定された喫茶店へと南郷さんも連れ添ってやって来ている所である。
何の躊躇もなく中に入っていこうとするアカギに、南郷さんは冷や汗交じりで引き止めるが、カイジも一緒に入ると言えば少し安心したように気を付けろよ、と頷いた。
中に入ると恐ろしいほどに涼しい空気が漂っており、カイジは早速怖気づく。
更にそんな空気の中、涼しい顔をして歩を進めているアカギに、カイジは心底驚愕した。
一番奥の席へと腰掛けるアカギの隣に座り、肩をすぼめたカイジ。
そんな様子を見て目の前のヤクザの黒服は鼻で笑った。
「この人、こう見えても結構凄いんだ…甘く見てると痛い目見るかもな…ね、カイジさん」
「っ!…お、おい!よせよ何言ってんだお前…っ!」
まるで周りのヤクザ達を挑発するように言ったアカギに対し、カイジはたじたじになりながら言い返す。
ククッと笑いを漏らしてアカギは黒服に向き直り、あれやこれやと話を始めた。
コイツの隣に居るのは気が気じゃないな、と話の最終段階付近でカイジが思い始めた頃合に、なんとアカギは相手方から銃を受け取り始めたではないか。
「…お前、中学生だろ?何に使うんだそんな物…」
「便利でしょ?コレ…コイツの前ではどんな人間も演技を止めてくれる…」
今度は何をしでかすつもりなのか、黒服と会話をするアカギの様子を横目に見ながらカイジは思う。
その後店を出ると、用事があるからとアカギは一人で、どこかへと消えてしまった。
ため息を吐いて歩き出したカイジの後ろを、南郷さんが付いてくる。
「………どうしたんすか」
ある程度まで進んでから、ピタリと歩を止めて振り返ったカイジは、何かを言いたげな南郷さんに問い掛けてみた。
「いや…アカギの事なんだが…」
今更常識が外れてるとか度胸が常人じゃないとか、そんな事を言い出すんじゃないだろうな?
「アイツはだいぶ君に懐いているみたいだから…よく見てやって欲しい、まだ子供なだけあって危ない事も平気でするだろうからな」
何となくだが、カイジも後半の部分は理解できるし同じようなことを思ってもいた。
しかし、あの態度からどう見れば懐かれているのかよく分からないが、まぁそれならそれで構わない。
好かれているなら、カイジも少しは面倒を見てやるかと言う気持ちが沸いてきた。
「はぁ…まぁ、別に見るだけなら…」
安心したように頷いた南郷さんは、じゃあまた後で、と去っていった。
アカギがどこに行ったのかは分からないが、カイジも常に彼の様子を見ているわけには行かない。
自分でも帰る方法を何とか探さなければならないからだ。
昭和の時代を満喫しつつ、帰るためのヒントとなる事柄を探して周囲を歩き回る。
しかし、やはりそんな簡単に見付かるものでもない。
気がつけば、辺りは暗くなっており、また何も無く一日が終わったのだと思い知らされた。
腕に巻かれている時計を見ると、もうすぐ7時半になろうとしている。
アカギも何処にいるか分からないし、取り敢えず安岡って刑事が言っていた対戦場所に向かってみることにした。
だがここは昭和だ、何処をどう行けば良いのか、カイジにはそれも難しく…。
「ヤベェ…ここ何処だよ」
完璧に迷ってしまった。
地図も持っていない今、人に道を聞こうにも平成じゃないため皆就寝が早いのか、外を歩く人は人っ子一人見当たらない。
溜め息を吐きながら歩き続けること30分。
何処をどう来たのかは知らないが、何故か埠頭辺りに辿り着いてしまった。
「…マジかよ…あぁ、嫌な思い出が蘇ってきやがる…」
希望の船、エスポワール。
カイジが始めて非公式ギャンブルに着手した代名詞である。
まさかこの埠頭が平成でのあの場所と同じならば…と、そこまで考えてふと目に付いた人集り。
何やら喧嘩をしているようだが、三人がかりで一人を囲っている様子らしい。
しかも、その手には木材が握られていた。
たった一人を相手にリンチか、しかも武器なんか使いやがってクズだな、と呆れながらその場に近づいていくと…。
「…っ!」
頭から血を流し、鋭い視線で他の者達を見据えているアカギが中心に居るではないか。
「なんだ、もう終わり?…せめて正当防衛が通じるくらいの傷は負いたいもんさ…まぁいいよ」
腰の後ろにはめ込んでいた銃を取り出し、アカギは先頭に立っていた男の脚に銃弾を躊躇無く撃ち込んだ。
その光景に、カイジは助けに入ることも忘れ…いや、息をすることさえも忘れたかのように、ただ立ち尽くしていた。
苦痛に顔をゆがめた男は、自分の足を抱えながら半べそをかき始めている。
そこへアカギが近付き、男の髪を引っ掴んだと思ったら…銃口を男の口の中に突っ込んだ。
ニヤッと笑い、アカギは静かに語り始める。
「テメェらみたいな奴を見てると、ムカつくんだよ…俺は昔、小さな虫を一匹、捻り殺したことがある…今、そんな気分だ」
ゆっくりとトリガーを引くアカギに、男は止めろと頭を微かに横へ振っている。
その瞬間にハッと我に返ったカイジは、急いでアカギの元へ駆け出した。
人殺しなんて良くない、ましてやその歳でやらかすなんて宜しくない。
そんな事をしなくても、手を汚さず生きていれば希望はある。
後もう数メートルでアカギの元へ到着する、と言うところで彼は引き金を完全に引いてしまった。
白目を向いて、ガクリと意識を手放してしまった男は床に転がる。
だがしかし、発砲音は轟く事無く、カチッと情けない音が響いただけだった。
カイジは肩で息をしながら、全速力だった脚を徐々に歩みへと変えてゆく。
勝ち誇ったようにククッと笑ったアカギがサッと振り返り、こちらに気付いて目を見開いている姿が窺えた。
止まる事無く歩き、アカギの元へ到着すると彼は気まずそうに俯いている。
「…アカギ、たくっ驚かせんなよ…」
「何で…ここにいるの」
困った顔をして、カイジは時計を見ながら言う。
「約束の場所、探してた筈なんだけどな…遅刻だなコレ」
「オレは分かるから…一緒に行こう」
「ああ、頼むぜ…まぁ、埠頭も悪くねぇな」
「…どういう事?」
「いや、別に…こっちの話だ」
「ふ〜ん…ねぇ、カイジさん」
「…ん?」
顔を上げたアカギは、手にしていた銃を腰に差し入れながら、小さな声で言った。
「手…繋いでもいい?」
先ほどまでの悪魔のような彼の姿は無く、ただ一人の男子中学生と言う顔が表立つ。
なんでこうもコロコロ変わるんだろうな、と思いはしたが、自分も言えた事じゃないことに気付いて、言葉を呑んだ。
「薬莢の匂いが取れたら、繋いでやってもいいぜ?」
「………そう、じゃあいい」
不貞腐れたように前を歩き出したアカギに、噴出すのを堪えて早足で隣に並んだカイジは、サッと彼の手を取った。
「…っ!」
「嘘だって、真に受けんなよ」
「…分かりにくい」
「ハハッ、そりゃ悪かったな」
「………」
そのまま手をつないで、カイジはアカギに連れられて約束の場所へと到着する。
黒服に止められはしたが、アカギが説明してくれたお陰で中へ通して貰えた。
縁側を通り、指定された部屋へ行ってみるとそこでは、南郷さんが時間稼ぎの勝負をしてくれている。
しかし、その点棒は余りにも危なっかしい残り具合だった。
「…アカギっ!」
「ククッ…南郷さん、ギリギリもいいとこじゃない…」
言いながら選手交代したアカギは、手牌と捨て牌を見て何を捨てるべきか判断している。
だが、カイジから見ても安牌は一つとして無かった。
彼はこの状況からどうするのか、カイジや他の人達が見守っていると、この状況ならこれしかないな…とアカギがポツリと呟いて西の牌を手に取った。
「おいアカギ、その牌は…っ!」
「しっ…大丈夫ですよ南郷さん…この牌、必ず通す…っ!」
そう言ったかと思えば、西を勢いよく河へ捨ててしまった。
しかし、切られたのは九ソウ。
何故?と皆がよく河を見てみると九ソウの上に西があるではないか。
あえて勢いをつけ、大きな音を立てて捨てたのは、九ソウを弾いた事に気付かせないためらしい。
選手交代して初っ端の一打目にイカサマとは、さすがアカギである。
カイジの隣で南郷さんが、ホッとしながら、通った…と呟いた。
だが、イカサマなんてものはすぐに足が付いてしまうものだ。
事実その局の終盤にアカギがロンでアガったわけだが、盲目の裏プロと名の付く市川は、記憶力も大層なものであった。
お付のものから誰が何を捨てたかを、毎回全て聞いて覚えているため、アカギがイカサマで河に西を捨てたとバレてしまったのだ。
その後はイカサマも使えず、アカギも取りつ取られつの攻防戦に加え、一桁も掛け離れた市川の点棒相手に、苦戦を強いられていた。
そんな時、少し休憩を挟んで欲しいとアカギが申し出る。
市川は余裕の笑みを浮かべながら了承した。
部屋の外に出たアカギ達は、今後どういった手打ちで立ち回るかと言う話になる。
しかしどうもこうも、10万点と1万点では、この先幾ら毟ろうが巻き返すのはかなり難しい。
更には裏プロと名の付くとおり、そう簡単には振り込んではくれないのだ。
奇跡に期待するのは無謀に等しい。
「…アカギ、大丈夫なのか?」
カイジが心配そうに問い掛けると、アカギはフッと笑って答える。
「どうだろうね、でもオレに一つ、考えがある…上手く行くかどうかは、あのジジイの返答次第だけどね」
ククッと笑い、空を仰ぎ見たアカギに釣られてカイジも夜空を見上げる。
そこには、とても綺麗な満月が浮かんでいた。
部屋に戻りタイムを終わらせたアカギは、早速ある提案を市川へと投げかける。
「市川さん、一つ提案したい…」
「ほぅ…?」
「…点棒を一桁削って、勝負をしませんか」
「…なに?」
「勿論、アンタだけじゃない…オレも削る」
「通ると思ったのか?…そんな提案が」
「ククッ…このまま最後までネチネチと勝負を続けるより、残り一回きりの勝負って方が熱くなる、それにさっさとケリが付けられる」
悪い話ではないでしょう?とアカギが続けると、市川は渋い顔をして考え始めた。
アカギの背後に座って成り行きを見守るカイジ達は、かなり気が気じゃない。
一体どんな提案を出すのかと思ったら、自分までが不利になる案を提示し出すんだから当然だ。
そのとき、カイジの胸に少し痛みが走った。
別に切ないとかそう言う意味での痛みではなく、心臓を針で刺されるような真の痛みである。
一瞬顔を歪めたが、どうやら一度だけのようでその後は痛みも無く、アカギの戦う様子に真剣な眼差しで再び成り行きを見守った。
なかなか振り込んでこない市川に対して、かなり苦戦していたアカギだが最期は見事なアガリで、アカギの勝利。
後方で待機していた南郷さんと安岡さんが立ち上がって喜んでいるなか、カイジも立ち上がり歓喜の声を上げようとしたが…。
「…っ!」
再び胸に痛みが走った。
しかも、先ほどよりも遥かに強烈な痛み。
カイジは思わず胸を鷲掴み、ハァハァと息苦しそうな声を漏らした。
振り返ったアカギがそんなカイジの様子に気付いて、サッと近寄ってくる。
「カイジさん…どうしたの?」
「…っ、…痛ぇ…」
そんなカイジの様子に南郷さんと安岡さんもはしゃぐのを止め、心配する声を掛けてくるがもうその声さえ遠く聞こえてしまう。
胸の痛みは治まらず、カイジは顔を歪めたままゆっくりと立ち上がった。
「…ちょっと、マズイっ…先に、失礼します…っ」
言い終わると同時にフラフラと覚束無い足取りで屋敷を出ようと歩き出したカイジの後を、金を受け取ったアカギは小走りで付いてきた。
「カイジさん…持病でもあるの?」
「…いや…っ、んなもんねぇけど…どうだろうな…っ」
「肩…貸すよ」
「わりぃ…サンキュ…っ」
未だに息の荒いカイジは、アカギの肩を掴んでよたよたと歩く。
そんなマズイ状態のカイジを見詰めながら、アカギは背に手を添えて共に歩いていた。
借りていた宿に到着すると、カイジは壁に凭れ掛かって座り込み、アカギは急いで布団を敷き始める。
「ほら…布団に移動しなよ、カイジさん」
アカギの差し伸べてくる手を取って、カイジはゆっくりと移動し布団の上に寝そべった。
しかし、未だに痛み続けている胸は、息を整える事も許してはくれないらしい。
さらに激しく痛みを生産し続けている。
アカギが何か話しかけてきているようだが、それさえも耳には入らない。
「…アカギ…っ、悪いけど…水…持ってきて、くんねっ?…」
頷いたアカギはすぐに立って台所へ向かって行った。
その瞬間、今まで以上に大きく激しい痛みが脈打ち、悲鳴さえ上げることも出来ずカイジからスッと意識が消えた。
薄暗い視野の中、アカギが小さな声で行かないでと呟き続けているのが見える。
近付こうにも思うように足は動かず、声を掛けようにも上手く口が開けない。
どうすれば良いのか分からず、困惑したまま暗闇の中で立ち尽くしていたカイジが瞼をきつく閉じる。
その後、瞼を開けるとそこには空と、見覚えのある顔があった。
「カイジさん…っ!」
「…アカギ…?」
「無事で良かった…」
ホッとしたように言っているアカギをまじまじと見詰めるが、その顔に何か違和感があった。
気を失う前に見たアカギの顔と、意識を取り戻した後のアカギの顔が…少し大人びたように変わって見えるのだ。
あまりの痛みに視覚さえも狂ってしまったのか、そう思ったカイジが身を起こすとアカギがスッと水を差し出してきた。
「はい、水…大丈夫か?カイジさん」
「ああ、ありがとな…」
受け取った水はペットボトルに入っている。
ふたを開いて二、三口飲むとふたを閉じてアカギに返した。
すると、アカギが柔らかく笑って口を開く。
「ところで、アンタ今まで何処にいたの」
問われた意味が分からず、カイジは目の前にある顔を疑問視しながら考えた。
何処にいたのって、敷いてもらった布団に寝てただろうが、とカイジは思うが自分の居場所を確認してみると、そこは道路。
「…え、なんで道路に寝てんだよ…だってオレ、布団に…」
アカギは小さく溜息を吐いて、答える。
「それは六年前の話だろ…オレはその後の事を聞いてる」
その言葉を聞いた瞬間、カイジは口をあんぐりと開けたまま停止した。
六年前の話、と言うことは…また時間を移動してしまったらしい。
「水をくれとアンタが言ったから、オレは言う通りにコップに水を入れて戻った…そうしたら、アンタは消えていた」
アカギの語りを方耳で聞きながら、カイジは大人びて見えた彼の顔の違和感について理解する。
「あんな一瞬で、アンタはどうやってあの場から去った…?」
六年も経ったアカギは今この時点で19歳、ならばそう見えて当然だ。
「いや、そんな事より…どうしてオレを置いて行ったんだ…カイジさん」
ハッと目の前の顔に焦点を合わせると、アカギはたいそう悲しそうな表情で問い掛けてきていた。
「…悪い、オレもよく分からねぇんだよ…気がついたらここにいたし」
答えてやりたいのは山々だが、自分でも今の状況を把握し切れていない今は、そんな答えしか返してやることが出来ない。
「また、時間を移動したってことか…」
「だろうな…」
「…なら、仕方ない」
立ち上がったアカギは、悲しそうに笑った。
その笑顔の真の意味をカイジが知るのは、本当に本当の最期。
二人の交差した運命が潰える時。
別れの…時だった。
六年の間に色々な事があった。
カイジが忽然と消え、その場には彼の手荷物だけが残されたまま。
手にしていた水の注がれているコップを床に落とし、アカギは布団に小走りに近付いては彼の名前を呼んだ。
しかし答えなど返ってはこなかった。
返ってきたのは、静まり返った静寂だけ。
その後、南郷や安岡との連絡も絶ち、一人ひたすらさ迷い歩いた。
大切な人を探しながら、たった一人で。
色んな賭博場に足を運び、彼の姿を探しながらギャンブルをした。
そして、タバコ屋の前を通り過ぎようとした瞬間、赤と白のパッケージを見つけた。
彼が…吸っていたものだった。
迷わなかった。
「…それ、一つ」
店番をする婆さんはコレかい?と箱を差し出してくる。
マルボロ。
金を払い、それを受け取ってライターで火を付ける。
一口目は、苦かった。
二口目は、甘かった。
三口目は、切なかった。
これは16歳の時だった。
丁半、麻雀、それらの博打をしながら生計を立てていたが、ある日思い出した。
『…就活のためだ…っ!』
そして、その記憶、彼の一言を思い出して、働いてみようと決めた。
本屋で就職するには、と言う本を立ち読みして情報を得。
文具店で履歴書と言うものを購入して、詳細を書き込んだ。
勿論、学歴以降は正当に見えるような嘘を書き連ねる。
最後に、求人募集の掲示板を見て、沼田工業と言う会社に目を付けた。
工場と言うのだから、他人との馴れ合いや親しみなどあまり関与しない場所だと思ったからだ。
しかし、どうやらそうでもないらしい。
下らない人間と言うのはどこにでも存在するものであって、その人間に狩られる者もまた、存在するようだ。
アカギは日々をボナンザと言うサルのおもちゃ作りに費やしていたが、頻繁に先輩方から麻雀の勝負へ誘われた。
気分じゃないとか、用事があるのでとか、適当な言葉であしらっていたある日のこと…。
今日もいつものようにサラッとあしらったは良いが、後方でアカギの同期として入社していた治と言うひ弱そうな男に、代わりの声が掛かった。
遠目から聞くと、先月も治が代わりに入ったらしい。
だが、世は狩る側と狩られる側に別れているのだ。
更に言えば、狩る側のアカギとしては誘ってくる先輩方から狂気と死線の匂いが感じられないため、敢えて勝負を断っているのである。
そうとは知らない治は、助け舟が欲しいらしく、必死にアカギへ参加を促してきた。
内心で小さく溜息を吐き、仕方ないなと了承しようと口を開きかけたときだ。
「アカギ、君に客だ」
そう言ってフロアの平社員を束ねる上司が告げてきた。
悪いな、と一言囁いて表へ出ると、そこにはあの日の懐かしい南郷が立っていた。
「あらら…」
「久しぶりだな…お前が働いてるなんて、驚いたよ」
「ククッ、でしょうね…しかしわざわざそんな話をしに、ここへ来たわけじゃないんですよね」
「………」
就業後の時間に、拘束なんてものは存在しない。
好きに出歩いて、好きに過ごして、好きな時間に社宅へと戻っていた。
今日もそうなるだろう、と予測したときだ。
ビルの曲がり角から、スッと黒服に身を包んだ男が現れたのは…。
赤木しげると名乗る偽のアカギがいる、その情報に多少の面白みを感じて南郷と黒服に付いていった。
しかし、到着して自分の名を名乗る偽者はあまりにも二流で思わず笑いが込み上げた。
「…ククッ、なるほど…二流だ」
「なんだとっ!?」
白い髪を逆立てたサングラスを掛ける男は、苛立ったように言い返してくる。
「これなら、あの人の方がよっぽど面白い…」
「ところでアカギ、カイジくんは…どうしたんだ?」
アカギの言葉を聞いた瞬間、ハッと思い出したように南郷は口を開いた。
「…さぁ、今頃どうしているんだか…」
答えたアカギは、スッと目を細めた。
返した答えには曖昧がべっとりとこびり付いている。
聞いてはいけない事だったかと、南郷は気まずい表情で固まった。
彼が未来から飛ばされてきた、それで帰り方を探しているんだろう、もしくは…いるべき時代に帰ってしまったのだろう、と言ったところでそう簡単に信じて貰うのは無理がある。
だからこそ曖昧に答えたこともあるが、別れも言わせず消えてしまったカイジに、悲しみや怒りが無いわけではなかった。
これだけ探しながら過ごしてきたのに、風の便りも無い。
もう、諦めていたのかもしれなかった。
彼を…見つけることに。
面白そうだと思った相手も、大した博打の質も見抜けないような腰抜け。
適当に遊んでやって、すぐに屋敷を後にした。
今、彼はどうしているだろうか。
何もかも無かったことになっているのだろうか。
またあの日のように、誰かを助けているのだろうか。
「カイジさん…アンタはもう、こっちには…」
連れて行って欲しかった。
何でもいい、どうでもいいから、カイジの行く先にアカギも付いて行きたかった。
行く末を見守りたかったのだ。
手の届く未来に生きているのかどうかも、聞けていなかったのだから。
「今更だな…」
そして、辿り着く…今日へ。